「ふぉ……朝か……」

 むう? 右手と左手が動かない。なにかに挟まっているようだ。
 俺が左右に首を振ると、ラーナ巨峰とアイリア巨峰が眼前にそそり立っていた。

 俺の両腕はその両巨峰の渓谷に、がっちり挟み込まれている。

 「ぐっ……柔らかいクセになんて吸引力だ」

 何とか身をよじらせて、2つの山から抜け出した。

 が、つぎに行く手を阻むあらたな巨峰。
 これは、エトラシアか。これもなかなかの名山だな。

 なんとか山脈地帯を抜けた俺をまっていたのは、なだらかな平地。

 リタとティナだ。

 ここは容易に通行できるぞ……本人たちには言わないが。

 最後に、俺の上に乗っていた小山のライムだが。
 この子はまだ5歳だからな。当然平地であるのだが……心なしかリタやティナよりもすでに……いや、やめておこう。

 山の大きさで、人の価値が決まるわけではない。

 などと朝のくだらない遊びを終えた俺は、ベッドから降りた。

 アイリアたち王女一行がいきなり押しかけてきてから、1週間がたった。
 相変わらず、女子全員が俺の部屋で寝るという意味不明な状況が続いている。

 王女たちが来た翌日にはリタが壁を削って、隣の部屋とつなげてくれた。
 ベッドもさらに拡張した大きなものに改造されている。

 エトラシアたちが住み着いたときもひとつ部屋をつなげたので、この部屋は3部屋分の広さがある。
 この調子で行くと、全部部屋がつながってしまうんじゃないかと思ったが、この子たちが特殊なんだってことにしておこう。

 「さて、いくか」

 グッと伸びをして、リビングに向かう。
 ちなみに俺にのかっていたライムはしがみついて離れないので、そのまま抱っこで連れていく。

 「ん? リアナとユリカはもう起きているのか?」

 一階に降りると、黒いメイド服が「おはようございます」と、姿勢を正して俺に頭を下げる。
 リアナ(17歳)はアイリアたちの侍女として、俺のポーション屋敷までついてきた。

 端正な顔立ちで、黒い瞳が鋭い眼差しを放つ。
 細い身体だが、そのメイド服の中は引きしまった筋肉が詰まっている(たぶん)
 メイド服は伝統的な黒と白のロングドレス風だが、スリットが深く入っており動きやすい(なんかチラチラ見えそう)
 ブーツは軽量で音を立てずに走れる仕様で、たしか太ももにナイフやワイヤーなど隠し武器を装備していたはず。

 そんなリアナが黒いショートボブを揺らして、顔を上げた。

 「はい、クレイ殿下。ユリカさんと朝食の準備をしております」
 「クレイ様、リアナさんお料理とっても上手ですよ! 特に包丁さばきはすごすぎます!」

 キッチンから出てきたユリカが、少し興奮気味に口を開く。
 まあリアナは戦闘メイドでもあるからな。特にナイフさばきは、特殊部隊も真っ青な腕前だ。

 「そうか、朝飯の用意してくれてありがとうな」
 「いえ、クレイ殿下。これも侍女のつとめなれば」

 「ああ、殿下はいらんぞ。クレイでいい」
 「はい、クレイ殿下」

 もう一週間もたつのに、リアナは未だに俺の事を殿下と呼ぶ。

 「あと、侍女のなんたらとか堅苦しいのもいらんぞ。ここは王城じゃないし」
 「はい、クレイ殿下」

 「だから殿下はいらんからな」
 「はい……では、クレイ大将でしょうか? それともクレイの旦那?でしょうか」

 いやいや、どっかの居酒屋かよ。

 「普通にクレイでいいんだ」

 「はい、クレイ……さま」

 うむ、まあこれでいいか。王族仕えがしみ込んでいる彼女に、いきなり呼び捨てで良いといっても難しいだろうし。

 「ふふ、こうしてはたから見ると、クレイ様は王族の方だったのだなぁって、不思議な感じがしますね」
 「ああ、元王族であるのは確かだな。ユリカも様はいらんのだけどね」
 「ダメです。わたしが好きで呼ばせて頂いているので、その要望は却下です」

 そう言いながら、温かいコーヒーを俺の前に置いてくれるユリカ。

 この子もリアナに劣らず、気配りのできる女の子だ。
 まあ本人いわく好きでやってるらしいので、俺は何も言わんけど。
 人によって、なにが好きかは色々だからな。

 「キャンキャン!」

 すでに起きていたフェルの頭を撫でながら、入れてもらったコーヒーを楽しむ。

 おおぉ……ちょっといつもと違う……

 「コーヒーの美味しい入れ方も、リアナさんに教えてもらいました」
 「おお、さすがリアナだな」

 そうだった。コーヒーを入手した当時、彼女に入れてもらってたんだっけ。
 うむ……うまい! 俺がいれたのとは全然違う。さすが王城専属メイドさんだ。

 リアナはポーション屋敷のメイド業務を主にこなしてくれている。
 炊事洗濯に掃除などだ。
 ユリカやリタもメイド業はやっていたのだが、ユリカは経理、リタは修繕など別の仕事も抱えている。なので、今後はリアナがメインメイドとなりつつ、3人でカバーし合いながらやっていくらしい。

 ちなみに俺の妹たちである王女3人だが。

 第8王女のアイリアはラーナと接客メインの仕事をしている。
 その容姿と相まって、少しばかり世間ズレした行動と、優雅な振る舞いのギャップが受けているらしい。ラーナと肩を並べる2大看板娘と呼ばれているそうだ。

 第9王女のティナはリタと組んで、フロンドの修理屋さんを手伝っている。ティナは魔法が得意だ。魔力量ではラーナやアイリアまではいかないが、使用できる魔法の幅が広い。
 とくに攻撃魔法と生活魔法は一級品である。

 昔はよく王城の書庫に2人で籠ったものだ。
 俺は主に素材の情報収集だが、ティナは魔導書を読み漁っていた。
 俺自身は魔力ゼロで魔法が使えないのだが、庶民の生活魔法が面白くて読んでいたら、ティナも興味をもつようになった。

 そして、第10王女のライムは……

 「スゥスゥスゥ……」

 俺の膝の上で寝息を立てていた。2階からずっと俺に引っ付いたままだ。

 まだ5歳だからな。というわけではなく。
 この子はほぼ寝ている。それには理由があるのだが、まあラーナたちにはおいおい話せばいいだろう。

 たまに起きている時は、店でフェルと遊んでいる。
 その姿が愛らしいので、フェルと並んで店のマスコットになりつつあった。

 ま、各々が自分の場所を見つけて機嫌よくやっているようなので、俺が特にやいこれ言う必要はないだろう。



 ◇◇◇



 その日のお昼休み。

 ポーションをありったけ作っていた俺は、昼飯を食べてちょっとまったりしようかと廊下を歩いていると、リビングから声が聞こえてきた。

 「ふぇえ……そうなんだリアナさんってやっぱり凄いよね」

 ラーナたちか。

 押しかけ組の王女3人と万能メイドリアナは、リビングにはいないようだ。
 逆に、先住組が全員集合しているな。

 女子の会話を邪魔する気はないので、俺はリビング裏のキッチンで淡々とコーヒーを入れる。

 「リアナさんは、本場メイド中のメイドって感じだよね。洗濯お掃除はもちろんのこと、料理もすっごく上手なんだよ」
 「ほぇ~ユリカちゃんが言うんなら、本当に凄いんだろなぁ」

 「ティナさんも凄いです。リタの魔道具に色んな生活魔法を付与してくれるです!」
 「へぇ~~ティナちゃんって普段はけっこうフワフワしてる感じだけど、魔法がいっぱい使えるんだぁ」

 「ライムちゃんは、存在そのものがかわいいし」
 「そうそう、寝顔も神的だしねぇ~~」

 「ううぅ……このままじゃわたしのメイド枠は無くなるかも……」
 「リタは、メイド枠とロリっ子枠も微妙になってるです」

 「そんなこと言ったら私なんて、正ヒロイン枠と、おっぱい枠も危ういですよぉおお~~」

 ははぁ、どうやらラーナたち先住組は、元王女たちとのキャラ枠かぶりに危機感を覚えているらしい。

 そんなことは無いと思うがな。
 ラーナたちには彼女たちの良さがあるし、アイリア達たちも同じくだ。

 俺から言わせれば全然違う。

 が、これは俺が首を突っ込むほどの事でもないし、もう少し一緒に過ごせば解消するだろう。

 「え? みんなそんなことを感じてたのか?」

 そこへ、今まで会話に参加していなかった声が聞こえてきた。

 エトラシアか。

 「そ、そうか……ワタシも誰かとかぶっているかもしれん……これはマズいぞ」


 「「「エトラシア(お姉さま)さんキャラは、安泰です!」」」


 3人の声が完全に一致した。
 ついでに俺の意見も一致した。だって被りようがないんだもん。

 「なぜか素直に喜べないんだが!?
 全員から辱めをうけているような気がする!!」

 さて、コーヒーでも入れるか。
 極めて平和な日々に満足する俺であった。