【短】心の友へ、ありがとう


「友達って言うか、クラスメイトだけど……」


 “たったひとりの友達”が頭によぎって小さく言い換えたものの、藤乃は気にすることなく部屋の中を覗いて「こんにちは」と挨拶した。
 僕は溜息混じりに藤乃を部屋へ招き入れる。

 僕の部屋には、勉強机のイスとベッドぐらいしか座れる場所がない。
 だから、藤乃にもベッドへ座るよう勧めた。


「初めまして、私は広田藤乃です。お兄ちゃんと友達になってくれてありがとうございます! うちのお兄ちゃん、いいところいっぱいあるので!」

「初めまして。僕は杉中葉輔。うん、梓はいい人だよね」


 突然僕のプレゼンをし始めた藤乃に、杉中がにこりと笑って答えるのを見て、目を逸らす。
 ……杉中は、友達じゃない。
 僕の友達はたったひとり、コウタだけだから。


(ね、そうでしょ、コウタ?)


 頭の中に意識を集中させて、いつものようにコウタへ話しかける。
 けれど、どれだけ待ってもコウタの返事がない。
 最後にコウタと話したのは、何日前のことだっただろうか。

 杉中と仲良くなるにつれて、コウタと話す機会がずいぶんと減った。
 それに気付いて、意識的にコウタへ話しかけるようになってから、僕の胸には不安と焦りが(うず)巻いている。
 ――コウタの声が、聞こえなくなったから。


「……が、サイン本です」

「ありがとう。……かったんだ」


 2人の会話に、意識が向かない。
 どうしてコウタは返事をしてくれないんだと奥歯を()んで、さらに集中するために目をつぶった。


(コウタ。ねぇ、コウタ。聞こえてないの? お願いだから、返事をしてよ)


 頭の中には、僕の思考しか浮かばない。
 コウタの喋り声が浮かんでこない。


(何か、怒らせちゃった? ごめん、ごめんね。僕はコウタと仲直りしたい。だから、返事をして)


 きっとそういうことではないと、頭のどこかでは分かっている。
 けれど、認めたくない。


「……で、ずっとそばにいた友達の幽霊が消えちゃうんですよね」


 コウタが消えてしまったかもしれない、なんて。


「うん。もう二度と会えなくなってしまうんだけど、生きる力をもらって、晴れやかな気持ちで別れを告げるんだよね」

「……友達が、消えて。晴れやかな気持ちになんて、なるもんか……!」

「「え?」」


 心を揺さぶられて思わずこぼした言葉が、2人を振り向かせる。


「大事な友達なんだ……たったひとりの……!」


 声を絞り出して、僕は両手で頭を抱えた。
 幻のように消えてしまった友達を追い求めて、(にじ)み出す涙をこらえながら(コウタ、コウタ!)と呼びかける。
 自分の内側、その奥深くへと入り込むことに必死な僕に、杉中と藤乃を気にかける余裕はなかった。


 ****


 僕がまたひとりぼっちになれば、あの頃のように切実に求めれば。
 そう考えて、学校にも行かず、部屋からも出ず、ずっとコウタへ呼びかけるようになってから、どれくらいの日数が経過したのだろう。
 ぼうっとする頭では、何も分からない。

 コウタを失うくらいなら、普通の友達なんていらない。
 杉中と、他のクラスメイトと仲良くなりたいなんて、もう思わない。
 だから。


(だから、お願いだよ。返事をしてよ、コウタ……消えたりなんてしないで。いなくならないで)


 瞳から(あふ)れ出す涙が、枕に()み込んでいった。

 杉中と話すようになって、あっさりと大事な友達をないがしろにした僕に、コウタは愛想を尽かしたのだろうか?
 分からない。コウタが今何を考えているのか、分からなくなってしまった。
 こんな僕だから、コウタは……。


「――梓。元気を出してくれないか」


 ギュッと目をつぶると、部屋の外からくぐもった声が聞こえて、心臓が大きく跳ねた。


「コウタ……?」

「人間、ご飯を食べないと死んでしまうぞ。俺は、梓が心配だ」


 聞こえるはずがない声。
 けれど確かに、“コウタ”が喋っている。
 僕は急いで布団の中から出て、もつれる足で部屋の扉に駆け寄った。冷たいドアノブを握って、内側に扉を引く。

 僕が期待したのは、どんな姿だったのだろう。


「……藤乃?」


 ――そこに立っていたのは、藤乃だった。


「あ……お兄ちゃん。ごめんね、余計なことかもしれないけど……そういえば昔、おじいちゃんがこうやって喋ってたなって……」


 何を言っているのか、理解できなかった。
 けれど、一拍遅れて飲み込む。


「コウタくん……私も、好きだった」


 あれは、藤乃の声だったんだ。
 胸に落胆が広がるのと同時に、目の前の暗闇に光が差したような気持ちになった。
 確かにコウタなら、こんな僕のことも心配してくれるんだろうな、と思えたから。

 もし、今の藤乃の言葉をコウタが聞いていたなら、きっと――。


(さっきの、俺の真似か? なかなか似ていたなぁ。なぁ、梓!)

「え……コウタ?」

「え?」


 藤乃がきょとんとした顔で僕を見つめる。藤乃が喋ったんじゃない。


(どうした、梓。そんな、ぽかんとした顔をして)


 ……確かに聞こえる。
 コウタが、喋っている。僕の中で。