【短】相談屋さんの心配事


 淹れたてのコーヒーから湯気が立ち上る。
 温かいマグカップを両手で持って窓の外を見ると、数週間前までは真っ白だった道路が、ちらほらとアスファルトの色を覗かせていた。


(もうすぐ、雪解けの時期だなぁ)


 ふー、ふー、とマグカップの中に息を吹きかけて、コーヒーを一口含む。
 砂糖が苦みを中和して、舌が喜ぶほろ苦い程度の味が、口の中に広まった。
 ごくり、とコーヒーを飲み込んだ後、私はテーブルの上に広げた風景写真に視線を落とす。


「3年分の四季を収めてきたから、いつもの倍以上はあるなぁ」


 思わず顔がほころんで、明るい色が声に滲んだ。

 私は色んな街に移り住んで、その街の四季を写真に収める仕事をしている。
 簡単に言ってしまえば風景写真だけど、私が撮るのは、その街に住む人や動物も含めた、街を歩いていて目にする〝風景〟そのものだ。
 色んな街を見たいから、いつもは1年で留まった街を離れるのだけど、気まぐれに長居することもある。


(……うん、そろそろ次の街へ行こうか)


 マグカップを置き、この街に来て初めて撮った、桜が咲く駅前の写真を手に取って、私は自然と旅立ちを心に決めた。
 その時、ピンポーンとインターホンが鳴って、写真をテーブルに置いてから玄関へ向かう。


「はい、こんにちは」


 玄関のドアを開けて挨拶をすると、訪ね人は私の胸の位置に頭がくる、小学生……いや、もうすぐ中学生になる女の子だった。


「あぁ、めぐみちゃん」


 パンパンに膨らんだリュックを背負って、なんだか重そうだ。


「相談屋さん、お家に泊めて!」

「それはまた、急だね。とりあえず上がって」


 いつものように、客人を家に上げると、めぐみちゃんは脱いだ靴を揃えてからリビングに来る。
 テーブルの上に置きっぱなしだった写真を覗き込む様子を横目に見ながら、私は戸棚からココアの袋とマグカップを1つ取り出した。


「これ、相談屋さんのお仕事だっけ?」

「うん、そうだよ。雑誌に載せてもらったりするんだ」

「へぇー。なんかこうして見ると、いい街に見えるね」

「いい街じゃない。居心地がよくて、3年も住んだくらいだよ」

「そっか~、相談屋さんがこの街に来て、もう3年になるんだ」


 喋りながら甘いココアを作り終えると、慣れたようにテーブルの前に座っているめぐみちゃんの元へココアを運ぶ。


「はい、どうぞ」

「ありがとう! 相談屋さんが出してくれるココアって甘くて好き~」

「それはよかった」


 にこにこしているめぐみちゃんを見て笑いながら、私はテーブルの上の写真を片付けた。
 イスに腰かけてコーヒーを一口飲むと、マグカップをテーブルに置いて、向かいのめぐみちゃんを見る。


「それで、どうしてうちに泊まりたいの?」

「あのね、私、もうすぐ中学生になるでしょ?」

「うん」

「だからね、私1人だけの部屋がもらえるはずだったんだよ。でも、親戚の人が泊まりにくるからって、私の部屋がもらえなくなっちゃったの!」

「そうなんだ。それは残念だね」

「そう! 中学生になるのに、弟と同じ部屋のまんまなの。そんなの酷いでしょ? だから、家出してきたんだよ」

「家出かぁ」


 両親が帰って来るまで暇だからうちで遊んでいく、っていう子は今までにもいたけど、家出して泊まりに来るのは初めてだ。
 まぁ、部屋がないわけでもないし、めぐみちゃんの気が済むまで家にいさせるのは構わないけど……ご両親にも確認を取らないと。


「めぐみちゃん、お母さんにはうちに泊まるって話、した?」

「うん。お母さんは相談屋さんに迷惑でしょって言うんだけど、相談屋さん、いつでも来ていいって言ったでしょ?」

「うん。うちに泊まるのはいいけど、めぐみちゃんのお母さんに電話、してもいいかな?」

「いいよ。でも、家に帰るのはナシね!」

「うん、分かったよ」


 ココアを飲むめぐみちゃんから離れて、以前スマホに登録しためぐみちゃんの家の番号に電話をかけると、お母さんが出て、しばらくうちに泊まるということで話がついた。


『ご迷惑をかけますけど、うちの子をよろしくお願いします』

「はい。責任を持ってお預かりします」


 スマホを耳から離して終了ボタンを押すと、めぐみちゃんが「お母さん、なんて?」と声を飛ばしてくる。


「めぐみちゃんをよろしくって。心配してたよ」

「“相談屋さんに迷惑をかけないか”でしょ!」


 めぐみちゃんが家出したことをだよ、と笑いながら訂正して、私はこの街から離れる前のわずかな間、共に住む同居人を迎えたのだった。