N県S市 ホテルリゾート『マリアンヌ』に関するとあるライターの取材記録
 
 N県S市のとある町、山の麓にある長閑な土地。昔はただそれだけの、小さな田舎町の1つでしか無かった。
 しかし昭和後期のスキーブームの波に乗り、スキー場とリゾートホテルが完成すると状況は一変。
 たちまち観光客が多数訪れる様になる。長距離バスがどんどんやって来ては、スキー客達を降ろしていく。
 ホテルやスキー場のオーナーと、地元民の諍いも一部ではあった。
 だが町全体が儲かったので、スキー場を閉鎖しろという声は減って行った。

 しかしある時、大きな雪崩が起きてしまう。町にまで到達した結果、大きな被害が出てしまった。
 山を開拓したせいだと、町の住人達は怒りの声をあげる。スキー場の安全な管理が出来ていなかったとして、オーナーを相手に住民達が訴訟を起こした。
 長い裁判の末、スキー場の開発工事に問題点が発覚。住民側の勝訴となり、該当する問題部分の工事を行う為にスキー場は閉鎖。
 再び再会出来る目処が立つ頃には、スキーブームは落ち着き以前ほどの収益は上がらない。
 他のスキー場との生存競争に敗北し、このスキー場は売りに出された。
 以降買い手が特に付かず、最終的には市が買い取る事になった。

 そんな出来事の裏側で、ホテルの方にも問題が起きていた。それは支配人の過労死事件だ。
 スキー場のゴタゴタで、減っていくスキー客達。雪崩で多くの死者が出たというのは、あまり良い印象がない。
 伸びない客足と、次々と首を切られる従業員達。責任感が強かった支配人は、出来る限りの努力を続けた。
 宿泊客の満足度を少しでも高めようと、日々汗水垂らして働き続ける支配人。
 しかし体が追い付かず、ある日ホテルのバックヤードで倒れている所を発見される。
 事件性はなく、ただの死亡事件として処理された。その頃はまだ過労死という言葉が、今ほど知られていなかった時代の話だ。

 ホテルの為に尽くした支配人は、2000年の7月に40代という若さでこの世を去る。
 スキー場とリゾートホテルの両方で問題が起き、この町は観光地としての価値を失って行った。
 同時に町の収益も一気に落ちてしまい、住民の生活は悪化。人は一度知った贅沢を、簡単に捨てられない。
 生活水準を下げる事が出来る人間は、そう多くはない。ブームに一度乗れただけの町は、急速に廃れて行った。
 元の静かな生活に戻ったと言える家庭が、果たしてどれだけあっただろうか。

 そんな方々に影響を与えたスキー場とホテルについては、そこで決着がついたかと思われていた。
 しかし2005年に入り、新たな展開を見せる。同年5月に、リゾートホテルの解体工事が始まった。
 スキー場と共に曰く付きとされ、買い手が付かずに放置されていた。
 しかし建てられたのが阪神淡路大震災の前で、耐震基準が古いままだった。
 周辺の安全を思えば、このまま建てたままには出来ないと判断され、行政が動く事となる。
 そして始まった解体工事だが、8月に突然業者が作業を途中で辞めた。

 しかも解体は殆ど進んでおらず、内装も大半が元のままだと言うのだ。
 にも関わらず、これ以上は出来ないの一点張り。金額を大幅に上げると伝えても拒否された。
 当時の担当者が言うには、業者は報酬の受け取りすら拒否し、逃げる様に去って行ったという話だ。
 それから5年後の2010年5月、ゴタゴタが片付き新しい業者を入れての解体工事が開始。
 今度こそ上手く行くかと思われたが、多数の死傷者を出す事故が多発した。

 詳しく調べたところ、前回の解体工事でも、同様の事故が起きていた事が発覚する。
 5年もの期間に渡って、工事が決まらなかった理由はそこにあった。
 とても信じ難い話が含まれており、市の上層部まで正確な情報が行っていなかったのだ。
 現場で起きたのは所謂ところの超常現象、いや心霊現象という方が正しいだろう。

 解体作業を始めると、体調不良を訴える作業員が出る。壁紙を剥がした者が入院した。
 調度品を壊した者が階段から落下。窓枠を外した作業員が窓から転落。
 軽度な例でも様々あり、現場監督が不審死をした話なども含めると、50件を超える問題が起きていた。
 何かを見たという話も合わせれば、100件を軽く超えていく。
 市はお祓いを試みるも、担当した住職が翌週に突然死する事態となり、完全にお手上げ状態。

 誰も触れてはならない案件となり、行政もこの件には不干渉を決め込んだ。
 それから暫くして、インターネットの一部では、とある噂となって広まっていく。
 呪われたリゾートホテルだとか、夜な夜な霊が徘徊しているだとか色々と囁かれ始めた。
 元はアングラなネタだった筈が、2020年になると突如として情報が拡散。
 ホラー系配信者の男性が、例のホテルへ取材に行って以来、ずっと行方不明だという。

 最後の配信で彼が、もし配信を再開しなかったら噂は真実だと宣言していたのも影響した。
 事実として彼が配信を再開する事はなく、半年経過しても状況は変わらない。
 やはり本当なのではないかと、インターネットで盛り上がる。噂を知った者達が、例のホテルへ殺到。
 夜遅くに騒がれて迷惑だと、近隣住民から苦情が入り警察は巡回を行う事に。
 そんな中で新たな行方不明者が増えて行くが、明るい内に警察が幾ら探しても見つからず。
 元々根無し草の様な自称配信者達が殆どを占め、別のどこかへ行ったのだろうと結論づけられた。

 一時的に猛烈な盛り上がりを見せたが、新しい次の話題が盛り上がると民衆の興味はそちらへと移っていく。
 しかし今も見つかっていない行方不明者がおり、このホテルに関しては根強い人気が続いている。
 呪われた廃ホテル『マリアンヌ』について、ネット上ではこんな風に語られている。
 死んだ支配人が今も、宿泊客を歓待している。一度支配人に見つかると、二度とホテルからは出られない。
 満月の夜には、支配人がホテル内を徘徊している。窓から駐車場を見下ろす支配人の姿が確認された。

 そんな風に地方の怪談話として、4年経った今も語られている。
 定期的に配信や動画のネタにする者が現れては、いつの間にか消えていく。
 伸びなくて辞めたのか、それとも本当に何かがあったのか。それは誰にも分からない。
 現地での取材も当然複数回行ったが、住民達は気味悪がってマリアンヌには近付かない。
 これと言って得られた新情報はなく、取材を続けている者も随分と減った。

 今となっては私ぐらいしか、マリアンヌの情報を追っていないだろう。
 他のライター達は、もうとっくに離脱した後だ。こんな取材を続けても、ろくな稼ぎにはならない。
 しかし何故だろうか? 私の直感が何かあると訴えているのだ。
 以前に現地調査として、明るい内からマリアンヌへ行った。中にも入ってみたが、こうして無事に帰って来た。
 しかし忘れられない。あの日感じた、私を見定める様な視線が。

 確かに感じたのだ、勘違いなどではない。何かがあそこには居る。
 しかし満月の夜に、現地へ行く勇気は持てない。本当に支配人が今も居るなら、帰って来られないだろう。
 それは分かっているのに、恐ろしいと感じている筈が…………私は今、マリアンヌの前に居る。
 真実を知りたいという使命感か、それとも私はあの日、魅入られてしまったのか。
 もし貴方がこの記録を見ているのなら、私の無事を祈って欲しい。
 そしてもし私がこれ以降、記事をアップしなければ。その時は絶対に、マリアンヌと関わらないで欲しい。


■最終更新日:2024年3月15日 21:34

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