【自己紹介】デカデカと書かれた黒板の前に僕は立っている。
 高校生活初日、今時こんなことするの? と思ったけど、やる気に満ち満ちてキラキラした瞳の可愛らしい若い先生の様子を見ると、期待を裏切れないと思うのは教室内同意見なのか
 誰もいやな顔見せず一人一人こなしていってる。

 とうとう僕の番が来た。
 初めての制服、新しい生活……本当は人前が苦手で内気な性格だけど、緊張もあまりしていなければ、逃げ出したいほどいやなわけでもない。
 何故なら、慣れているからだ。

「○○中学出身 向坂律希|《こうさかりつき》です」

 早口でさらっと言った。挨拶も後半、みんなだいぶ飽きてるし、聞きなじみのない学校名だから耳に止まってない。
 自慢できる特技もないし、とりあえず適当に話をして……

 話している途中に気付いた。刺すような熱視線。
 教室をふわふわしているそれぞれの視線の中、動かず僕を凝視している。
 顔に見覚えはない。覚えが有る人が居る訳ないし。
 サラサラのストレート。 キレーな顔! 眼力ツヨ!
「これからよろしくお願いします」
 と締めの言葉を言いながら、直近の記憶を漁ってたけど、席順を見ると眼力くんの挨拶はとっくに終わってて。しまったな。ぼーっとしていたのかちゃんと見聞きしてなかった。

 ぺこりとお辞儀をして席に戻る時、歩く度に視線が着いてくる気配がする。
 気になりながらも、怖くて一切視線を追わずにみんなの挨拶見るのを再開した。


*   *   *
 
 休み時間、弾丸のように駆けつけてくる姿が眼に入る。

(眼力君!)
 机を挟んで眼力くんと至近距離で対面した。
 そんなに身体は大きくないのに、端正な顔と駆け寄る勢いで圧が凄い。

「はじめまして! こうさかりつき君」
「ど、どうも」
(僕の名前完璧に把握されてる! やばい、眼力君の名前、僕は知らない)

「ねえこうさか君、県外から来たんだよね?」
「そう、だけど」
「やっぱり。自己紹介聞いてすぐこっそり学校名ググったんだ」
 
 僕の流暢な挨拶をサラッと流さなかった奴がここに一人いたのか。

「俺も、県外からなんだ。このクラスで俺とこうさか君だけだよ」
「へえ、そうなんだ! 僕は親の仕事の関係で小さい頃から1~2年毎に引っ越しを繰り返してきたんだ」
「マジで?!」
 やべえ奴で怖い目に遭うのかと思ったけど。理由が分かってホッとしたー。
 学園内に知りあいがいないんだな。僕と一緒だ。挨拶を聞いて同じ境遇のクラスメイトがいて嬉しかったんだね。分かるよその気持ち。
 知り合いが一人も居ない同環境で盛り上がりそうになった時、告げようと思った『仲良くしてね』のことばが、相手の弾丸のような一言で掻き消された。

「キミこそ、俺が探し求めていた人! 今日から俺の幼馴染になってよ!」
「は?」
「小学生の頃から今までの夢だったんだ。幼馴染、欲しかったんだ!
作るのはこの高校入学のチャンスしかない、と思ってたけど、無理かなーとおもったんだよねー。そしたら神が来た!」
「は……」

 思考回路が停止する。
 やっぱりやべぇ奴だった! タゲられた……面食らう。
 怒濤の様にしゃべり出した眼力君の話を意訳すると
 理由は分からないけど小さい頃周りに同年代のそれらしき友人がいなかった。
 常々熱烈な憧れがあり、欲していた幼馴染。
 この高校で小さい頃から友達関係に立ち戻ってなってくれる奴を作ると決めてきたらしい。学校内に誰も過去を知らないぼっちどうしだと条件最高。万が一でもクラスにいたらドンピシャ!

――で、抜擢された運命の人物=僕
 僕は勢いと理解できないストーリーに気圧されて口を開けたまま話をただあびまくった。

「なんだかもう楽しそうだねっ」

 美形な奇人に捕まった初対面引っ越しキャラな関係の二人が、周りにはもう親しげな関係に見えているんだ。

女子たちが眼力君にしゃべりかけたから、僕は聞き身を立てた。
「たかみやりょうくん、だよね!」
女子は流石だ。自己紹介で聞いた眼力君のフルネームをちゃんとリスニングしている。そのおかげで僕は名前が今漸く分かった
「そっちの、」
「こうさかりつきくん、だよ!」
 僕の名前は女子たち聞き逃したのか。ちょっとさみしいけどわざとサラッと言ったもんね。僕は自分自身をフォローするのが得意だ。特技として自己紹介は出来ないけど。

 いや、聞き慣れないっていうだけであたりつけて学校名を机の下のスマホでググって県外確証して僕の早口名前を脳に刻み込んでロックオンする離れ業を秒で成し遂げる眼力君が異常なんだよ!
 やばい奴のはずなのにお上品な物言いで女子と対話して、ちゃんと僕の名前をクラスの女子に紹介してくれてる。異常さとまともさの振り幅デカくて困惑する。僕は眼力君改めたかみや君の陰から会釈した。

 小さい頃の幼馴染が高校で一緒になれたと説明してる。僕の判定ゲージが常識人から一気に奇人に振り切れた。でも綺麗な顔が破顔して、至福の表情を浮かべてるから”幼馴染みが欲しかった”という言葉に嘘はないんだと、引きながらも感じた。
 問い質されると、ここぞとばかりベラベラとないことだらけの思い出の数々を恍惚と語っている。
 幸せそうな語り部に、本当に憧れてたシチュエーションの数々なんだな⋯と冷静に傍観する。
 すごい勢いで思い出捏造してる。捏造というか、憧れ拗らせた挙げ句の創作? 幼馴染み欲しすぎて、何年も妄想膨らんで、うちの妹が読んでる夢小説とやらみたいなのを描いてたのだろうか。と僕も彼の脳内を想像し、ただただ眺めていた。
 だけど整った顔が徐々に歪んで、顔色が悪くなってきた。
「ごめん、ちょっとトイレ。りつき、行こう」

 苦痛に歪みかけた顔ながら自発光なキラキラをクラスメイトに残して、初対面の奴にファーストネームを呼び捨てにされた僕は腕を引っ張られ教室を共に出た。

「おなかでも痛いの?」

 教室を出て支えたたかみや君の背は僕より少し低くて、ふらふらとしてる。
 トイレがどっちか良くわからず闇雲に誰もいない廊下を歩き始め、階段まで辿り着くとたかみや君はしゃがみ込んだ。

「大丈夫?!」

眼の先にトイレが見えたけど、保健室?!もっとどこか分からない!
担いでいけないと思う。どうしよう
たかみや君は胸元つかんで苦しそうにしている。

「気持ち悪い。こんなに胸が痛くなるなんて……」
「歩ける?! 先生呼んで来ようか?!」
「嘘って、こんなにくるしくなるんだな……」
「は?」
「最初は夢が叶って嬉しくて、はしゃいで今までの気持ち爆発しちゃって喋ってたけど、嘘ばっかしついてたら、胸が痛くなって息が出来なくなって……」
「は……」

 僕の右肩に乗っかってるたかみや君を無言で見つめてしまった。
 病気で身体が悪いのかと本気で動揺したのに! 心配を返せ!

「今までこんなに嘘ついたことなかったから、身体がしんどくなるの知らなかった……」

 だけど、嘘ついたら罪悪感は有って、今まで虚言癖でもなかったんだな……
 ってやべえ奴からの良い奴反復横跳びがまた! 僕の判定ゲージが壊れそう!
 
「そうだよ。嘘は良くないよ」
「だな」
「うん」
「俺、これから本当の事が言いたい」

 真っ白な血の気が抜けた顔にキラキラな眼力にまた見つめられて
 具合悪そうなのに、がしっと捕まれた肩はたかみや君の指が食い込んできて、凄い力でびっくりする。
 一緒にしゃがんだまま逃れられない。

「こうさかりつき君の事、俺に教えて」
「え?」
「りつきの事、知りたい。
俺も、教えるから。だったらもう嘘つかなくて良いし!」

 晴れ晴れとした顔をして眼を細めて嬉しそうな笑みを浮かべ笑い出した。

「今日からよろしく。仲良くしてね」

 尋ねたいこともたくさん有るし、教える?何を?とか何でとか、人間判定出来てないし、そもそも幼馴染み爆誕を承諾した記憶もないし……色々山ほど言いたいことはあるのに

「うん」

 僕は二つ返事で、頷かざるを得なかった。
 誰にもいつの日も変えられない、僕の決まりの為に。

 何故なら、これはたかみやりょうの願いなんかよりずっと昔から歴史ある、僕ルールだから。願いに絆されたからだとかじゃ断じてない!

 小さい頃から引っ越し三昧で、転校する度一つだけ決めた事があった。

 ――最初に話しかけて来てくれた子とは絶対に仲良くなる事

 決めてたんだもん! 最初はどうして転校乗り切れば良いかわかんなくてつらかった時
 この謎ルール発明してから、心が楽になったんだもん! 結構今まで上手くいってたもん!
 不安な気持ちもコミュ力問題も、初手つかみ技(そんな言葉ないけど)で生きてきたもん。
 僕の今までを支えてくれたルールに則り、相手が奇人であろうが誰であろうが曲げられない。

「コチラコソ、ヨロシクネ」

 僕は自分の頑固さを恨みながらも、負けない眼力で見つめ返した。


-続く-