4.プロ幼馴染み


「向坂、おはよう」
「堀田、おはよ」
「律希ぃぃぃぃ!」
「相変わらずだな、鷹宮は」
「まーね」

 クラスの対角線上にある女子サークルの真ん中に据えられた凌から、おはようの代わりの名前絶唱だけ聞こえてきた。
クラスメイトの堀田と顔を見合わせて苦笑いを浮かべ合った。

「幼馴染みって聞いたけど」

 堀田は以前唯一僕にこの話題で話しかけてきた奴だ。
 音もなくスッと近づいてきて、表情があまり変わらないクールな見た目と比例して、声も平坦で淡々としている。
 クラスでも凌に興味津々女子グループ以外は、直接聞かれたことはない。
 僕らが初日以来はおとなしく振る舞ってるってこともあるけど、僕らの関係なんて
 他人にとっては大したことじゃなかったり、興味がなかったり、知らない人だっている。
 そんな中、堀田に聞かれてびっくりした記憶がある。だって僕と凌は、急造幼馴染みだから。
 直球で聞かれたけど、僕は話しをはぐらかしにかかった。
 あんまり聞かれたくないことを聞かれた時の転校生処世術は、秘技!聞き返しだ。
 
「僕らの幼馴染み堀田は興味あるの? 堀田は幼馴染みいるの?」
「も、ちろん」

 もちろんの四文字を甘噛みした事と、堀田の眼鏡が鈍く光ったことを覚えている。 

「そっかー。堀田はずっと地元ここ?」
「あぁ。一回も引っ越ししたことないし、同級生みんなこの辺」
「そうなんだ! 知りあいだらけなんだね」
「も、ちろん。うじゃうじゃよ。幼馴染みだらけだって」
「へえ!」

 生まれた時からずっと地元にすんでる堀田は、僕と育った環境が違いすぎる。
 だから県外から越してきた僕らに興味がわいたのかな。
 幼馴染みなんて右向いても左向いても当たり前のようにたくさん居て、なんて人からしたら、珍しいんだろうな僕のことは。
それは僕も同じだよ。堀田の環境は僕にとっては珍しい。
 質問される隙がない位、堀田に話しかけられる度質問返しをした。
 堀田はたくさんの事を話してくれた。
 話がそれて地元情報を教えてくれるようになったけど、それも嬉しいしありがたい
 僕にはまだここら辺は未開の地だ。
 
「あのショッピングモールは昔のダチ達と行ってさー」
と、幼馴染みエピソードも盛り込んでくれる。

「地元のみんなの集いとかあるの?」
「も、ちろん」

 いつも僕が聞いた後の「勿論」が聞いたことないイントネーションだけど、ここら辺特有の訛りだろうか。
 そこからは饒舌になって色々話しを聞かせてくれるけど、いつも最後の方は遠い目をする。
 このクラスには地元の幼馴染み居ないらしいから、旧友に思いを馳せてるんだろうな。
 僕はいつの間にか心の中で、堀田プロと呼んでいた。
 地元のエキスパートで、幼馴染み多数のプロ。
 
 堀田と凌は対極だなあと思いながら、教室内を眺めた。

 
 *  *  *


「律希さあ、堀田と良く喋ってるよな」

 ある日の帰り道、凌が何気なく言ってきた。
 僕は、「うんそうだよ。喋っているというか、話しを聞いてる事が多いかな?」って答えた。

「え? 結構質問攻めにされないか?」
「まあそうだけど」
(僕がバレーのブロックぐらい速攻質問返ししてるから)
 とは思ったけど、言わなかった。

「すげー俺らの関係について前から聞かれてさ」
 
 凌にもきいてたんだ!
 堀田の探究心はどこから来るんだろう。凌にも同じような問いかけしてたのか。
 凌と堀田が……ちょっとモヤッとする。

「珍しいんじゃない? 僕らみたいな数少ない繋がりしかないのが。堀田は地元のエキスパートだし、大群で幼馴染み居るって言ってたし」
「へえー 初耳」
「そうらしいよ」
「俺の思い違いか……」

 凌が天を仰いで考え出した。
 夕日に照らされた凌の横顔のシルエットが作り物みたいで「よく出来てるな……」と馬鹿な感想を漏らしてしまった。

「実はさ、あんまり聞かれるから、ほんとのこと言ったんだ」
「え?!」

 僕は目ん玉が飛び出るほど驚いた。
 
「言ったの?! 堀田に?!」
「うん……でも! 大丈夫! 『絶対言わない!命かける!』って誓ってくれたし」
「そんな小学生みたいな賭け要らないよ! 凌、こんな大事なこと、なんで他人に言うんだよ!」
「ごめんっ でも俺はちょっと、堀田が……さっき律希から聞いた様な奴だとは思ってなくて……俺の勘は俺側かと……」

 ブツブツ言ってる凌をにらんだ。
 自分でも分からないけど、腹が凄く立っている。
 あんまり怒る性格じゃないのに、自分でびっくりしている。でも感情が止まらない。

(これは、僕と凌だけの大事な秘密じゃないの?)

 この関係、仕掛けてきたのは凌だ。なのに簡単に人に言っちゃうんだ。ちょっと堀田と仲良くなったからって。
 この事実に異様にショックを受けている自分がいる。
 今まで二人で大事に……
 大事に……?
 この後に内に出てきた 育ててきた思い という謎の言葉をブンブン頭を振ってかき消した。

「酷いよ! 凌!」
「ごめん、律希……」

 凌を謝らせているけど、何がそんなに悪くて腹が立ってるのか、なんかもう自分の気持ちが良くわからない。

 いつもは顔を見てバイバイするのに、僕は来たバスに飛び乗った。
 バスの車窓から電車の駅に向かう凌の姿を見えなくなるまで見届けるのが日課なのに、今日は眼で追うことなく帰った。

*  *  *


「りっちゃん、元気ないね、どしたの」
 
 母親以外に妹にも僕はりっちゃんと呼ばれている。お兄ちゃんと呼ばれたことがない。
 威厳がないことは分かっている。いつもはもう少し尊厳を主張したいけど
 今日は りっちゃん を利用したくなり、中学の妹に質問してみた。
 
「あのさ玲奈、ドラマ見てていまいち登場人物の気持ちがわかんなかったんだよね。玲奈はどう思うか聞いてみたくて」
「何何? どんな話し?」
「二人だけの秘密が有ったんだよ。なのに一人が別の人に喋っちゃって、もう一人がめっちゃ怒ってんの。なんで?」
「えーそんなの、しっと!の一言じゃない? あとどくせんよく!」

「嫉妬……独占欲……」

 中二の口から二つ目のワードが飛び出したのは驚いた。何で知ったんだ?
 女子の方が精神年齢大人って言うけど
 そんなことより、秒で断言された単語二つに後頭部をぶん殴られた気分だ。

「でも秘密をペラッちゃうのってやーね」
「だろ? だろ?」
「説明してくれたら良いけど。そんなシーンあった?」

 事情を説明したシーン……今日の会話をリプレイする。凌は何か言おうとしてたけど
僕は聞く耳持たなかった。

「ちゃんと、見てない」
「りっちゃんらしいね。ていうかドラマ自体見ないのにめずらし」
「いや、学校のみんなにすすめられて、ちょっとだけ一緒に見ただけだから」
「へー。りっちゃん友達出来て良かったね」
「あ、うん」
「それ何て恋愛ドラマ?」
「れ、んあい?!」


*  *  *


 心の助けを求めたはずが、中学生の妹にけちょんけちょんにされて、95%自分が悪いと、反省もしたしちゃんと気付けた。
 これが嫉妬と独占欲とは信じてないけど、僕の何らかの感情が起因しているのは明らかで。
 メッセージで凌に謝ろうかと寝る前何度も携帯を手にしたけど、結局やめて寝ちゃった。
 登校しながら、凌と自然に喋るシュミレーションをした。
 したのに。
 
「律希!」
「ぉ、おはょ」

 気まずくて、凌の顔をまともに見られず自分の席に付いちゃった。
 こんな事初めてでどうして良いか分からない。
 今までどんな友達でも、変な空気になった後、自分から普通に喋ったり、歩み寄れるのも得意だったのに。
 
 凌に対してだけ、自分の感情がコントロールできない。
 午前中、別エリアで凌の姿を見ずに過ごした。視線はずっと感じていたけど。
 
(お昼ご飯どうしよう)
 
 いつも昼は凌と食べてる。改めて高校に入ってから凌漬けな毎日なんだな、と思い知る。
 パン買って教室戻ろうと思ってたけど、食堂いこうかなと席を立とうとした時。人影が。
 凌? と仰ぎ見ると。机の向こう側で、鈍く光った眼鏡が見えた。

「向坂、昼飯行こう」

 堀田と初めてご飯を食べることになった。
 
「堀田と食べるの初めてだね!」

 拗れた原因でもある堀田なのに、僕は気を遣って普通に喋ることが出来てる!
 自分がわからない! なんで凌にだけ繕えないんだろう。
 普通に明るい僕に、何故か堀田も驚いているようだ。
 
 向かい合ってうどんを無言ですする。
 堀田に誘われたけど、どういうつもりか分からず目の前の堀田を見るけど
 湯気で眼鏡が曇ってて、表情がいつもに増してわからない

「向坂。」
「んぐ?」
「悪い、食いながら聞いて」

 先に食べ終えた堀田が喋りかけてきた。食べるのが遅い僕は返事するのも困難で
 言われれた通り、食べながら話を聞くことにした。

「向坂に謝りたくて。鷹宮に話ししてお昼向坂と来ることになった」

 え、僕とお昼食べるのに凌と堀田がまた喋って決めたの? なんだよそれ。

「そうなんだー」

 気持ちとは裏腹に、普通に喋れてる僕。

「俺の所為で鷹宮と今日様子おかしくなってるし、誤解解きたくて」
「べ、別に仲おかしくなってないし! 誤解?」

「俺が、お前達の秘密を鷹宮から聞き出して、言いふらしたり、からかったりするとおもってるんだろ?
そんなこと断じてしないから! しかもお前らが仲悪くなるなるなんて、俺にしたら一番最悪な展開だから! 信じて欲しい!」

 熱弁を聞いて、柔らかいどんさえ噛み切れなくなった。
 正直そんなことまで考えに至ってなかった。
 凌が堀田に話した事実はショックだったけど。それは凌と堀田何なの?って所でとどまってて、堀田がそんなことするとかさえ辿り着いてなかった僕の幼稚な思考。
 
 なんと返事していいかわからず、口にうどんが入ったままただ堀田を見つめた。

「正直に言うよ。向坂にも謝りたいし」
「おれ、向坂に嘘ついてたんだ」
「?」
「いつも喋ってた幼馴染みの話し、あれ、全部嘘なんだ!」
「ぶほっ」

 びっくりして口からうどん出た
 嘘?! どういうこと?どこから何処まで?

「へ。ここがじもとは?」
「それホント」
「生まれてからずっとすんでるは?」
「それもホント」
「僕らと違って幼馴染みうじゃうじゃは?」
「……嘘」 

「幼馴染みについて、聞いちゃってたのは、どんななのかシンプルに知りたくて
だっておれ、ずっとおんなじ所に住んでて周りに昔からの友達も住んでんのに……
なんでか親しい奴一人も出来ず、いねえんだわ。おかしいだろ? だから言い出せなくて、向坂に嘘ついちゃってた」

 えーーーっ!プロじゃなかったのか?!

「堀田、なんかごめん」
「なんで向坂が謝る?」
「なんとなく……」

 話しを聞いたら元を正せば質問攻撃しておいつめた僕の所為な気がしたからとりあえず謝った。

「鷹宮にも向坂にした話し合わせてたまに話聞きたくてしてたんだけど、なんか見抜かれてたみたいで、秘密を教えてくれた時は言われなかったけど、今日喋った時『堀田本当は俺派なんじゃないの?』って。鷹宮が言うには俺が話し盛ってる時、めちゃくちゃ苦い薬飲んだ時みたいな顔してるらしい」

 堀田変な顔してたーーー僕にも!遠くを見つめてたーーーでも気付かなかった。
 凌は嘘ついたら倒れた経験者だから、気付けたのかな。
 
 昨日のことを思い出してきた。
 
”ごめんっ でも俺はちょっと、堀田が……さっき律希から聞いた様な奴だとは思ってなくて……俺の勘は俺側かと……”

 凌は僕に伝えようとしてた。のに、僕が耳を貸さなかった。

「だから、おれは本当に秘密聞いた後さらに尊敬したし、憧れであり、俺の希望なんだ!」
「ブッ!」

 クールだと思っていた堀田が初めて見せた、興奮し荒ぶった姿。
 鼻からうどんが出そうになった。
 憧れ? 希望?
 堀田もなかなかアレな奴だな……

「だから二人には仲良くしてて欲しいし、俺はただ見守って勉強したいだけだから」
「分かった。充分に分かったから」

 堀田の話しをもう聞いてられなくて、箸で制した。
 
「堀田が僕らに対して酷いことするなんて思わないから」

 堀田も嘘ついたら体調に異変を来す奴だとわかった。だからきっと良い奴なんだろう。
 
「ちゃんと凌とも仲直りするよ」
「ほんとか?! 良かった!」

 クラスメイトの幼馴染みプロ改め、幼馴染みファンと向かい合って、冷めた出汁を飲んだ。


【凌、あの場所に来て】

 食堂で堀田とは別れ、僕は暗い踊り場の片隅でメッセージを送った。
 あの場所 で通じるのかな?心配は秒で消え去った。
 猛ダッシュで走ってくるイケメン奇人が近づいてくる。

「律希!」
「凌、堀田から話し聞いたよ。僕が悪かった! ごめん!」

 凌の顔を見て、ちゃんと謝れた。
 ただ凌の前では取り繕えなくて、愛想笑いも作れなくて酷い顔をしているんだろう。
 でもそんな僕の顔を、眼を細めて溶けるような優しい顔で見てくれるから
 心臓が爆発しそうになってる。凌にだけ情緒がむちゃくちゃになる。
 謝った後の言葉が見つからず、感情が暴走して助けて!と祈ったらチャイムが鳴った。
 助かった。有り難う5時間目。
 いつもは凌の背中をみながら教室に帰るのに、今日は凌を抜かして爆走した。


-続く-