推しが隣に引っ越してきまして



もう23時になるというのに、街にはまだたくさん車が行き交っていて、遠くに見えるオフィスらしき建物はまだぽつぽつ明かりが点いている。


「なんか、ここから東京の街並み見ると不思議な気分になるよね。俺らはもうあと寝るだけなのに、まだ活動してる人がこんなにいるんだって。この人たちはいつおうちに帰るんだろ〜って。」


「うん。」


佑月くんと顔を見合わせてふふ、って笑う。


「会社に勤めて、恋愛して、結婚して、それってどんな人生なんだろう。」
月明かりに照らされる佑月くんの顔。その目には、この景色がどんな風に映ってるんだろう。


「なんて、考えるときもあります。」
佑月くんがこの事務所に入ったのは、確か、高校三年生の、大学生になる直前の春休み。頭もよく、名も知れた大学に通うことが決まっていた佑月くんは、きっとこの事務所に入らなかったら、普通に就職していたんだろう。もしかしたら、この光のなかのひとつに、いたかもしれない。窓の外を眺める。


佑月くんが私を見る。


「あ、別に、アイドルになったこと後悔してないよ。だけど、生まれ変わったら、俺はこの仕事選ばないかも。」


その言葉にはきっといろんな気持ちが隠されている。


佑月くんが犠牲にしたものってどれだけあるんだろう。私たちにとって当たり前の日常、それが当たり前じゃないってどんな感覚なんだろう。
「アイドルになってくれてありがとうございます。」
私が言うと、佑月くんが、私を見る。
声は、少し震えた。私は、恥ずかしくて、佑月くんの目が見れない。


「って、思ってる人私以外にもたくさん、います。」


佑月くんの瞳が一瞬揺れる。それから、頬を緩ませて、「ありがとう」って言った。


佑月くんがブラインドを閉めて、ソファに深く腰かける。
「寝られないんだったら、お話しよう。」
いいんだろうか、佑月くんは、疲れてないのかな。
「お話ししたい。」佑月くんが付け足すように言って、笑った。