5.ほんものの幼馴染み

「明日さあ、新しく出来たスポッチャもどきにいかない?」

 休みの日まで毎週会ってる訳じゃない。
 テストも終わり、夏休みを待つだけ、の休み。凌が誘ってきた。
 タイミングが悪いなあ。 

「あ、明日はダメなんだ」
「何?なんの用事?」
「明日じゃなきゃいけるよ!」
「了解。で、明日は何?」
 
 僕の挙動が怪しいのか? 普通にしてるつもりだけど
 なんでか理由に食い下がってくる。凌、編に勘が良いからな。それに自惚れじゃないけど、僕の様子を逐一観察してるし。

「親との用事なんだ!」

 バレたら面倒くさい予感がする。
 家族ぐるみの用事に嘘はない。

 帰ってから、凌からメッセージが届いた。
 まだ気にしている様子だ。僕も心苦しい。言っても良いんだけどなんとなく言いにくくて。
 かといって嘘はつけない。凌と堀田という嘘の後遺症を目の当たりにしたら、嘘を吐く気になれない。
 
【明日映画に行くんだ】

 本当。映画に行ってから一緒に家に来る。
 
【何見るの?】

 今流行のアニメだと伝える。
 何処まで聞いてくるんだろう。凌も訳分からなくなって意地になっているのかな? 暴走癖あるからな。
 こっちからは何も言わない。聞かれたことを答えるまでだ。

【何処の映画館?】

 聞いてどうするの? と打ったけど送信する前に消した。
 心を無にするんだ。事実を聞いたら安心するのかもだし。場所まで決まってることに嘘はないってわかってくれるだろう。

 僕もまだ街には詳しくないから、一番わかりやすい所にした。
 正直に送った。
 やっと信じてくれたのか、お休みスタンプが返信来てやりとりに終わりを告げた。

……まさか、来ないよね?


*  *  *

「律希! ホントにいた」

……まさか、来た。

 映画終わりのロビーでガチャガチャを見てたら、凌が現れた。
 もしかして、映画の時間調べて当たりつけて待ってたの?
 嘘だろ? どうしたの凌、最近まともだったのに、奇行が過ぎる!

「何で来たの?!」
「俺にも分からない。けど昨日からなんかそわそわざわざわして、胸騒ぎってやつ? 来ずにいられなかったんだ」

 野生の勘すご! ある意味正解……僕が曖昧な態度を取ったわけも、凌に知らせなかった訳ももうすぐ分かる。
 僕の取り越し苦労かも知れないけど、凌の為だったのに。

「りつーーーー!」
「おにぃ」
「『おにい』って?律希のお兄さん?! いたの? 妹しか知らなかった」
「いやあの」

 トイレから現れたのは兄じゃない。僕に兄は居ない。実兄ならまだよかったのかも……

「りつと、誰?」
「俺は――」

「凌! 鷹宮凌君! これは僕の今の学校のクラスメイト!」
「クラスメイトか。りつがお世話になってます」
「律希、俺はクラスメイトだけじゃなくて」

「あの!凌、こちらは僕の……幼馴染みなんだ!!」

「オサナナジミ?」

 ……やっぱり。予感通り凌が固まっている。

「あのね、こちらは僕らの一つ上の一成いっせいさん。僕はおにぃって呼んでるんだ!」
「律希はずっと引っ越し三昧だったんだろ? どうやって幼馴染みになるの?!」
「あのね、親同士が仲良しで家族ぐるみで小さい頃から仲が良かったんだ」
「おやどうし……家族ぐるみ……
そんなスーパールートななり方現実にあるの?!」
「普通に有るだろ」
「そんなの無敵じゃん!」
「無敵の意味がわからん」
「ノートに書いてなかった!」
「それは……」
「りつ、ノートって何?」
「聞かなかったことにして」

「なんかよくわからんけど、一回座ろ。りつの家には俺から連絡しとくし」

 おにぃの鶴の一声で、映画館併設のカフェに移動した。

「凌君は俺と一緒のコーラで良い?」
「ありがとうございます」
「りつは、はい。オレンジジュース」
「ありがとう」

 凌は向かいに座った。
 すっと僕の好きなジュースを出してくれて、カバンを背中に回してくれた一連を凝視しして、項垂れた。
 本物の幼馴染に出会って、実力(なんの)を見せつけられて、凌の凹んだ姿を初めて見てる。
だから言わなかったのに。だけど勘が良い凌は僕の珍しい態度にソワソワしちゃったんだな。

 おにぃをチラ見したけど、全く動揺してない。頼りになりすぎる、凌への殺傷能力半端ない幼馴染みスキルだから、この状況瞬時に把握してそう。
 
「で、君は何でここに来たの?」
「今日律希が映画見るって言ってたから、ちょっと気になって様子を……何回目見るか分からないから一回目終わる前にきてまってたら、ちょうど見つけて」
「『ちょうど』じゃない。約束してないのに待ち伏せは、それはストーカー」
「えっ」
「凌は、知り合って今までそんなことしたことなかったよ! 今日初めて」
「じゃあ、前科出来たな」
「今の高校の友達か? 仲よさそうだけど、度が超えたらどんな関係でも壊れていくぞ」

 おにぃはぐうの音も出ない正論で諭した後、指ぬき手袋をはめた右手でビシッと凌を指さした。凌は項垂れて身に堪えているようだ。
 凌が可哀想に思えてついかばっちゃうけど、関係が壊れるという言葉は僕にも言えるから反省しよう。

 僕はおにぃに凌との関係と、今回のいきさつを正直に話した。

「ノートに書いてなかったのは、そのとき正直おにぃの事頭になかったから」
 凌は僕でなくジュース飲んでるおにいを見て驚いている
「律希に忘れられてたこと、なんともないんですか?!」
「え? そんなの当たり前によくあることだ。俺だって毎日りつのこと思い出してないし。でも心の何処かにずっといる感じ」
「マジすか?! すっっっご!!!」
「会うのだって。盆と正月だけの年もあるよな」
「うんうん。遠い所に引っ越した時とか会えなくて。不意に連絡くれたりとか」
「繋がりなくならないからわざわざ無理して会わない存在だけど、急に心配になるんだよな」
「痺れるっ! 律希と一成さんはいつから幼馴染みなんですか」
「いつから……りつが生まれた時から、だな」
「うまれたときから 俺の言ってみたいワードランキング1位!」


 おにいの一問一答に凌は悶絶している。
 様子おかしすぎて心配になるけど、凹んで落ち込んでるより元気そうでいいや。
 おにぃは凌の様子を見て、指で顔を覆って浅く頷いた。
 
「俺勝手に転校生い立ちだから律希に幼馴染み居ないと思ってて……俺が唯一のそんざいだあって思ってたから、一成さんの存在知った時は、ショックで」
「そこで仮死してたもんね」
「君がそうだろうとおもったから、りつも今日のこといいにくかったんじゃないか。悪気があって黙ってたわけじゃなくて君への思い遣りだからな」
「おにぃ……」

 僕の気持ちを代弁してくれて、僕もおにぃに痺れた。

「律希、嫌なことしてごめんな」
「分かってくれたらいいんだ」
「俺、調子に乗ってました……律希の幼馴染み立派にいけてんじゃないかって。うぬぼれてたのが恥ずかしい。レジェンドに会えて目が覚めました!
幼馴染み、もっと精進します! 師匠!」

 師匠? 精進? 良くわからないけど凌は今、生まれたてのキラキラみたいな発光を放ってる。
 元気になって良かったけど、ちょっと怖い。

「りつ、そろそろいくか」
 おにぃは立ちあがって、ちょっと暑そうな黒い服を羽織った。

「一成さん、あの!」
 凌はおにぃに駆け寄って、何度も頭を下げて謝って、何か喋ってる。
 僕は結果良い感じになった二人の姿を見てホッとし、遠巻きに眺めた。
 
「君も来るか? りつの家。俺の家族はもう行ってるけど」
「りつん家! いえ、俺はまだ行く資格が無い……おまけにストーカーしたし。帰ります!じゃあ、律希、また月曜!」

増えてきた人混みの中、凌の背中はあっという間に見えなくなった。

「おにぃ驚かせちゃったけど、ああ見えて、良い奴なんだ」
「分かってるさ。俺もそう思わなきゃ今から来るかなんて誘わない」

 久々の再会を改めて実感し、二人で家路に向かった

柱の陰に隠れて姿が見えなくなるまで手でお祈りポーズをし、遠目で見送っている凌の姿でエンド
 
-続く-