■ホテルリゾートマリアンヌ 5F 客室
24:52 視聴者数:12582

 レイの姿が消えてしまった。レンズの割れた小型カメラだけを残して。
 残された5人と、視聴者達の脳裏にあの日記が浮かぶ。皆連れて行かれた。その一文がこびりついて離れない。

「レイ! どこだ!? レイ!」

 幼馴染のマモルが、消えてしまった幼馴染を探し回る。いつもの彼らしさは全くなく、明らかに錯乱した状態だ。

「マモル! 落ち着け!」

 ミナトがマモルの両肩を掴み、冷静になる様にマモルを諭す。

「だけど! レイが!」

「分かっている! でも俺達だけでどうにかするのはもう無理だ。大人を頼るしかない」

 明らかに普通ではない状況。まるで神隠しにでもあったかの様に、レイは姿を消してしまった。
 こんなのはもう、高校生だけで解決出来る状況ではない。速やかに大人に助けを求めるべきだ。

「そしてその為にはマモル、お前の頭脳が必要だ。だから頼む、冷静になってくれ」

 幼馴染が居なくなり、平静で居られない彼の気持ちは誰もが分かっている。仲間だけでなく、視聴者もだ。
 しかしミナトが言う様に、ここで彼が取り乱していると脱出が更に遠退く。
 この中で1番頭が良くて、1番知識が豊富なのはマモルなのだから。

「ああ……ああ………………分かった、すまん……」

 冷静さを取り戻したのか、マモルは普段の様子に戻っていく。完全に落ち着いてはいないとしても、先程までとはかなり違う。
 焦った様子も鳴りを潜め、知性を感じさせる雰囲気に変わる。
 1人消えるという事態となり、マリアンヌは本当に噂通りだったと喜ぶ視聴者が居る。

 しかし多くの視聴者から、不謹慎だと抗議を入れられている。この状況を楽しめる人も居るらしい。
 ただマリアンヌの真実を知りたかった視聴者はかなり多いらしい。
 配信なのだから楽しんで何が悪いと、逆に怒る者も現れコメント欄はカオスな状態に。

 そんな状況下で新たにコメント欄へ、投げ銭付きメッセージが流れた。そこには衝撃的な内容が書かれていた。
 通報したのにパトカーが現れないので、再度通報したのだと言う。
 そうしたら既に警察は現地におり、現場検証をしている最中だと言われたらしい。
 なら警察はマリアンヌへ来ている筈で、飛び降りたこの客室に鑑識官が来ていないとおかしい。

 恐ろしい何かを、大勢の視聴者達が感じ始めた。有り得ない事が、更に起きているではないかと。
 コメント欄ではユア達に向けて、コメントを見てくれと願う内容が大量に投稿されている。
 しかし彼らは現状に注意が行っており、全くコメントを確認しようとはしなかった。

 そんな中で、今まで以上に意味が分からない事態に陥ってしまう。
 ユアのカメラ映像の端で、床に落ちたロープが動いている。まるで生きた蛇の様に。
 だが5人の高校生達は、全く気付いていない。コメントが注意を促すが、彼らには届かない。

「きゃっ!? な、何よこれ!?」

 マホの両足にロープが巻き付き、どんどんとロープが何処かへと回収されて行く。

「捕まれ!」

 カズトがマホの腕を取るが、ロープは物凄い勢いで廊下へと吸い込まれている。

「ロープを切れ!」

 カズトがマホの手を掴みながら、ミナト達に叫ぶ。素早く反応したミナトが、ポケットから十徳ナイフを取り出しロープを切りに行く。

「急げ!」

 必死にマホを掴むカズト。マホのもう片方の腕を、マモルが掴んで2人で引っ張る。
 ユアも参加して、マモルを手伝う。それでも少しずつ彼らは引き摺られていく。
 いつも元気が取り柄のマホも、流石に怖いのか悲鳴を上げている。

「分かっている!」

 ミナトが必死にナイフを動かし、ロープを切断しようとする。
 何度もナイフを動かして、どうにか切断に成功する。しかしその瞬間、真っ赤な鮮血がロープから飛び散る。
 まるで本当に生き物であった様に、大量の血が周囲にばら撒かれた。
 近くに居たミナトとマホは、服や足に沢山の血が降りかかった。

「何だこれ!?」

 思わずミナトは叫んだ。彼のTシャツは血で真っ赤に染まってしまった。
 残されたロープの切れ端からも、ドクドクと血液が流れ出している。切れ端の方は、もう動く気配はない。
 視聴者達は唖然としているのか、コメントの流れる速度が目に見えて低下した。

「ありがとう、皆」

 マホは息も絶え絶えに、皆へとお礼を述べる。流石にこれは有り得ないと思ったのか、ヤラセを疑う者が出始めた。
 これは映画の撮影で、実は配信ではなくメイキング映像でしたと。そう言って終わるのではないかと。
 そんな風に考える者が出るのも仕方ないだろう。明らかに普通では無い事が起きている。
 一言で言えば心霊現象、そうとしか言いようが無い。割れないガラス、消える人間、血を噴くロープ。
 どれもおかしな事ばかりで、視聴者としては信じられない。

「……とりあえず2階をもう一度探索しよう。ロープが無いなら、ここに居ても仕方ない」

 マモルの提案で、再び彼らは2階へと戻る事に決めたらしい。
 何かしらの糸口を見つけないと、この状況から脱する事は出来ない。
 どうにかして外に出て、大人に助けを求める。それが彼らの方針となった。

■ホテルリゾートマリアンヌ 2F 東廊下
25:12 視聴者数:13861

 深夜1時を過ぎたが、視聴者の増加は止まらない。SNSでトレンド入りをしたらしい。
 これから更に増えて行くだろう。もはや一部ではお祭りと化している。
 有名な匿名掲示板では、ホラー系のカテゴリで半端じゃない勢いで投稿が続いている。
 110番通報をした者が大勢おり、報告が次々と上がっている。
 しかしイタズラと思われたのか、もう取り合って貰えないらしい。

 現場には警察が既にいると、返された報告者が大量に居た。やはり投げ銭のメッセージは真実であった。
 そうであるならば、彼らがいるマリアンヌは一体何か? 平行世界説を訴えている者が複数居る。
 支配人に選ばれた人間は、別世界のマリアンヌへと連れて行かれる。
 新たな噂が生まれ始めている。配信画面の映像を見れば、それが1番可能性としては高い。

 映画の撮影だとしても、警察が現地に居るならパトカーの音ぐらいは配信に乗る。
 しかしそんな瞬間は一度もなく、窓の外に赤色灯の明かりもない。鑑識官や警察官も現れない。
 現状を考えれば、もうそうとしか考えられない。マリアンヌからは二度と出られない。その真実が今この画面に映っているのだ。

「あれ? 誰か居るのか?」

 2階を探索している彼らに、新たな動きが見られた。マモルが人の気配に気付いたらしい。
 彼のカメラ映像からは、特に人影は見られない。他の4人もマモルと同じ方向を見るが、やはり人影はなし。

「レイ? レイじゃないか! ここに居たのか!」

 マモルはレイを見つけたらしいが、どの映像にもレイの姿は無い。
 ユア達も同様に見えていないらしく、何処にレイが居るのかと問う。
 しかしマモルはそこに居るじゃないかと断言する。非常に嫌な予感が視聴者達に広がる。
 居もしない人間を居ると言い出す。ホラー映画なら完全に死亡フラグ。
 行くなやめろというコメントが大量に投下される。ユア達もマモルを止めようとするが、彼はどんどん廊下の向こうに行く。

「駄目だ! 戻れマモル!」

 ミナトが走って追い掛けながら、マモルに戻る様に求めた。
 マモルが足を止めた瞬間に、廊下の角から白い服を来た人間らしき腕が現れる。
 マモルの頭部をガッシリ掴むと、廊下の角にマモルの姿が吸い込まれた。
 ミナトが廊下の角に来た頃には、壊れて落ちた小型カメラしか残っていなかった。