シーン①病院
緑あふれる道を進む救急車。
颯希M「僕たちは恋そっちのけで、総合病院へ爆走した」
N「整形外科」
病院の診察室。
右ふくらはぎにバンテージぐるぐる巻きで丸椅子に座る雪哉、その傍らに立つ颯希。
壮年の整形外科医が、脚のMRI画像を見せる。
医師「ヒラメ筋っていう、ふくらはぎの肉離れだね」
N「肉離れ:筋肉が断裂する怪我」
医師「受傷のとき、パンッて音聞こえた?」
雪哉「パ、くらいです」
医師「ふむ。軽傷と中等症の間、全治四週間ってところかな。固定と安静が基本だよ。焦って復帰したら悪化するからね」
雪哉「……はい」
神妙に聞いているが、声には悔しさがにじむ。
颯希、待合室に戻るため、雪哉を車椅子に乗せようとする。
颯希「乗って」
雪哉「いいです」
言葉と裏腹に、右足をつくや痛みで顔を顰める。
颯希「安静って言われたでしょ」
雪哉、溜め息を吐いて車椅子に座る。
しかし自分で車輪を操作して進んでいってしまう。
颯希、「こら」と追いかけられない。
颯希(肉離れは、水分不足・ミネラル不足で起こりやすい。栄養担当マネなのに見逃した、僕のせいだ)
雪哉の背中を見て、ぎゅっと拳を握り締める。
シーン②駅伝部寮/同日
夕方、寮に戻る。
監督が食堂で待っている。
寮の敷地内では車椅子を拒否し、松葉杖の雪哉を見て、険しい表情になる。
監督「診断は」
雪哉「肉離れでした。軽傷です」
監督「そうか。親御さんに一報入れてあるから、黒羽からも連絡しなさい」
雪哉、スマホを手に席を外す。
颯希「あの、監督。厳密には軽傷と中等傷の間です」
雪哉本人に代わり、診断詳細を報告する。
監督「全治四週間ね。県予選のエントリー、考え直さないといけないな」
考え込みながら寮を後にする。
颯希、居てもたってもいられず玄関まで追いかけ、
颯希「監督。県予選までに復帰できるよう、僕が黒羽をサポートしますので」
走らせてあげてほしい、と言外に込める。
監督「ん? ああ」
だが颯希のサポートがあってもあまり変わらないのでは、というふうに流されてしまう。
颯希(おまえに何ができるの、って感じだよな)
ひとつ息を吐く。
颯希「飯、つくらないと。今日は集中練習頑張ったご褒美メニューの予定だったんだ」
自分を奮い立たせ、厨房へ向かう。
十八時、食堂。
陽に焼けた選手たちが席に着く。
剣「雪哉、おかえり」
雪哉「っす」
雪哉、掠り傷ですけど、くらいの顔で会釈。
ただテーブルの下の右ふくらはぎには氷嚢を巻きつけ、圧迫している。
剣「来月の県予選に向けて、気は抜かず、無理もせずいこう。いただきます」
部員たち「いただきま~す!」
N「~本日の夕食メイン:焼肉丼~」
ミニさつきの解説M「レモン醤油タレでさっぱりと!」
雪哉がいつもどおりの様子なのもあり、わいわいとした雰囲気。
颯希(……あいつ無理してるよなあ、やっぱり)
厨房のカウンターから窺う颯希は、雪哉から目を離せない。
雪哉、自分だけ小皿がひとつ多いのに気づき、「ん?」と颯希を見る。目が合う。
颯希、「きんにくのもと」と口を動かす。
ミニさつきの解説M「牛すじコラーゲンスープ!」
颯希(筋肉の修復に、少しでもつながりますように)
雪哉「……」
Tシャツ越しにへその斜め下を撫でる。
シーン③102号室/同日
その夜、厨房の冷凍庫から氷を調達する颯希。
ボウルを手に、102号室に入る。
颯希「黒羽、アイシングの氷取り替え……あれ?」
もぬけの殻。
颯希(あの足で、デートには行けないよな!?)
玄関に取って返し、下駄箱を見る。
雪哉のランニングシューズはある。
共用のスポーツサンダルが一足ない。
颯希(部長にひと声……、大事にされたくないか)
逡巡の末、廊下が無人なのを確かめ、外に出る。
颯希(えっと、門を越えなくて済む場所は――ここだ)
レシピノート捜索の帰りに教わった、生垣の隙間を辿る。細身ならぎりぎり通れる。
ボウルを置いていったら外出の物証になってしまうので、持って出る。
日中とは一転、静けさに包まれた道。
颯希(あんまり遠くへは行けないはず)
高校のほうへ行ってみる。
グラウンドの何かが、月光にちかりと鈍く反射する。
颯希(松葉杖だ!)
校門へ急ぎかけ、足を止める。
颯希(校門乗り越えたら、セコムとか来ちゃう?)
がさごそと生垣の隙間を探す。
何とかくぐれる箇所を見つけ、髪に葉っぱをくっつけつつ敷地内へ入る。
トラックで、松葉杖を枕代わりに大の字になっている雪哉。まっすぐ近づく。
颯希「こーの問題児」
雪哉、頭を持ち上げ、「え?」と目を見開く。「近づくな」オーラも出す。
颯希(独りになりたいってか?)
颯希、構わず雪哉のふくらはぎに、氷入りボウルをぴとりとつける。
やはり両手で、襷を差し出すときと同じ動作。
雪哉「冷たっ」
颯希、抗議を黙殺。傍らにしゃがみ、氷嚢内の水を捨てて氷に入れ替えてあげる。
雪哉、驚いた顔。上体を起こす。「近づくな」オーラは引っ込み、颯希を見つめる。
雪哉「あんた、なんで」
他人のためになぜそこまでできるのか理解できない、という表情で絞り出す。
颯希、一瞬手が止まる。
颯希「なんでってそりゃ、僕のせいだから」
自嘲の笑みを浮かべる。
雪哉「いやオレの怪我に先輩は関係ないでしょ」
へその斜め下を押さえ、思わずといったふうに否定する。
颯希「あるって」
颯希、譲らない。
普段のあきらめなさと違う、憂いのにじむ表情。
その表情に弱い雪哉、観念した様子で夜空を仰ぐ。
雪哉「……オレ、人生で一回だけマラソン二番だったことがあって」
ぼそりと話し出す。
颯希「うん」
颯希、座り直して聞く体勢を取る。
雪哉「小六の校内マラソン大会でした。結論から言うと、急性の盲腸だったんですけど」
颯希「盲腸!? むしろ完走したのすごいな」
淡々と話す内容に驚かされる。
颯希(そう言えば、お腹に小さい傷痕あった。盲腸の手術痕だったのか)
たびたび披露された裸の上半身を思い浮かべる。
颯希(この子、意外とランニングばかなんじゃ……)
口には出さず、続きを聞く。
雪哉「走ってる間にどんどん腹痛くなって。一番で校庭戻ってきたけど、もう亀の遅さで」
颯希「だろうよ」
雪哉「後ろから、二番のやつの足音が聞こえました。で、どうなったと思います?」
颯希「どう?」
突然の問いに、顎に手を当てて考える颯希。
颯希「友情のゴール的な感じで、一緒にゴールした」
人差し指を立て、結構自信ありげに答える。
雪哉、そんな颯希に瞬きしたのち、吹き出す。
颯希「ちょ、ボケてないが」
雪哉「正解は、先にゴールして校庭にいた五年生以下も先生も、『抜かせ!』って大歓声を上げました」
颯希「え……」
想像のつかなかった展開に、絶句する。
颯希(人間って逆転劇を好むとこあるし、まさか盲腸とは思わなかったんだろうけど……)
雪哉はいつもの冷めた無表情。
雪哉「あー人間って弱ってる同類をいたぶって楽しむ生きものなんだ、ってよくわかりました。たぶんマリー・アントワネットの処刑とかもそんな感じだったんでしょ」
雪哉の達観ぶりに、口を挟めない颯希。
雪哉「二番だったやつ、オレを抜いてく瞬間ピッカピカの笑顔でした。病人に勝ってそんな嬉しいんかって。あ、病人じゃないオレには一生勝てないか」
颯希、雪哉が少し強がっているように感じる。
悪意でなくとも、雪哉は傷つき、他人を信じられなくなったのだろうと思う。
颯希「それで黒羽は、『走るときは独り』って思うようになって、他人のサポートするマネが理解できないんだ?」
責めるでも否定するでもなく、確かめる。
雪哉「まあ」
ちょっとしゃべり過ぎた、という顔。
雪哉「実際そうじゃないですか? 冬の全国駅伝のメンバーだって、トラック種目のタイムで選ばれるし。個人戦ですよ」
ミニさつきの解説M「春夏→トラックシーズン。競技場で5000mや1500mなどの個人種目を行うよ。
秋冬→ロードシーズン。路上で駅伝を行うよ」
颯希、日中と違いひっそりしたグラウンドを見やる。
ひとつ頷き、口を開く。
颯希「それでも僕は、駅伝はチーム戦だと思う」
雪哉、半信半疑の目で颯希を見る。
颯希「て言っても、長距離始めた理由は、百メートル走で勝てない相手にも校内マラソンなら勝てるからなんだけどさ」
不純な動機を白状する。
雪哉「先輩あきらめ悪いですもんね」
颯希「粘り強いって言え!」
雪哉「はいはい。で?」
夜風が吹く。土と緑の匂いがする。
雪哉、最初の頃の挨拶なしが嘘のように話を聞いてくれる。
颯希「同じ中学だった剣部長が駅伝に誘ってくれて、チームに貢献する充実感にはまったんだ」
中学の駅伝大会の中継所で、「はい!」と両手で襷を手渡す自分の姿を思い出す。
雪哉「同じ中学……」
独り言。自分にはないつながりずるい、と思っている。
颯希「長距離って、練習も本番も苦しいじゃん。独りじゃ乗り越えられないときもある。でも、どんなに苦しくても、みんなの想いをつれていくためなら頑張れる。襷をつなぐためなら、不思議なくらい力が湧く」
雪哉「そうですかねえ」
颯希「そうなの! ただ速くても勝てるわけじゃないよ。だから僕はマネとしてチームに残ってる」
力説する。
雪哉、颯希をじっと見つめる。
雪哉「先輩って……」
食堂で、両手でトレイを手渡す仕草を思い起こす。
颯希「何?」
雪哉「いえ」
今でも走りたい? と訊こうとしたが、野暮なのでやめる。
視界の端で、星が流れる。
颯希「あ、流れ星! 黒羽が県予選走れますように、黒羽が県予選走れますように、黒羽が県予選走れますようにっ!」
早口で三回唱える。
颯希「間に合ったよな?」
手を組んだまま雪哉に向き直る。
雪哉、颯希を数秒見つめたのち、恋心の芽生えの自覚とともにふっと笑う。
雪哉「願い事、他人に使うとか」
颯希「いいだろ別にっ」
そうとも知らず、勢いをつけて立ち上がる。
颯希「そろそろ帰ろう」
手を差し伸べる。
雪哉、颯希の顔と手を交互に見る。大の字になっていたときよりやわらいだ表情で、手を伸ばす。
颯希「のわ」
思いきり体重をかけられ、よろける。
髪にくっついた葉っぱが落ちる。
颯希「え、ずっと葉っぱついてた?」
雪哉「はい」
颯希「教えろよ」
雪哉「たぬきみたいだったんで。本物ですか?」
可愛かったんで、とは言わない。
颯希「化けてないわ!」
颯希、雪哉に肩を貸し、連れ立って歩き出す。
シーン③102号室/翌朝
N「翌日、授業再開」
黒羽「今日は休みます。安静ですよね?」
颯希「さぼろうとすな。授業は座ってりゃ受けられるだろ」
ベッドに居座る雪哉のTシャツを、制服片手に引っぺがす。
黒羽「……積極的」
上半身裸でにやりと笑う。
颯希、赤面させられる。
颯希「だー、もう彼女に面倒見てもらえ! って」
はっと気づく。
颯希「おまえ、『人間はみな独り……』とか言いながら」
雪哉「そんな厨二な言い方してません」
颯希「どっちにしても、駅伝部には心開かないのに、なんで女子とはどんどん付き合ってんだよ」
着替えて髪も整えた雪哉、こともなげに言う。
雪哉「人間、性欲には忠実なので信頼できます」
颯希「せいよ、は!?!」
さっきにも増して赤面させられる。
壁に張りつき、本能的防御態勢を取る。
雪哉「食欲も同じじゃないですか」
颯希「そうなのか……?」
颯希(それで恋しろって言ったのか)
相変わらず素直に受け取る様子に、雪哉は「今までオレの周りにいなかったタイプだな」と思う。
とにかく、颯希が雪哉のスクバを持ってやり、連れ立って登校する。
校門前で日課のお迎えらしい女子が、雪哉の松葉杖を見て騒然とする。
女子「え、雪哉くん大丈夫ぅー?」
半泣きの子もいる。
颯希、あまりの圧に怯む。
颯希「校門以降は女子が助けてくれそうだな。てか、一番目の彼女……あの子たちの中に、いる?」
世話係をバトンタッチしようと訊く。
さらっと確認のはずが歯切れ悪くなってしまう。
颯希(あれ?)
今まで雪哉の彼女の話をしてもこうはならなかったのに、とスクバの持ち手を握り締める。
雪哉「一番はいません」
颯希の百倍さらっと答える。
颯希「あ、そう。学外なんだ」
雪哉「一番自体、いません」
颯希「え? 二番目以降しかつくらないってこと?」
雪哉「はい」
颯希「何それ」
スクバの紐が一本肩からずり落ちる。
颯希(一番は、部活だったりしなくもなくも?)
ちょっと嬉しい自分がいることに気づく。
颯希「僕、その理由わかったかも」
雪哉「絶対わかってないと思いますけど」
憎まれ口を叩きつつ、女の子たちにファンサする。
颯希、昨夜みたいに自分のほうを向かせたくなる。
颯希「てか、恋が部活にいい影響あるなら、恋の力で怪我治せよ。それこそ僕のこと好きになれ」
今度は照れずに言い放つ。
雪哉、颯希をじっと見る。
雪哉「ほら、わかってない」
颯希「え?」
松葉杖でもすたすた進む雪哉を追い掛ける。
雪哉「オレのスクバ、一年の教室まで持ってきてくださいね」
颯希(結構本気だったのに、受け流された……)
複雑な気持ちになる。
女子たちに護衛され、一階の一年の教室へ。
颯希(この子たちより可愛いかっていうと、ぜんぜんだし。何言ってんだ僕?)
自己嫌悪に陥る。
颯希(やっぱり恋は保留!)
仕切り直し、二階の自分の教室へ行こうとするも、雪哉に「先輩」と呼び止められる。
雪哉「帰りのお迎えもよろしくお願いします」
颯希(荷物持ちさせられてるだけだし)
颯希「怪我してないとこのトレーニングだ。一人で寮帰れ」
ジト目で言い捨てる。
雪哉、食い下がろうとするも、女の子に阻まれる。
シーン④高校グラウンド脇
N「数日後」
放課後。颯希、グラウンドへ急ぐ。
手には怪我のリハビリに関する本。
颯希(安静にして筋肉が修復されたら、次は少しずつ動かしていくリハビリだ)
監督「――栄養担当マネ、あんまり意味ないんじゃないか?」
颯希「っ!」
校舎の陰から監督の声が聞こえ、息を呑む。
つい足を止めて聞き耳を立ててしまう。
剣「体力向上とか怪我予防とか、彼なりに考えてくれてますよ」
颯希(部長ぉ……)
ありがたくて泣きそうになる。
監督「だが、黒羽の怪我は防げなかった。一緒に生活してるメリットを活かせてないだろう」
颯希、リハビリの本とともに、いつも持ち歩いているレシピ研究ノートを抱き締める。
颯希(悔しいけど監督の言うとおり、だ)
颯希M「黒羽が復帰できたら、自分のことをきちんと考えよう――」
雪哉「……」
校舎内の窓の陰から、監督と部長、颯希を見ている。
シーン⑤駅伝部寮/同日
N「夕食後」
寮の厨房。
颯希、いつものように遅れて食事を終え、自分の皿を手に、大きなシンクの前に立つ。
もぐもぐしながら、皿洗いを始める。
颯希(洗い終わったら、黒羽のケア手伝ってやろ……ん?)
す、と誰かが隣に立つ。
調理スタッフのおばちゃんは帰ったはず、と見れば、雪哉だった。
皿洗いを手伝い始める。
颯希「!? ……熱ある?」
あまりにも意外で、手を拭いて雪哉の額と自分の額に手を当てる。
颯希「ん? どっちも熱い」
雪哉、ぱっと手を避ける。無表情を努めている。
雪哉「一品多くしてくれてる御礼です」
颯希「ああ、筋肉の素? 栄養担当マネとして当たり前だよ」
監督の「意味ないんじゃないか?」という一言を思い出し、笑顔が暗くなる。
雪哉、その表情してほしくない、という気持ちで颯希を見下ろす。
雪哉「てか、部員に皿洗いさせたらどうですか? 先輩の飯のありがたみ伝わってないでしょ」
颯希「のわ!?」
びっくりして手が滑り、皿を割りかける。
颯希「ありがたみ……?」
雪哉がそつなく皿をキャッチする。
雪哉「チーム戦って言ってませんでしたっけ」
颯希、しみじみと雪哉を見上げる。
自分の考えを受け入れてくれて嬉しい。ただし。
颯希「不味いって言ってなかったっけ?」
ここぞと揶揄う。
雪哉、む、とばつが悪そうな顔。
雪哉「そりゃ最初は……」
極小声。自分も最初はありがたみをわかっていなかった自覚はある。
雪哉「はあ。手伝うのやめよっかな」
颯希「いやいや助かるよ、雪哉」
無自覚の名前呼び。
雪哉だけぴくっと反応。癪なので意地悪を言う。
雪哉「顔に泡ついてます」
颯希「え、どこ?」
擦って逆に泡をつけてしまう。
雪哉「先輩、人信じ過ぎ」
颯希「嘘かよ!」
わいわい言い合いつつ終わらせる。
一緒に102号室へ。
颯希「ささ。御礼にストレッチ手伝ってやる」
ストレッチマットを敷き、ぽんぽんと示す。
雪哉「御礼返されたらきりがない気が……」
御礼に御礼をされたら意味がないと渋る。
颯希は構わず、雪哉の足にゴムバンドをつける。
颯希「県予選、絶対おまえを走らせるから」
真面目な顔で告げる。
颯希(黒羽の言うとおり、チーム内競争もある。総体の5000mでいいタイム出せば、駅伝メンバー入りがぐっと近づく)
颯希「おまえ怪我で走れないの、はじめてだよな」
雪哉「はい」
もどかしげな表情になる。
颯希「じゃあ、僕が怪我したときのリハビリメニューも教えてやる。筋肉の回復促す一品もつける。ただ」
一度言葉を切り、俯く。
颯希「『僕を好きになれ』は忘れろ……」
気まずさで消えりそうな声。
雪哉「なんでですか?」
意外なリアクションが返ってきて、顔を上げる。
颯希「なんでって」
雪哉「やってみてもいいんじゃないですか。県予選走るために」
ふくらはぎのストレッチをしながら、思わせぶりに笑う。
雪哉「先輩がオレを惚れさせられたら、オレの怪我が早く治るってことで」
颯希「や、ほら、相関あるのかわかんないし」
どんどん自信がなくなっていく。
雪哉「ふうん、あきらめるんですか」
「おもろ」と「可愛い」半々の表情で焚きつける。
颯希「ぐ、うう。絶対僕に恋させてやるからなぁ~!」
やけくその宣言が二人部屋に響く。
緑あふれる道を進む救急車。
颯希M「僕たちは恋そっちのけで、総合病院へ爆走した」
N「整形外科」
病院の診察室。
右ふくらはぎにバンテージぐるぐる巻きで丸椅子に座る雪哉、その傍らに立つ颯希。
壮年の整形外科医が、脚のMRI画像を見せる。
医師「ヒラメ筋っていう、ふくらはぎの肉離れだね」
N「肉離れ:筋肉が断裂する怪我」
医師「受傷のとき、パンッて音聞こえた?」
雪哉「パ、くらいです」
医師「ふむ。軽傷と中等症の間、全治四週間ってところかな。固定と安静が基本だよ。焦って復帰したら悪化するからね」
雪哉「……はい」
神妙に聞いているが、声には悔しさがにじむ。
颯希、待合室に戻るため、雪哉を車椅子に乗せようとする。
颯希「乗って」
雪哉「いいです」
言葉と裏腹に、右足をつくや痛みで顔を顰める。
颯希「安静って言われたでしょ」
雪哉、溜め息を吐いて車椅子に座る。
しかし自分で車輪を操作して進んでいってしまう。
颯希、「こら」と追いかけられない。
颯希(肉離れは、水分不足・ミネラル不足で起こりやすい。栄養担当マネなのに見逃した、僕のせいだ)
雪哉の背中を見て、ぎゅっと拳を握り締める。
シーン②駅伝部寮/同日
夕方、寮に戻る。
監督が食堂で待っている。
寮の敷地内では車椅子を拒否し、松葉杖の雪哉を見て、険しい表情になる。
監督「診断は」
雪哉「肉離れでした。軽傷です」
監督「そうか。親御さんに一報入れてあるから、黒羽からも連絡しなさい」
雪哉、スマホを手に席を外す。
颯希「あの、監督。厳密には軽傷と中等傷の間です」
雪哉本人に代わり、診断詳細を報告する。
監督「全治四週間ね。県予選のエントリー、考え直さないといけないな」
考え込みながら寮を後にする。
颯希、居てもたってもいられず玄関まで追いかけ、
颯希「監督。県予選までに復帰できるよう、僕が黒羽をサポートしますので」
走らせてあげてほしい、と言外に込める。
監督「ん? ああ」
だが颯希のサポートがあってもあまり変わらないのでは、というふうに流されてしまう。
颯希(おまえに何ができるの、って感じだよな)
ひとつ息を吐く。
颯希「飯、つくらないと。今日は集中練習頑張ったご褒美メニューの予定だったんだ」
自分を奮い立たせ、厨房へ向かう。
十八時、食堂。
陽に焼けた選手たちが席に着く。
剣「雪哉、おかえり」
雪哉「っす」
雪哉、掠り傷ですけど、くらいの顔で会釈。
ただテーブルの下の右ふくらはぎには氷嚢を巻きつけ、圧迫している。
剣「来月の県予選に向けて、気は抜かず、無理もせずいこう。いただきます」
部員たち「いただきま~す!」
N「~本日の夕食メイン:焼肉丼~」
ミニさつきの解説M「レモン醤油タレでさっぱりと!」
雪哉がいつもどおりの様子なのもあり、わいわいとした雰囲気。
颯希(……あいつ無理してるよなあ、やっぱり)
厨房のカウンターから窺う颯希は、雪哉から目を離せない。
雪哉、自分だけ小皿がひとつ多いのに気づき、「ん?」と颯希を見る。目が合う。
颯希、「きんにくのもと」と口を動かす。
ミニさつきの解説M「牛すじコラーゲンスープ!」
颯希(筋肉の修復に、少しでもつながりますように)
雪哉「……」
Tシャツ越しにへその斜め下を撫でる。
シーン③102号室/同日
その夜、厨房の冷凍庫から氷を調達する颯希。
ボウルを手に、102号室に入る。
颯希「黒羽、アイシングの氷取り替え……あれ?」
もぬけの殻。
颯希(あの足で、デートには行けないよな!?)
玄関に取って返し、下駄箱を見る。
雪哉のランニングシューズはある。
共用のスポーツサンダルが一足ない。
颯希(部長にひと声……、大事にされたくないか)
逡巡の末、廊下が無人なのを確かめ、外に出る。
颯希(えっと、門を越えなくて済む場所は――ここだ)
レシピノート捜索の帰りに教わった、生垣の隙間を辿る。細身ならぎりぎり通れる。
ボウルを置いていったら外出の物証になってしまうので、持って出る。
日中とは一転、静けさに包まれた道。
颯希(あんまり遠くへは行けないはず)
高校のほうへ行ってみる。
グラウンドの何かが、月光にちかりと鈍く反射する。
颯希(松葉杖だ!)
校門へ急ぎかけ、足を止める。
颯希(校門乗り越えたら、セコムとか来ちゃう?)
がさごそと生垣の隙間を探す。
何とかくぐれる箇所を見つけ、髪に葉っぱをくっつけつつ敷地内へ入る。
トラックで、松葉杖を枕代わりに大の字になっている雪哉。まっすぐ近づく。
颯希「こーの問題児」
雪哉、頭を持ち上げ、「え?」と目を見開く。「近づくな」オーラも出す。
颯希(独りになりたいってか?)
颯希、構わず雪哉のふくらはぎに、氷入りボウルをぴとりとつける。
やはり両手で、襷を差し出すときと同じ動作。
雪哉「冷たっ」
颯希、抗議を黙殺。傍らにしゃがみ、氷嚢内の水を捨てて氷に入れ替えてあげる。
雪哉、驚いた顔。上体を起こす。「近づくな」オーラは引っ込み、颯希を見つめる。
雪哉「あんた、なんで」
他人のためになぜそこまでできるのか理解できない、という表情で絞り出す。
颯希、一瞬手が止まる。
颯希「なんでってそりゃ、僕のせいだから」
自嘲の笑みを浮かべる。
雪哉「いやオレの怪我に先輩は関係ないでしょ」
へその斜め下を押さえ、思わずといったふうに否定する。
颯希「あるって」
颯希、譲らない。
普段のあきらめなさと違う、憂いのにじむ表情。
その表情に弱い雪哉、観念した様子で夜空を仰ぐ。
雪哉「……オレ、人生で一回だけマラソン二番だったことがあって」
ぼそりと話し出す。
颯希「うん」
颯希、座り直して聞く体勢を取る。
雪哉「小六の校内マラソン大会でした。結論から言うと、急性の盲腸だったんですけど」
颯希「盲腸!? むしろ完走したのすごいな」
淡々と話す内容に驚かされる。
颯希(そう言えば、お腹に小さい傷痕あった。盲腸の手術痕だったのか)
たびたび披露された裸の上半身を思い浮かべる。
颯希(この子、意外とランニングばかなんじゃ……)
口には出さず、続きを聞く。
雪哉「走ってる間にどんどん腹痛くなって。一番で校庭戻ってきたけど、もう亀の遅さで」
颯希「だろうよ」
雪哉「後ろから、二番のやつの足音が聞こえました。で、どうなったと思います?」
颯希「どう?」
突然の問いに、顎に手を当てて考える颯希。
颯希「友情のゴール的な感じで、一緒にゴールした」
人差し指を立て、結構自信ありげに答える。
雪哉、そんな颯希に瞬きしたのち、吹き出す。
颯希「ちょ、ボケてないが」
雪哉「正解は、先にゴールして校庭にいた五年生以下も先生も、『抜かせ!』って大歓声を上げました」
颯希「え……」
想像のつかなかった展開に、絶句する。
颯希(人間って逆転劇を好むとこあるし、まさか盲腸とは思わなかったんだろうけど……)
雪哉はいつもの冷めた無表情。
雪哉「あー人間って弱ってる同類をいたぶって楽しむ生きものなんだ、ってよくわかりました。たぶんマリー・アントワネットの処刑とかもそんな感じだったんでしょ」
雪哉の達観ぶりに、口を挟めない颯希。
雪哉「二番だったやつ、オレを抜いてく瞬間ピッカピカの笑顔でした。病人に勝ってそんな嬉しいんかって。あ、病人じゃないオレには一生勝てないか」
颯希、雪哉が少し強がっているように感じる。
悪意でなくとも、雪哉は傷つき、他人を信じられなくなったのだろうと思う。
颯希「それで黒羽は、『走るときは独り』って思うようになって、他人のサポートするマネが理解できないんだ?」
責めるでも否定するでもなく、確かめる。
雪哉「まあ」
ちょっとしゃべり過ぎた、という顔。
雪哉「実際そうじゃないですか? 冬の全国駅伝のメンバーだって、トラック種目のタイムで選ばれるし。個人戦ですよ」
ミニさつきの解説M「春夏→トラックシーズン。競技場で5000mや1500mなどの個人種目を行うよ。
秋冬→ロードシーズン。路上で駅伝を行うよ」
颯希、日中と違いひっそりしたグラウンドを見やる。
ひとつ頷き、口を開く。
颯希「それでも僕は、駅伝はチーム戦だと思う」
雪哉、半信半疑の目で颯希を見る。
颯希「て言っても、長距離始めた理由は、百メートル走で勝てない相手にも校内マラソンなら勝てるからなんだけどさ」
不純な動機を白状する。
雪哉「先輩あきらめ悪いですもんね」
颯希「粘り強いって言え!」
雪哉「はいはい。で?」
夜風が吹く。土と緑の匂いがする。
雪哉、最初の頃の挨拶なしが嘘のように話を聞いてくれる。
颯希「同じ中学だった剣部長が駅伝に誘ってくれて、チームに貢献する充実感にはまったんだ」
中学の駅伝大会の中継所で、「はい!」と両手で襷を手渡す自分の姿を思い出す。
雪哉「同じ中学……」
独り言。自分にはないつながりずるい、と思っている。
颯希「長距離って、練習も本番も苦しいじゃん。独りじゃ乗り越えられないときもある。でも、どんなに苦しくても、みんなの想いをつれていくためなら頑張れる。襷をつなぐためなら、不思議なくらい力が湧く」
雪哉「そうですかねえ」
颯希「そうなの! ただ速くても勝てるわけじゃないよ。だから僕はマネとしてチームに残ってる」
力説する。
雪哉、颯希をじっと見つめる。
雪哉「先輩って……」
食堂で、両手でトレイを手渡す仕草を思い起こす。
颯希「何?」
雪哉「いえ」
今でも走りたい? と訊こうとしたが、野暮なのでやめる。
視界の端で、星が流れる。
颯希「あ、流れ星! 黒羽が県予選走れますように、黒羽が県予選走れますように、黒羽が県予選走れますようにっ!」
早口で三回唱える。
颯希「間に合ったよな?」
手を組んだまま雪哉に向き直る。
雪哉、颯希を数秒見つめたのち、恋心の芽生えの自覚とともにふっと笑う。
雪哉「願い事、他人に使うとか」
颯希「いいだろ別にっ」
そうとも知らず、勢いをつけて立ち上がる。
颯希「そろそろ帰ろう」
手を差し伸べる。
雪哉、颯希の顔と手を交互に見る。大の字になっていたときよりやわらいだ表情で、手を伸ばす。
颯希「のわ」
思いきり体重をかけられ、よろける。
髪にくっついた葉っぱが落ちる。
颯希「え、ずっと葉っぱついてた?」
雪哉「はい」
颯希「教えろよ」
雪哉「たぬきみたいだったんで。本物ですか?」
可愛かったんで、とは言わない。
颯希「化けてないわ!」
颯希、雪哉に肩を貸し、連れ立って歩き出す。
シーン③102号室/翌朝
N「翌日、授業再開」
黒羽「今日は休みます。安静ですよね?」
颯希「さぼろうとすな。授業は座ってりゃ受けられるだろ」
ベッドに居座る雪哉のTシャツを、制服片手に引っぺがす。
黒羽「……積極的」
上半身裸でにやりと笑う。
颯希、赤面させられる。
颯希「だー、もう彼女に面倒見てもらえ! って」
はっと気づく。
颯希「おまえ、『人間はみな独り……』とか言いながら」
雪哉「そんな厨二な言い方してません」
颯希「どっちにしても、駅伝部には心開かないのに、なんで女子とはどんどん付き合ってんだよ」
着替えて髪も整えた雪哉、こともなげに言う。
雪哉「人間、性欲には忠実なので信頼できます」
颯希「せいよ、は!?!」
さっきにも増して赤面させられる。
壁に張りつき、本能的防御態勢を取る。
雪哉「食欲も同じじゃないですか」
颯希「そうなのか……?」
颯希(それで恋しろって言ったのか)
相変わらず素直に受け取る様子に、雪哉は「今までオレの周りにいなかったタイプだな」と思う。
とにかく、颯希が雪哉のスクバを持ってやり、連れ立って登校する。
校門前で日課のお迎えらしい女子が、雪哉の松葉杖を見て騒然とする。
女子「え、雪哉くん大丈夫ぅー?」
半泣きの子もいる。
颯希、あまりの圧に怯む。
颯希「校門以降は女子が助けてくれそうだな。てか、一番目の彼女……あの子たちの中に、いる?」
世話係をバトンタッチしようと訊く。
さらっと確認のはずが歯切れ悪くなってしまう。
颯希(あれ?)
今まで雪哉の彼女の話をしてもこうはならなかったのに、とスクバの持ち手を握り締める。
雪哉「一番はいません」
颯希の百倍さらっと答える。
颯希「あ、そう。学外なんだ」
雪哉「一番自体、いません」
颯希「え? 二番目以降しかつくらないってこと?」
雪哉「はい」
颯希「何それ」
スクバの紐が一本肩からずり落ちる。
颯希(一番は、部活だったりしなくもなくも?)
ちょっと嬉しい自分がいることに気づく。
颯希「僕、その理由わかったかも」
雪哉「絶対わかってないと思いますけど」
憎まれ口を叩きつつ、女の子たちにファンサする。
颯希、昨夜みたいに自分のほうを向かせたくなる。
颯希「てか、恋が部活にいい影響あるなら、恋の力で怪我治せよ。それこそ僕のこと好きになれ」
今度は照れずに言い放つ。
雪哉、颯希をじっと見る。
雪哉「ほら、わかってない」
颯希「え?」
松葉杖でもすたすた進む雪哉を追い掛ける。
雪哉「オレのスクバ、一年の教室まで持ってきてくださいね」
颯希(結構本気だったのに、受け流された……)
複雑な気持ちになる。
女子たちに護衛され、一階の一年の教室へ。
颯希(この子たちより可愛いかっていうと、ぜんぜんだし。何言ってんだ僕?)
自己嫌悪に陥る。
颯希(やっぱり恋は保留!)
仕切り直し、二階の自分の教室へ行こうとするも、雪哉に「先輩」と呼び止められる。
雪哉「帰りのお迎えもよろしくお願いします」
颯希(荷物持ちさせられてるだけだし)
颯希「怪我してないとこのトレーニングだ。一人で寮帰れ」
ジト目で言い捨てる。
雪哉、食い下がろうとするも、女の子に阻まれる。
シーン④高校グラウンド脇
N「数日後」
放課後。颯希、グラウンドへ急ぐ。
手には怪我のリハビリに関する本。
颯希(安静にして筋肉が修復されたら、次は少しずつ動かしていくリハビリだ)
監督「――栄養担当マネ、あんまり意味ないんじゃないか?」
颯希「っ!」
校舎の陰から監督の声が聞こえ、息を呑む。
つい足を止めて聞き耳を立ててしまう。
剣「体力向上とか怪我予防とか、彼なりに考えてくれてますよ」
颯希(部長ぉ……)
ありがたくて泣きそうになる。
監督「だが、黒羽の怪我は防げなかった。一緒に生活してるメリットを活かせてないだろう」
颯希、リハビリの本とともに、いつも持ち歩いているレシピ研究ノートを抱き締める。
颯希(悔しいけど監督の言うとおり、だ)
颯希M「黒羽が復帰できたら、自分のことをきちんと考えよう――」
雪哉「……」
校舎内の窓の陰から、監督と部長、颯希を見ている。
シーン⑤駅伝部寮/同日
N「夕食後」
寮の厨房。
颯希、いつものように遅れて食事を終え、自分の皿を手に、大きなシンクの前に立つ。
もぐもぐしながら、皿洗いを始める。
颯希(洗い終わったら、黒羽のケア手伝ってやろ……ん?)
す、と誰かが隣に立つ。
調理スタッフのおばちゃんは帰ったはず、と見れば、雪哉だった。
皿洗いを手伝い始める。
颯希「!? ……熱ある?」
あまりにも意外で、手を拭いて雪哉の額と自分の額に手を当てる。
颯希「ん? どっちも熱い」
雪哉、ぱっと手を避ける。無表情を努めている。
雪哉「一品多くしてくれてる御礼です」
颯希「ああ、筋肉の素? 栄養担当マネとして当たり前だよ」
監督の「意味ないんじゃないか?」という一言を思い出し、笑顔が暗くなる。
雪哉、その表情してほしくない、という気持ちで颯希を見下ろす。
雪哉「てか、部員に皿洗いさせたらどうですか? 先輩の飯のありがたみ伝わってないでしょ」
颯希「のわ!?」
びっくりして手が滑り、皿を割りかける。
颯希「ありがたみ……?」
雪哉がそつなく皿をキャッチする。
雪哉「チーム戦って言ってませんでしたっけ」
颯希、しみじみと雪哉を見上げる。
自分の考えを受け入れてくれて嬉しい。ただし。
颯希「不味いって言ってなかったっけ?」
ここぞと揶揄う。
雪哉、む、とばつが悪そうな顔。
雪哉「そりゃ最初は……」
極小声。自分も最初はありがたみをわかっていなかった自覚はある。
雪哉「はあ。手伝うのやめよっかな」
颯希「いやいや助かるよ、雪哉」
無自覚の名前呼び。
雪哉だけぴくっと反応。癪なので意地悪を言う。
雪哉「顔に泡ついてます」
颯希「え、どこ?」
擦って逆に泡をつけてしまう。
雪哉「先輩、人信じ過ぎ」
颯希「嘘かよ!」
わいわい言い合いつつ終わらせる。
一緒に102号室へ。
颯希「ささ。御礼にストレッチ手伝ってやる」
ストレッチマットを敷き、ぽんぽんと示す。
雪哉「御礼返されたらきりがない気が……」
御礼に御礼をされたら意味がないと渋る。
颯希は構わず、雪哉の足にゴムバンドをつける。
颯希「県予選、絶対おまえを走らせるから」
真面目な顔で告げる。
颯希(黒羽の言うとおり、チーム内競争もある。総体の5000mでいいタイム出せば、駅伝メンバー入りがぐっと近づく)
颯希「おまえ怪我で走れないの、はじめてだよな」
雪哉「はい」
もどかしげな表情になる。
颯希「じゃあ、僕が怪我したときのリハビリメニューも教えてやる。筋肉の回復促す一品もつける。ただ」
一度言葉を切り、俯く。
颯希「『僕を好きになれ』は忘れろ……」
気まずさで消えりそうな声。
雪哉「なんでですか?」
意外なリアクションが返ってきて、顔を上げる。
颯希「なんでって」
雪哉「やってみてもいいんじゃないですか。県予選走るために」
ふくらはぎのストレッチをしながら、思わせぶりに笑う。
雪哉「先輩がオレを惚れさせられたら、オレの怪我が早く治るってことで」
颯希「や、ほら、相関あるのかわかんないし」
どんどん自信がなくなっていく。
雪哉「ふうん、あきらめるんですか」
「おもろ」と「可愛い」半々の表情で焚きつける。
颯希「ぐ、うう。絶対僕に恋させてやるからなぁ~!」
やけくその宣言が二人部屋に響く。


