2.幼馴染み史

 入学初日、廊下の片隅で二人しゃがみ込んで ナカヨシニナル 契りを交わした。
仮病ではなかったけど、一時的に体調不良になっていた奴は、僕と出来た約束で途端に元気になり、初トイレには行かず、スキップで教室に帰った。

 一緒に教室に戻ると、心配そうな女子達と好奇心旺盛なクラスメイトの視線を浴びた。
 決して嫌な視線でなく、僕の今までの経験からして、悪い空気ではなかった。ちょっとしたアクシデントで初対面の集まりに一体感が出来たり、共通の話題で場が和んでいると感じた。
 後半真面目に聞いた自己紹介や、帰るまでの教室内で受けた印象は、意地悪な人もいなさそうで、一年やっていけそうだな。と嬉しくなった。
 気になる一人以外は。
 
 やる気先生の締めの挨拶が終わり、帰る間際、捕まりかけた。
「今日、用事があって急いでるんだっ」
「そうなんだ、残念」
 携帯を出してたから、ともだち追加しようと思ったんだろう。残念そうにしまった。
 どうせ近いうちに繋がるんだろうけど、今日はとりあえず逃げたい!

「俺のこと、ちゃんと教えるから!」

 学んだよ。呼び名しか分からなかった名前。僕の字を聞いてきて、代わりに押しつけ……教えて貰った。
 鷹宮 凌 |《たかみや りょう》
(名前、漢字分かったよ! これじゃだめなの? 充分じゃない?)
 と思ったのに言い出せず、愛想笑いを浮かべて名前しか知らない幼馴染みにバイバイした。
 
*  *  *

「学校はどうだった? お友達出来た?」
「いや、まだ⋯……」
「あら私ったらやだわ! 気が急いちゃって! 初日なんだから出来なくてふつう! 普通よ! そんなすぐに出来るだなんて思ってないわよ!ゆっくりでいいのよ!
急がないで大丈夫。今までだってりっちゃんは上手くやってきたんだもの。高校も変わらないわよ!」
 
 夕飯後何気ない会話から、背中をペチペチと叩かれて励まされた。
 
(いや、友達は出来てないけど、幼馴染は爆誕したんだあ)

 僕は今日の出来事を話してしまいそうになる気持ちをグッと堪えた。
 もしかしたら、そのイカれた偽造幼馴染のせいで母さんが望んでるオトモダチが出来ないかもしれない。

 妹は呑気にテレビを見て笑ってる。今、中二で共に引っ越し。女子って人間関係難しそうに思うけど、物心ついた時から超コミュ強で陽キャな性格で、僕が縋っている自分ルールなんて無しでやっていけてる。だから母親も僕しか心配しない。
 僕だって何も今まで問題なく、何処の学校でも生活できていた。けど当たり障りない術や、存在を消すスキル、穏便に過ごす技を磨いているだけで
 妹のように天真爛漫に学生生活を満喫してはいない。
 少し羨ましく妹の背中を眺めた。

 今日一日のことを振り返ると目眩がした。心身共に疲れた。
 救いは今週は一日で終わり! 週末の休みが幸せだ! 
ベッドに転がると同時に眠りにおちた。

*  *  *


「おはよう! 律希!」
「お、おはよう、凌」

 週明け、とうとう日常が始まる。と同時に急造幼馴染みが日常に組み込まれる。

 名前の挨拶を辿々しくも返した。”凌”設定では小さい頃から呼んできたんだろうな。
 いつかは慣れるのかな?
 こんなに気を遣うこともないんだろうけど、僕が今返した挨拶で黙ってれば大人っぽい顔を緩ませて、嬉しそうに優しい笑顔を浮かべ
「ありがとう律希ぃ」 
 って至近距離で純真な喜びを浴びせてくるから、何でか胸がぎゃんとなった。初めての感覚だから良くわからない。きゅんでもぎゅんでもない。 ぎゃん だ。
 
 教室移動も、昼休みも、他の仲良くなった人達と一緒に喋ったりして、普通の会話で普通の友達のように過ごして安心した。

 一日が終わってまた急いで帰ろうとした時、凌から「律希、これ」って一枚の紙片を渡された。

四角いつぶつぶが印刷されている。QRコードだ。

「気が向いた時、時間がある時でいいんだけど、良かったら見て」
「何これ?」
「作ったんだ。前に約束した物」

 なんだこれ? 見当が付かない。
 僕が首をかしげている間に、凌はあくびしながら先に教室を出て行った。

 
*  *  *

 家に帰ってご飯を食べていても、妹とゲームをしても、ずっと気になっている。一枚の紙の存在。
 一応なくさないように破れないように大事に持って帰った。
家でゴミと一緒に捨てちゃわないように、机の大事な物を入れてる引き出しにしまった。
(『気が向いた時でいい』って言ってたし。今日は……気が向かないし、時間ももうないし)

 ベッドでスマホを眺めぼーっとしながらも、凌から貰った紙を再び手に取らず、眠った
 
――翌日
 朝の挨拶を交わした後、ドキドキした。
 ”見た?””どうだった?”
 怒濤の圧で聞かれたらどうしよう、なんて返事しよう。勿論正直に見てないとは言うけど、理由は 忙しくて で通用するかな?
なんて瞬時にイメトレしたりしたけど、無用だった。
 
 凌は何も聞いてこなかった。
 普通に過ごした。
 学校でもその話題は全く出してこず、繋がったSNSもメッセージは来ない。
 渡された紙なんてなかったかのように、日常が過ぎていった。
 軽いテストや、慣れない授業が一巡してそんな話しをわいわいして
 一週間が終わり、普通にバイバイして、金曜の夜を迎えた。

 週末の休みに安心しながらだらだらと過ごした。
 けど、頭の片隅にはいつも紙が記憶に張り付いていて、目を閉じても四角いつぶつぶが浮かぶ。
 
「ええい!」

 僕は気合いと共に起き上がり、月曜鍵を閉めたぶりに机の引き出しに手をかけた。
 凌から貰った紙を5日ぶりに手にする。

 紙を凝視した後、携帯のカメラでコードを読み込んだ。

 表示されたURLにアクセスすると、そこは動画のサイトだった。
「なにこれ?」
 再生が始まったのは、赤ちゃんの動画。
 何これ? と思う暇なくタイトルが表示された。
 -鷹宮凌史-
 可愛い赤ちゃんは凌本人で、ビデオ画像や写真や文字が編集されたものが映画のように流れ始めた。
 凌が作ったであろう凌の生い立ち歴史動画だ。

 最初はこんなの同い年で作れるんだ、凄いなっていう気持ちから、どんどん中身にハマり、気がつくと夢中になって見て凌の現在まで見終わっていた。
 僕は見終わった後、しばらくぼうっとしてしまった。
 圧倒された。色々なことに。
 
 内容を見入ったとは言っても、同い年の変わらない年月。凄いことがあったわけじゃない。
 凌は動画でよくある過度な演出や効果をつけず、淡々とした作りをしていた。そこも驚いた。僕は凌に対して少し勘違いをしていたようだ。幼馴染みが欲しすぎて妄想劇場を喜々として語っていたいのはあくまで夢見すぎていたからであって、実際の凌は嘘ついたら呼吸困難になる性格だった。猪突猛進な所も多々あるけど、性根は実直で純粋なところがこの凌史からも伝わってくる。
 あくまでただただ、僕に凌のことを知ってもらいたい、という気持ちが直球に伝わってきて
 感動して、気がついたら何故だか涙が流れていた。自分でも分からない。
 こんなの作れるの、凄いなって尊敬もするけど、日を遡って思い出してみてまた驚いた。
 この紙を貰ったのは今週の月曜だ。
 僕が逃げるように学校から帰ってただゴロゴロ過ごしていた土日に、凌はひたすらこれを作ったんじゃないか?
 月曜眠そうにして、あくびしながら帰ったし……
 その紙を気が向かないからと、5日放置した僕。
 事情も何かも知らなかったから悪いことをしたわけじゃないけど、心の中で凌に謝った。
 
 でも見たふりをしなくて良かった。後でめちゃくちゃ後悔したはずだ。
 だって感想をいっぱい伝えたいし、動画自体の才能を褒めちぎりたい!

 我に返ったら日付は変わって夜中になっている。
 だけど僕は我慢が出来ずに、再び再生ボタンを押した。


*  *  *

 窓の外が明るい。何度見たんだろう。
 休みだから今から寝ようと思うんだけど、意識が起きていてたくて眠れない。
 それに、僕にはする事がある。
 この週末暇じゃなくなった。
 僕は凌みたいに動画を作れないけど、僕には僕のやり方で、作ろうと思ってる。
 凌に送る、向坂律希史 を。


-続く-