【短】心の友へ、ありがとう


(コウタ……? 本当にコウタなの?)

(ハハハ、なんだ、その言い方は。俺以外の誰がいる?)

「……帰って、きて、くれた……」


 呆然(ぼうぜん)と呟いて、僕は膝から崩れ落ちた。


「お、お兄ちゃん!? 大丈夫!?」

(おいおい、どうしたんだ? 藤乃が心配しているぞ?)

(だって……コウタが、いなくなるから……もう二度と、会えなくなるんじゃないかって……!)

「ねぇお兄ちゃん、どうしたの!?」

(うーむ、よく分からないが、心配をかけたみたいだな。とりあえず、藤乃に答えてやれ)

「……大丈夫、安心して……」


 力が抜けただけ、と呟くように言うと、しゃがみ込んで僕の肩に触れていた藤乃は「そ、そっか……」と、ホッとしたように答える。

 ――あぁ、コウタが。コウタが、帰ってきてくれた。
 その喜びを噛み締めて、湧き出すように溢れた涙で頬を濡らしながら、顔を覆った。


(ごめん、コウタ。僕、コウタ以外の友達なんていらないから。君がたったひとりの友達だから。だからもう、どこにも行かないで)

(どうしたんだ、梓? 俺がたったひとりの友達なんて、そんな寂しいことを言うな。沢山友達を作れ)

(でもっ、僕が杉中と仲良くしようとしたから、コウタはいなくなったんだろう!?)

(俺はずっと梓のそばにいる)

(嘘つき、2回もいなくなったくせに……!)

(じゃあ、三度目の正直だ。梓が俺を必要とする限り、俺を大切に想う限り、俺はいなくならない)


 コウタは笑って、僕にそう言う。


(もしこれから先、俺がいなくなることがあったら、それは梓の心が強くなって、俺にすがる必要がなくなったときだ)

(コウタがいなくなるなんて嫌だ……僕はずっと、コウタと生きてきたんだ……)

(それなら、これからもずっと友達でいよう。俺と梓は、唯一無二の親友だ)

(親友……)


 僕は顔を覆う手を外して、フローリングの床を見つめながら、くしゃっと笑った。


(……うん。うん……! コウタは僕の、親友だ)


 友達に貰った大切な言葉を噛み締めて、胸の奥にそっと仕舞い込む。
 今は不思議なくらい、コウタがこの先もずっと、僕と一緒にいてくれる確信が持てた。

 もし、遠い未来にコウタとお別れすることがあっても。
 “生きる力をもらって、晴れやかな気持ちで別れを告げる”ことができていると思うから。
 僕はきっと、大丈夫だ。


 ****


 ちゃんと食事をとらずにしばらく過ごしていたせいで、学校に通える状態になるまで、数日がかかった。
 久しぶりの登校日、僕は緊張しながら教室に入る。


(“おはよう”って、普通に声をかければいいさ)


 親友の言葉に背中を押されて、友達になりたい人物が座っている席へと近づく。


「お……おはよう、葉輔(ようすけ)


 少し震えた声で挨拶をすると、杉中は顔を上げて目を丸くした。


「梓! もう大丈夫なの!?」

「う、うん。心配かけて、ごめん。あの日、取り乱して見送れなかったのも……」

「ううん、僕こそごめん。梓を動揺させるようなことを言っちゃって」

「いや……タイミングが悪かったって、言うか。その……とにかくもう、大丈夫だから。また、家に来てくれる?」


 目を見て尋ねると、葉輔はいつものように笑って答える。


「うん。また遊びに行きたい」


 曇りなく返してくれた言葉が嬉しくて、マスクの中で頬が緩んだ。
 それと同時に、肩の力が抜けて「あのさ」と自然に声が出る。


「僕……葉輔と、その。友達に、なりたいんだけど……」

「え? ごめん、僕勝手にもう友達だと思ってた」

「え?」


 驚いた顔をする葉輔と、しばらく同じ顔で見つめ合う。


「あー、はは……梓、あんまり人と話さないけど、僕とはよく話してくれるから。勝手に仲いいって思い込んでた」


 葉輔は苦笑いして「バイトしてるときにクラスメイトに会ったのも、初めてだったからさ。なんか親近感覚えちゃって」と口にした。

 葉輔も、僕と仲がいいと思ってくれていたなんて。
 ――友達って、こうやってなるものなのか……。


(そうだ。案外、難しくないだろう?)

(うん……でも、葉輔みたいに仲良くなれる人は、そう簡単に見つからないかも)

(まぁ、それは人の縁だ。急がなくてもいい。……それじゃあ、新しい友達もできたことだし、俺はしばらく、寝るとするかな)

(え、寝る?)

「でも、やっぱり梓も気を許してくれてたんだ。じゃあ、改めて僕達、友達ってことで」

「え……あ、うん。よ、よろしく」


 葉輔から笑顔で握手を求められて、僕も手を差し出した。
 しっかりと握手を交わすと、いつものように雑談を振られて、ホームルームが始まるまで話し込む。
 久しぶりの学校は、葉輔と過ごせたことで、楽しい1日になった。

 けれど、もうひとりの友は宣言通り、眠ってしまったようで。
 何度か声をかけると(海に行きたいなぁ)だの、(ハハハ、梓、それは犬だ)だの、よく分からない寝言が返ってきた。
 やっぱり僕はマスクの中で笑いながら、今度海に行く計画でも立てようかと、ひとり考えたのだった。


 コウタが目を覚ましたら、言いそびれたこの言葉を伝えよう。
 背中を押してくれて、ありがとう、と――。


[終]