【短】相談屋さんの心配事



「相談屋さんって、いっぱい相談に乗ってるんだね」

「うん?」


 長谷ちゃんが来てから数日後の夜、お風呂から上がってほかほかの体をソファーに沈めていると、可愛らしいパジャマ姿のめぐみちゃんが隣で言う。
 スマホでゲームをしていた様子だったけど、丁度区切りがついた所なんだろうか。
 めぐみちゃんに顔を向けると、彼女はスマホを膝の上に置いて足をぶらぶらさせた。


「私が泊まりに来てから、毎日誰かが相談に来てるんだもん。相談屋さんってみんなに頼られてるんだね~」

「あぁ……そうだねぇ。この街にも色んな人がいるから」


 確かに、誰も来ない日というのは珍しいかもしれない。
 出先で話し込むこともよくあるし、毎日誰かしらの相談に乗っていると言えば、そうだ。
 私がこの街を出ることは、長谷ちゃんのように、少しずつ周りに伝えていくつもりだけど……。


「……はぁ」

「あれ? どうしたの? 相談屋さんが溜息つくなんて珍しい」

「あぁ、ごめんね。なんだかみんなが心配になって」

「心配?」


 きょとんとした顔で首を傾げるめぐみちゃんに微笑んで、天井をぼーっと見上げた。


「私がいなくなったら、この街の人が困るんじゃないかって。今回は長くいた分、そう思っちゃうんだ。みんなによくしてもらった証だけどね」

「あ~、確かに困るかも。私だって嫌だもん、相談屋さんがいなくなっちゃうなんて」

「そっか。ありがとう」


 私は流れ者で、元々この街の人間ではないし、1年や数年で別の街へ行くから、親しくなった人と別れる心構えはできている。
 それでも、旅立ちの前は悩みが尽きない。
 私を受け入れて、街の住人として扱ってくれる人達の悲しむ顔を見るのは、何回目だとしても心が痛むし。

 私を頼ってくれている人達は、私がいなくなった後、ちゃんと生きていけるのか……なんて人様が聞いたら傲慢に思われそうなことも考えてしまう。


「私ね、春になったら別の街へ行こうと思ってるんだ」

「えっ?」

「まだまだ沢山、色んな街の写真を撮りたいから。そうすることで、今まで巡ってきた街の魅力も、より感じられるようになるんだ」


 めぐみちゃんを見て、微笑んで告げると、彼女は目と口を大きく開いて、しばらくぽかんとした。


「えー! そんなの嫌だよ! 相談屋さんがいなくなっちゃったら、私、誰に悩みを聞いてもらえばいいの!?」

「うーん……長谷ちゃんはどうかな?」

「あぁ、お姉さん……って、そうじゃなくて! 相談屋さん、本当に行っちゃうの!? それナシになんない!?」

「ならない、かな。そろそろ場所を変える時期だと思うし」


 眉を下げて微笑むと、めぐみちゃんは不服そうに頬を膨らませる。
 私はめぐみちゃんの頭を撫でて「ごめんね」と言った。


「めぐみちゃんやみんなが困らないように、私に出来ることはしていくから」


 困る気持ちが顔に出てしまったのか、めぐみちゃんは私の顔を見て、罰が悪そうに目を逸らす。


(子供に気を遣わせるなんて……ダメだなぁ、私)


 反省と共に笑顔を作り直すと、めぐみちゃんはちらっと私を見て、少しの間俯いた。


「……相談屋さん、私、明日家に帰る!」

「え……それはまた、急だね」

「お母さんも私の不満は充分に分かったと思うの。だから家に帰る! 相談屋さん、引っ越す日が決まったら必ず教えてね!」

「うん……分かったよ」

(急に納得しちゃった……やっぱり気を遣わせちゃったかな?)


 申し訳なく思いつつ、その後すぐにめぐみちゃん用の部屋に向かっためぐみちゃんを見送って、私はほうじ茶を淹れる。
 湯気が立つマグカップを見つめると、この街の色んな人の顔が浮かんで……やっぱり、溜息がこぼれた。


(みんなも……めぐみちゃんみたいに、困っちゃうかな)


 この悩みに直面する度、“相談屋さん”なんてしてこなければ、と思うものの、こればかりは性分だから仕方ない。


(めぐみちゃんに言ったように……みんなが困らないよう、私に出来ることをして、残りの時間を過ごそう)


 私は特別な人間ではないから、本当はいなくなったところで、みんなが困るはずもない。
 私がいなくても、みんながちゃんと生きていける環境というのは、必ず作れるはずだ。
 人の人生を左右しようなんて大それたことは考えていないけど、知り合った人達が幸せに過ごしていてくれたら……。

 そして、その便りをいつの日か受け取ることができたら、私も幸せだから。
 思い残すことがないように、私に出来ることは全てやっていこう。
 そう考えて、私はほうじ茶を飲んだ。