3-1.幼馴染み研究会

「凌、」
「律希? 何何何?」

 月曜放課後、気軽に呼んだだけなのに、帰りの用意をしていた凌は、リュックのファスナーが開いたまま秒で飛んできた。

 僕もまだリュックを背負ってない。中に入っている物に意識が集中する。

「今日、一緒に帰らない?」
「え?! 良いの?!ヤッターーーー!!」

 教室の中じゃ、これは渡せない。だから帰り道と決めた。
 リュックを前にぎゅっと抱きしめて、気恥ずかしさを誤魔化した。

「僕、バスだけど凌は?」
「お! 俺……も……」
「嘘ついたらまた具合悪くなるからやめなよ」
「うん……俺は、電車」
「じゃあバス停まで。良い?」
「勿論!」

僕はリュックを前にひっかけたまま教室を後にした。
 大きく息を吸う。まずは感想だ。

「見たよ。凌の動画」
「マジ?! もう見てくれないかと思った」
「先週ちょっと忙しくて……」
 言い訳したら僕も苦しくなった。でも凌の言葉を守ったまでだし! 気が向いたのが金曜だったんだもん!

「すごく良かったよ。僕、感動しちゃった」

 いつもはキラキラの瞳が、僕の言ったことに驚いたのか。黒目が小さくなって眼を見開いている。

「お世辞じゃないよ。本心の感想だよ。あんな動画作れるのも凌って凄いなと思ったけど、内容も凄く良かったし興味深くて面白かった」
「ほんとに?」
「ああ。知らなかった凌のこと、知れた気がする」

 バス停が見えてきたから、歩を緩めると満面の笑みの凌も合わせてくれた。
 さあ、勇気を出そう。恥ずかしいとか思わないこと!
 前に抱えているリュックに僕は手を入れた。

「僕も、凌に渡すよ。作ったんだ。凌みたいに格好良いのは作れないから、僕なりの自分史」

 凌のように、紙を一枚スッと渡せない。100%アナログで恥ずかしいけど
 土日二日間ぶっ通しで作った。
 リュックから恐る恐る出した一冊のノートを凌に差し出した。

「律希が、これ、作ってくれたの?!」
「うん。ノートで、手書きだから……恥ずかしいけど」
「俺に、くれるの?」
「約束したろ? こんなの他に誰にあげるんだよ……?!」

 受け取った凌の手は震えていて、びっくりして顔を見たら号泣しててさらに驚いた。

「何泣いてんだよ!?」
「だって、手書きの律希の世界に一冊のノートを俺のために……尊い|《たっとい》!!」

 そう叫んで、凌はノートを抱きしめ、両手に挟んで拝み、胴上げし始めた。
 手書きのノートだなんて恥ずかしいと思っていたけど、今は凌の奇行が恥ずかしい。
 首根っこつかんで、宥めて、道の端に引っ張る。

「たかがノート渡しただけだし、まだ見てもないのに泣くの早い!」
「だって嬉しくて。って『早い』って何?」
「あ! あーあーあの、もう! 僕は!凌のを見てから感動して泣いたから!」
「……俺のを見て、律希、泣いてくれたの? ピギャー!」

奇声を上げた口を封じててんやわんやしているうちに、バスが去って行き、乗り逃した。


*  *  *


「律希!!」

 翌朝、おはようの挨拶もそこそこに、凌が飛んできた。
 綺麗な顔には目に隈が。嫌な予感がする。

「読んだ! 読んだ!」
「凌、落ち着け。ちょっと来い」

 凌のはしゃぎように、クラスメイトが注目してる。特に何もしてなくてもある女子グループは、凌の挙動をいつも気にして見てキャッキャしてるのに。

 僕はまた、暗い踊り場の隅に凌を連れていった。
 僕たちの第二の教室みたいになってきたな、ここ。

「律希、俺読んだよ! 律希の事いっぱい知れた!」
「分かったから、落ち着け」

 渡した時に負けない読んだ後も感動してくれているリアクションは嘘じゃないんだろう。
 けど、様子がおかしいのはクラスで見せちゃだめだ。
 そもそも過去を資料で読んで知る幼馴染みなんて設定おかしくなってる。

 テンション上がってる凌に、かみ砕いて説得すると、理解はしてくれて落ち着いてくれた。
 
「律希が言うとおりだ! 多分幼馴染みだったらはしゃがないな!」
「だろ? 昔から知ってて当然なんだから。それをでかい声で『読んだ!読んだ!』って、
クラスの子に『何を?』って聞かれたらなんて答えるつもりだったんだよ」
「確かに……普段は律希が居るの嬉しいの我慢して自然に頑張ってるつもりなんだけど」

 普段はみんなとクラスメイトその一員な素振りしてたりするけど、嬉しいの我慢してたんだ!
 目の前の神妙な様子の凌が、ちょっと可愛いと思ってしまった。
 顔が緩んでしまいそうになるのを真面目顔キープする。

「それでいいと思うよ。その調子で頑張ろ、幼馴染み」
「うん、頑張る。幼馴染み」

「みんなの前は頑張るけどさ、今ちょっと吐き出して良い?! このまま授業受けたら我慢してるのしんどい!」
 
 凌はキョロキョロして僕に叫んだ

「な、なに?」
「手書きの律希史、本当に凄かったよ! 律希年表とか感動の嵐! すごいな、時系列に出来事書いたりとかさ、上手くない?」

 凌のノート自体の感想は絶賛してくれて、僕は顔がまた緩んだ。
 正直褒められて、嬉しい。
 実際楽しかった。書いたり、写真のコピー切ったり貼ったりするのは大変だったけど、自分の事を振り返れたのは勿論、まとめて並べて、の作業はハマりすぎて土曜徹夜しちゃった。いつも見てる物に自分が入り込んだ感覚……

「有り難う。年表とか、伝記とか読むの好きだからさ、真似して見ただけなんだけど」
「そう言えば書いてあった。律希の好きな物の中にあった」
「げっ、もうノート活用されてる。うん、その通り。だからこの学校の部活調べて入りたい所あるから」
「部活……」
「凌は何入るの? 中学の時は、バスケしてたよね? 見た見た。動画で」
「バスケは、もう良い。背、伸びなかったし。部活何も考えてなかった。入らなくても良いかなと思ってたけど……律希、入るんだ」
「うん……」
「へえ、何て部?」
「えっと、日本史研究会、だけど」
「ふーん。俺も、そこ入ろっかな」
「ええっっ!?!? 凌、興味ないだろ?! 歴史の話しなんて動画の何処にもなかったよ!」
「受験に有利そうだしー。一回見学行こ!」
「えええええーーーー! ちょ、」

 僕の反論は始業のチャイムにかき消された。
 ウキウキしながら凌は僕の前を教室に向かって小走りしてる。
 
「俺ちゃんと歴史興味あるし。律希史」

 浮かれた独り言が凌の背中からなんか聞こえてきた。
 


-続く-