「なんか失くしたみたいで。同じのが売ってなかったんで別のにしてみたんですけど……変ですかね?」
「うーん……」

 シロ先輩は少し考えるような仕草を見せた後、ボソリと言った。

「いや、似合ってると思うぞ」

 その一言に、私は目を見張る。これまで何度となくリップを変えてきたけれど、今まで一度もシロ先輩から褒められたことなどなかった。それどころか、いつも私をからかってばかりの人なのだ。そんな先輩からのストレートな褒め言葉だから、すごく嬉しかったし、なんだか照れ臭かった。

 私は思わずニヤけそうになる顔を必死に抑える。

「ありがとうございます。でも、そんなにジロジロ見ないでくださいよ。私、そんなにいい女ですかぁ?」
「はぁ? 何言ってんだお前。別に見てねえよ!」

 シロ先輩はぶっきらぼうに言うと、そっぽを向いてしまった。

 私がその様子をおかしそうに見ていると、彼は大きなため息をついた。それから、ゆっくりと視線をこちらに向けると、困ったように眉尻を下げた。

「お前さあ、無理すんなって」
「えっ……?」

 突然の言葉に動揺する私を見て、シロ先輩は苦笑いを浮かべる。

「俺が会社を辞めるかもって話したときから、ずっと暗い顔してるだろ? まあ、こんな言い方したら怒るかもしんねーけど、俺は結構嬉しいんだよ。だって少なくとも、クロには必要とされてるってことだろ?」

 私は小さく首を縦に振った。その通りだったからだ。

「当たり前じゃないですか! 私は……」
「なら、それで十分だ。お前はもう十分一人前だと思うけど、それでもクロが必要だって言うなら、俺は、もうしばらく仕事続けるよ」

 シロ先輩はそう言って私の頭をポンと叩いた。それから、優しい眼差しでこちらを見る。

「辞めるのはいつでもできるけど、今すぐに辞めたら、後悔するような気がすんだよ」
「シロ先輩……」

 シロ先輩は優しく笑った。

「ほら、早く帰ろうぜ」

 駅へ向かって再び歩き出したシロ先輩の背中が、いつもより大きく見える。

 いつか私たちは別々の岐路に立つかも知れない。でも、それは今すぐのことじゃない。だったら、それまでに私はもっと大人になろう。

 気持ちを切り替えるように、小さく深呼吸をした。それから、シロ先輩を追いかけて走り出す。追いつくと、隣を並んで歩いた。

 いつも先輩の背中を見ていると思っていたけど、本当はいつの間にか並んで歩けるようになっていたんだな。

 先輩の横顔を見つめながら、私はそんなことを思った。