「思ったんだけどさ、お前って、けっこー怖がり?」
「………え」
9月。2学期が始まった。
いつものメンバーで朝食を終え、寮から講義棟へと続く渡り廊下をわらわらと移動している時だ。ふいに頼から問いかけられた。
「怖がりなんだろ」
「お、俺がぁ?」
「ああ」
「違う!断じて違う!そんなの言いがかりだ!」
「なんでそんなに焦ってんだよ。さては図星か?」
ぎくっ、と体が強ばる。やめてくれよぉ伊坂くんそんなことあるわけないじゃないかハハハ!
凪はたまらず「何を根拠にそんなこと言うんだよっ」と食い下がった。
「遊園地行った日、お前頑なにお化け屋敷系には入ろうとしなかっただろ」
「ウッ」
その通りだ。なぜわかった。
だがそれを認めるのはしゃくだから、凪は仁王立ちをしてビシィッと頼を指さした。
「そんなん偶然だ。俺は怖がりなんかじゃない。お化け屋敷もホラー映画も全然いける!バッチコイ!」
「じゃあ証明してみろよ逢坂」
「望むところだ伊坂ァ」
やられた。4人は今晩、肝試しをすることになった。
花ノ宮学園では午後3時ないし4時に通常授業が終わると、夕方6時頃までは部活などの課外活動時間となる。その後寮に戻り食堂で夕飯を済ませたのち、上級生から順に風呂に入っていく。風呂から上がれば消灯時間の10時までは自由だ。各自宿題や次の日の準備などにあてる。そして消灯後は原則寮から出ることは許されない。
この日は6時間目の授業が音楽で、のほほんとした柿下の「学校の怪談といえば音楽室だよねぇ」という呟きにより、肝試しの内容は深夜の音楽室へ忍び込むことに決まった。
「えぇっ、僕だけ一人行動?そんなのやだよぉ、僕が音楽室って言ったのに!」
消灯後の寮の鍵はオートロック式のため、内側からしか開けることができない。つまり最低1人は鍵番として残る必要がある。じゃんけんの結果、それは柿下が担当になった。ぶーぶー言ってはいるが。
消灯時間直前、監督生と呼ばれる寮の自治を任された生徒たちが、各部屋の消灯と寮玄関の施錠を確認した。そして誰もが寝静まった真夜中、凪はルームメイトを引き連れて目的地へと出発した。
「柿下、頼んだぞ。1時間以内には必ず帰ってくるから。そうしたら開けてくれ」
「もーう。わかったよぉ。気をつけてね」
夏の夜は気持ちがよかった。綺麗な満月が顔を出している。
音楽室は講義棟の3階にあり、渡り廊下を抜ければ講義棟自体への侵入は容易い。凪、頼、宇田川の3人は誰もいない暗いフロアをつかず離れずの距離で通り過ぎ、足音を消して三階まで上がった。すごくドキドキした。
「あ……閉まってる」
お目当ての音楽室に着いてその引き戸に手をかけた時、鍵がないと入れないというごく当たり前のことにようやく頭が回った。同時に心底ほっとした。
(よし、これで肝試しは中止だ。早く寮に帰ろう)
「なーにをウキウキしてんだよ」
「っ……!」
耳元で頼に囁かれた。びっくりしすぎて五センチくらい床から浮いた気がする。
「お前、肝試しが中止になってラッキーとか思ってんじゃねぇだろうな」
「んな、な、なわけないだろっ。鍵がかかってて残念だこんちくしょー!」
「ふうん?」
他に誰かいるわけではないが、うるさくしてバレたらまずいという気持ちから自然と小声で言い合った。…え、他に誰かいるわけないよな?なんかこいつ、いきなり宙を見つめて険しい顔をし始めたんだけど!?
「逢坂、廊下の向こう、何かいる」
「ヒッ」
思わず抱きつく。なになになに、何かいるって一体何!無理なんだけど!全然無理!
途端、くつくつと頼が身をよじらせて笑い出したから、凪はすぐに嘘だとわかった。怒りのボルテージがズコーンと上がり、ありったけ両腕に力を込める。テメェ、まじで、覚えとけよ。
「いててて、痛い。この馬鹿力。肋骨折れるて」
その時だ。数メートル先を行く宇田川が声をかけてきた。
「なぁ、音楽準備室は開いてるみたいだぞ」
なんだってぇ!
音楽室に隣接する準備室は確かに開いていた。まったく嬉しくない。だがここまで来ればこの際だ、一行はお邪魔することにした。
(へぇ。なんていうか、綺麗だな)
準備室は8畳くらいの空間で南側の窓のカーテンが全開になっている。差し込んだ月光が静かに室内を照らしていた。
 壁際には背の高い本棚と、使われず布をかぶった楽器の数々。中央には教員が使うのであろうデスクとイスが二組と、横手にはちょっとしたテーブルソファセットがある。 
あまり音楽に詳しくない凪から見ればとりたてて興味を引くものはなかったが、一つだけ視線を吸い寄せられるものがあった。デスクの上に置かれたメトロノームだ。ただのメトロノームではない。ガラスで作られているのか、水色がかった透明なボディをしており、中が透けて見えていた。明らかに高そうだ。
「二人とも、ここから音楽室入れるぞ」
「え?」
 ぼうっと眺めていると、またもや宇田川から声がかかった。今度はなんと、準備室と音楽室が防音の中扉で繋がっており、それが開くというのだ。忍び込んでおいてなんだが、この学校のセキュリティは一体どうなっているんだ。まぁ思えば、音楽の先生はだいぶ抜けていることで有名だったりする。
ギィっと中扉を開けると、凪は恐る恐る音楽室を覗いた。数時間前には自分たちが授業を受けた場所だ。それなのに無性におどろおどろしく感じるのはなぜだろう? それはきっと、教室の後ろに並べられている作曲家たちの胸像のせいだろう。凪は目を合わせないようそっぽを向きながらそろそろと入室した。後ろから頼、宇田川が続く。
音楽室のカーテンもまた閉められておらず、月光が降り注いでいた。凪の目もすっかり夜闇に慣れてしまっている。黒板、教卓、グランドピアノ、机とイス、楽器類、ロッカー。見回してみても別段おかしいところはない。
と、その瞬間。
廊下にかすかな音がした。カツ、カツ、という規則正しい足音だ。ジャラジャラという金属音もする。あまりの恐怖に凪は飛び上がりそうになったが、かろうじて残っていたなけなしの理性が、「これは幽霊じゃない」と告げている。
(ひ、人だ。こんな時間にいるなんて、おそらくは……警備員)
まずい。
気配はどんどん近づいてくる。真面目な巡回員なら、異変がないか室内をチェックするかもしれない。足音はすぐそばで止まった。音楽室の扉を開けようとしている。時間が無い。凪は慌てて隠れられる場所を探した。グランドピアノが目に付いた。
(ここしかない!)
ドレープ生地のようなピアノカバーをたくしあげる。凪は体を滑り込ませた。
「お前らも早く来いっ」
短く叫ぶと頼が潜り込んできた。やや反応が遅れた宇田川はピアノの下は諦めたのか、体を切り返して音楽準備室へと消えた。中扉が閉まる。
間一髪。鍵が開き、警備員が入ってくるのがわかった。彼は疲れたように「まったく、俺たちゃ用聞き屋じゃないっての」とぼやいている。
聞けば、音楽の先生から「鍵を閉め忘れたから代わりに閉めて欲しい。ついでに音楽室に楽譜を置き忘れたから準備室に戻しておいて欲しい」という頼まれごとをされたようだ。警備員はライトを片手に教室内を確認し始めた。
(く、来るな……)
グランドピアノのイスが引かれて「何もないか」と言われた時には、さすがの凪も気が気ではなかった。二人して息を殺し、見つかるまいと奥へ身を押しつけ合う。いつの間にやら凪が下、頼が上から覆い被さるような体勢になっていた。互いの吐息が鼻先にかかる。
幸いにもピアノの下までは覗かれずに首の皮一枚繋がったわけだが、いかんせん探し物が終わらない。五分、十分と経つにつれ、薄暗い場所でもわかるくらいに頼の顔色が悪くなっていた。
「おい、お前、腹でも痛いのか?」
頼だけに聞こえるよう、耳元に唇を寄せて囁く。
「いや、違う。その、なんだ。実は、腹が減りすぎて鳴りそう……というか」
「は……なんだって?」
こんな時に!と凪は盛大に顔をしかめた。かといって頼を責められやしない。なんたって育ち盛りの男子高校生だ。いくら夕飯を食べたとしても、深夜には腹が減っていることなんてザラにある。
「……待ってろ、いいものがある」
凪はごそごそとズボンのポケットを探った。細長いそれをそっと取り出す。日本全国どこにでもある、レモン味のチューイングキャンディーだ。夏休みに帰省をした際に大量に手に入れたそれを、非常食としてポケットに入れたまま忘れていた。なんて運がいいのだろう。
「動くなよ?」
両手が使えない頼に代わって凪が銀紙を剥がした。体温で柔らかくなったそれをそっと頼の唇にあてがう。頼ははじめこそ驚いていたが、ゆっくりと口を開いた。音を立てないよう注意して味わっている。こくりと喉仏が上下する。舌が口の端を舐め上げた。
「まだある。食べろ」
もう一つ。二つ。
狭い空間に甘酸っぱいレモンの香りがじんわりと漂った。
「耐えられそうか?伊坂」
「ああ。大丈夫だ。だいぶ助かった」
「いいさ。困ったときはお互い様だろ」
屈託なく言い切る。頼はわずかに目を見開いてから「……そうだな」と言った。沈黙が落ちる。暗がりで視線が交差する。しばらくして、ふいに頼が言った。
「お前ってさ、けっこーいいやつなのな」
「え?」
当初は本当にとんでもないやつとルームメイトになってしまったと思ったけれど、と頼は続けた。 
「使う言葉は強いけど、裏表のないまっすぐなやつだって気づいた。言ってる内容も、相手のことをよく見てないと言えない内容だし」
「え、は、どうもありがとう?でもなんで……今」
「それは俺もわからない。なんでかな」
人間は窮地に陥ると、何かを打ち明けたくなるのだろうか。
かくいう凪も頼の雰囲気に感化され、そういうものかもしれないと思わされた。
「俺もお前のことは憎からず思ってるぜ、伊坂。いいライバルだしな、俺たち」
「違いない」
 ふっと頼の顔がほどける。凪が「これからもよろしく」と言うと、「あ、だったらさ」と頼が柔らかく笑った。
「俺のことは頼でいい。仲の良いやつはみんなそう呼ぶ」
……俺のことは頼でいい?
理解するのに少し時間がかかって、なんだ呼び方のことか、と追いついた。追いつくと今度はにやけを止められなくなった。
ふうん、仲のいいやつ、ねぇ。
「い、いやほら、中学の頃は下の名前で呼ばれるほうが普通だったというか―」
「いいぜ。頼」
「っ…」
「俺のことも凪って呼んでくれ」
「お、おう」
凪がつんとあごを突き出して名前を呼ぶ。するとどうだろう?頼は顔をしかめてぱっと横を向いた。なんだその反応は。だがよくよく観察してみれば耳の先が赤い。
なるほど、照れてるなこいつ。
急激に凪までむず痒くなってきたから困った。何を言っていいかわからない変な空気が流れる。沈黙が濃厚になる。どうすんだこれ、なんか突っ込んだほうがいいのか?
「お、あった! はぁー、やっと見つけた」
幸か不幸か、警備員の声で互いにはっと我に返った。何かを拾い上げたのであろうその気配が音楽準備室へと向かいだす。おいおい、そっちには宇田川がいるぞ。大丈夫だろうか。
そして嫌な予感は準備室へと入った警備員が大きな声を上げたことにより的中した。
「な、なんだこれは。誰かいるのか?いるなら出てこい!」
――くそ、肝試しは失敗だ。

「逢坂、伊坂、あのさ…」
早朝、寮の玄関前であくびをかみ殺す凪のもとに、顔色の青い宇田川が声をかけてきた。ひどく後ろめたいのだろう。それもそのはずだ。
あの夜、警備員は準備室に入ると驚いた声を上げた。それは宇田川に鉢合わせたからではなく――準備室はすでにもぬけの殻だった――、粉々に砕け散ったメトロノームを発見したからだった。そう、あのガラスでできた透明なメトロノームが、床に落ちて無残な姿になっていた。凪はすぐに宇田川が落としたのだと察した。部屋から出る際に落としてしまったのか、落としてしまったから部屋を出て行ったのかまではわからないが。
ともかく、そのひどい有様から構内に侵入者がいると判断した警備員は、すかさず無線で本部に連絡をとり、応援と警察を呼ぼうとしていた。そこまでされてはかなりの大事になってしまう。凪と頼は大人しく姿を現した。
「これはお前らが壊したのか」
問われ、凪は迷いなくそうだと返事をした。隣で頼が驚いたような反応をしていた。別に凪は、その場にいない人間の名前まであげるようなねちっこい性格はしていない。
こうして結局、この件は凪と頼の二人が夜間の音楽室に侵入したとして幕を閉じた。翌日校長室に呼び出され、二人だけで長い説教をくらった。命じられた一ヶ月間の奉仕活動も然りだ。
「本当にごめん。あのメトロノームを落としたあと、俺、ちょっとパニックになって、その…本当は戻ろうかとも思ったんだけど、できなくて…」
「あっそ」
宇田川はいっそう顔色を青くして、頭を下げた。
「ごめん、逢坂。伊坂もごめん。本当にすごく反省してる」
凪は持っていた掃除用具を地面に突き立て、眉間に力を入れた。正直いい気はしない。宇田川がしたことは実質友達を見捨てるようなことだ。凪の肝試しに付き合ってくれたとはいえ、逆の立場だったら凪は一人で寮に逃げ帰るようなことはしない。
宇田川が続けた。
「本当にごめん。後悔してる。もしお前らが今後、俺とつるむのが嫌っていうんなら、俺…」
「はぁーーーっ」
仁王立ちをした凪はこれ見よがしに深いため息をついた。そして吐いたのと同じ量だけ肺に空気を取り込む。つんとあごを上げた。
「宇田川。さっさと頭を上げてお前もやれよな」
「えっ……え?」
「掃き掃除から雑草摘みまでやることは山のようにあるぞ。お前はまず、ホースで水撒きだ!」
「あ、あの…許してくれるのか?」
「なにがだ。早く、ほら、ホース」
「え、あ、ああ、ホース」
 用具入れのほうをくいと示すと、宇田川はしばし凪のことを見つめ、やがて胸のつかえが下りたかのような顔をして走っていった。その後ろ姿から視線を外して振り返ると、眉を上げた頼と出会う。
「驚いた。ずいぶんあっさり許すんだな」
「友達だからな」
「ふうん」
「なんだよ、お前はまだカッカしてんのか?」
「いや、そうじゃない」
ただ少し意外だったから、と頼が言うから、凪は唇を尖らせたくなった。
「あのなぁ俺は余計な追及はしない主義なんだ。謝ってきている相手にはなおさらな。だからお前が何かしでかした時も、俺はお前を許すぞ」
「へぇ。本当に?」
「そりゃそうだ。お前はよき友人だし、よきライバルだ。加えて俺は、お前のことが好きだしな」
「っ!」
短い驚嘆。頼が目を見開いてぴしりと固まっている。反応が面白くて、凪はハハッと笑った。
「だってそうだろう?お前は逃げなかった。俺と一緒に怒られて、一緒に掃除をしている。俺を責めることもなければ文句の一つも言わない。きっとこの先も、お前は誰かを裏切ったりしないんだろうな」
一陣の風が頼の髪をさらった。端正な顔がよく見える。黒の瞳がよく見える。秋めいた空気は季節の移ろいを感じさせた。日々変わっていく。誰もが変わっていく。最近になってまた少し、頼は背が高くなった。
凪は息を継いだ。
「俺はそういう、お前の誠実なところが好きだ。頼」
「あー……。うん。ね…」
途端、手で口元を覆った頼が「参ったな……」ともごもご呟いた。さては伝わりきっていないのか?凪は下から頼を覗き込み、まっすぐ見つめて訴え続けた。
「あとはほら、ピアノの下で言ってくれただろ?俺の裏表のないところが好感もてるって。あれ、嬉しかったよ。俺だって最初はとんでもないやつと相部屋になっちまったと思ってたけど、今ではお前でよかったと思ってる。うん。そうだ。お前でよかった。出会えてよかったよ。ありがとな、頼。って、え、ど、どうした?」
ついに頼は、手で顔の半分を隠したままそっぽを向いてしまった。顔がすごく赤い。耳の先まで真っ赤だ。いったいどうしたというのか。頼はぎゅっと眉に力を入れた険しい表情で、目線だけを凪のほうへ戻した。
「お前のそれは無自覚なのか……な、凪」
「無自覚? なにが」
「無自覚なんだな」
「だから、なにがだ」
結局凪の問いには答えてもらえず、定められた1ヶ月も終えて、学園はハーフターム休暇を迎えた。秋休みのようなものだ。
張り切って実家へと旅立つ寮生たちとは対照的に、凪は「戻ってもどうせ音楽室の件を怒られるだけだしなぁ」と嘆きながら帰省をした。実際そうなった。そして休暇が明けてみると、大目玉を食らったのは自分だけではなかったのだと知った。
頼が頬に青アザを作って登校したのだ。寮は一時騒然となった。
「大丈夫かよ、それ。痛そうだな」
凪は頼を秘密のベンチに連れ出した。雑木林の中に偶然見つけたこの空間はいつしか二人だけの秘密基地のようになっている。 
木製ベンチに腰掛けると、凪は頼の話を聞いた。なんでも、凪と共に起こした問題行動について、家でこっぴどく詰められたのだという。青アザは思い切り殴られた跡だろう。伊坂家が厳しいことは凪も十分承知だ。
「ああ、痛かったさ。だが俺にとっては凪を失うことのほうがよっぽど痛い」
「俺を失う?なんの話だ」
「それがさ―」
頼は父親から直接、「逢坂凪とは金輪際つるむな」と釘を刺されたらしい。凪は驚いた。だけれど頼は真っ向から歯向かったのだそうだ。
「生まれて初めて父さんに反抗した」
「へぇ」
「爽快な気分だったよ。言ってやったんだ。友人は自分で選ぶ、口出ししないでくれ、ってね」
「…へぇ。やるじゃん」
くすぐったい。
やるじゃんなんて格好をつけて言ったが、胸のあたりがむず痒くなって口をへの字に曲げてしまった。頼が父親に歯向かってまで凪を選んだのかと思うと形容しがたい気持ちに駆られる。これがなんなのかはよくわからないが、まあ、とりあえず嬉しいのだと思う。うん、嬉しい。
一つ頷くと、凪はもう自分がへの字の口なんてしておらず、口角を上げて笑っていたことに気づいた。頼もまた口元を綻ばせていた。
「感謝してるよ。凪のおかげで、俺は変われた気がする。前より少し、強くなったような」
「まじかよ。買いかぶりすぎじゃね?」
「いいや、わりと本気だ」
「ふうん」
「だから俺も、お前に会えてよかった」
「ん?」
「出会えてよかったよ、凪」
頼は真剣だった。凪は胸がむず痒くてたまらないまま「おうよ」といって拳を突き出した。照れ隠しだ。
「じゃあこれからも、俺たちは唯一無二の親友兼ライバル兼ルームメイトっちゅうことで。学年一位の座を巡ってよりいっそう凌ぎを削り合う仲だな」
「あ、それに関しては俺が全部いただくわ」
「調子乗ってんじゃねーぞコラ」
前に頼が凪にしたみたいに、凪が頼にデコピンを食らわせた。「いってぇ!」といって涙目になっている。
「ひどい、親父にもぶたれたことないのに」
そう言って頼がふざけるから、凪は「よく言うわ」とけらけら笑った。