【短】心の友へ、ありがとう


「はあ……」

(お疲れ。よく頑張ったな)

(ありがとう……次からは、藤乃に自分で行ってもらおう……)


 クラスメイトがバイトしてるんじゃ、今後この本屋には行きづらくなる。
 漫画の続きが買えるのはいつになるか。


(まぁ、せっかくショッピングモールに来たんだ。気持ちを切り替えて、他の場所も見て行かないか?)

(……そうだね。そうしよっか)


 僕は力なく答えて、コウタと話をしながら本屋を離れた。



 コウタとまた話せたと口にしたとき、父さんと母さんは深刻な顔をした。
 電話でもしたのか、家に駆けつけたおばあちゃんは、僕と扉を1枚(へだ)てた向こう側で「おじいさんのせいで……」と父さん達に謝り倒していて。
 おじいちゃんもコウタも、決して悪い存在なんかじゃないのに、と涙がこぼれた。

 だから僕はそれ以来、二度とコウタの存在を口にせず、彼と日々を過ごしていることが周りの人に知られないよう、細心の注意を払っている。



 翌週の月曜日、いつも通り予鈴の5分前に教室へ来た僕は、ゲームをして時間を潰すために、ポケットからスマホを取り出した。


「おはよう、広田くん」

「……え、あ、おは、よ……」


 横からかけられた声にびっくりして、どもった挨拶を返す。
 顔を向けた先にいたのは杉中だった。


(ほう、学校でも声をかけてくるとは。梓、杉中とは仲良くなれるんじゃないか?)

(えぇ……冗談でしょ)


 土曜日に偶然会ったからって、教室でも話しかけてくるとは、僕も思ってなかったけど。


「広田くんって、いつもスマホで何してるの?」

「え……ゲーム、だけど」

「へぇ、そんなにおもしろいの? よかったら僕にも教えてくれない? なんていうアプリ?」


 杉中は友達に向けるような笑顔を浮かべて、ズボンのポケットからスマホを取り出す。
 ぎょっと目を()きそうになるのをこらえて、僕は自分のスマホに視線を戻した。

 どうして杉中が僕に話しかけてくるのか分からない。


「ごめん……あの、ただの間違い探し……」

「間違い探し? 僕も好きだよ。広田くんって頭を使うゲームが好きなの?」

「う……ん」


 こういうのなら、コウタとも遊べるから、とは言えないし。
 言葉を(にご)すと、杉中は僕にスマホの画面を見せてくる。


「このアプリは知ってる? 電車を待ってるときとか、僕、よくやってるんだけど」

「や……知らない」

「じゃあ試しにやってみる? 簡単に言えば、一筆書きってやつなんだけど」


 杉中はスマホを引っ込めてから、もう一度僕に見せてきた。
 ステージ1と書かれた画面を見て、ためらいながらスマホを受け取る。


「2つの星を繋ぐんだ。このボックスの中を全部埋めるように」

「ん……」


 説明を聞いて、チュートリアルステージと思わしき簡単な問題を解いた。
 横から“次のステージへ”というボタンを押す杉中によって、僕は次々と問題を解くことになる。


「広田くんって頭いいね。僕、このステージから詰まるようになったんだ」

「そう、なんだ……」


 口下手な返答でも気にすることなく、杉中はよく喋った。
 おかげで、気付いたら予鈴が鳴っていて。


「あ、そういえば結局、間違い探しアプリの名前聞いてなかったね。あとで教えてくれる?」

「あぁ、うん……」


 また話す約束をして、自分の席に戻る杉中を見送ってから、少し心が浮足立っていることに気付く。
 クラスメイトとこんなに話し込んだのは何年ぶりだろう。
 それも、授業とか、委員会の仕事とか、必要に迫られた会話じゃない。

 ただの雑談。楽しむためだけの、意味のないもの。
 そんな会話を、コウタや家族以外の人としたのは、久しぶりだった。


 ****


 杉中と話すようになって、2週間ほどが経った。
 僕は学校で声を出す機会が増えて、帰りに杉中と同じ電車に乗ったり、今までより5分くらい早く登校するようになったりと、日常に変化が出ている。
 学校に行くのが楽しくなった。それは、一見いいことに思えるかもしれない。

 でも、今の僕には悩んでいることがあって……。


「梓? 大丈夫?」

「……え? あ、あぁ、ごめん、ちょっとぼーっとしてた……」


 いつかのタイミングで、“呼び捨てでいいよ”と言ったら名前で呼んでくるようになった杉中が、僕の顔を覗き込んでくる。
 前よりずいぶんとまともな返答ができるようになった僕は、目の前に現れた顔にびっくりしつつ、自分の部屋の中に意識を戻した。

 今日は、バイトが休みだと言う杉中を家に連れて来ている。
 その目的は、藤乃が持っているサイン本を杉中に見せること。
 本屋でバイトをしているのも、本好きが高じて、と言う杉中は、不意にこぼした“妹がサイン本を持っている”という話に食いついてきた。


「お兄ちゃん、持ってきたよ」


 部屋の扉がコンコンとノックされたのを聞いて、イス代わりにしていたベッドから立ち上がる。
 扉を開けに行くと、部活から帰ってきたばかりの藤乃が、青い表紙の本を持って廊下に立っていた。


「ありがとう」

「ううん。……ね、お兄ちゃん、私もお兄ちゃんの友達と話していい……っ!?」


 茶色いフレームのウェリトンメガネをかけた藤乃は、声をひそめながら僕を見つめる。
 ボブヘアに囲まれた瞳はらんらんと輝いていた。
 僕がクラスメイトを家に連れて来ることなんてなかったから、父さんや母さんのように僕を心配していた藤乃は、この状況が嬉しいのかもしれない。