俺たちを取り囲む5人の黒服たち。

 「ま~~たおまえたちか? 隠してたエロ本でも落としたのかよ」

 「ようやく見つけたぞ」

 「エロ本見つけたんなら帰れ」

 「聖女は我々がいただく」

 俺の挑発には一切乗らずにたんたんと話を進める黒服の一人。
 この声は、たしか隊長と呼ばれていた奴だな。

 「クレイ殿、こいつらはいったい?」
 「エトラシア、こいつらは以前ラーナを襲ったやつらだ」
 「ら、ラーナ殿を! それで聖女をどうのと言ってるんだな」
 「おそらくはラーナの聖水が目的だ」

 「くっ……この痴れ者どもめ! ラーナ殿の聖水は、人を助けるためにあるものだ!」

 「ふん、知った事か。さあ、一度だけチャンスをやろう。おとなしく聖女をわたせば見逃してやる」

 チャンスだと。殺気を抑えるのに必死なやつらが、なにほざいてやがる。
 こいつら、余程ラーナが欲しいらしい。

 「ああぁ……なんで……」

 彼女の顔が青ざめる。唇が震え、足がすくんでいた。
 目の前には、あの時彼女を襲った黒服たちが、嘲笑うように立っている。

 ラーナの怯えた声。

 たく、こいつから取柄の笑顔を奪うなよな。

 俺は彼女の手をギュッと握り、はっきりとした口調で言葉を伝える。

 「大丈夫だラーナ、俺がいる。だから安心しろ」

 「う、うん。クレイさん」

 無理矢理笑顔を作るラーナ。
 俺は再び黒服達に、鋭い視線を向けた。

 「―――おい、おっさん! しつこい美少女ストーカーは嫌われるぜ」

 「ふむ、交渉は決裂のようだな」

 5人の殺気が高まる。

 というか抑えていた殺気が解放されたかんじだ。


 「―――身体能力上昇(フィジカルアビリティアップ)
 ―――物理防御力上昇(フィジカルディフェンスアップ)
 ―――魔法攻撃力上昇(マジックアビリティアップ)!」


 他の黒服たちが、隊長に多種のバフ魔法をかける。
 バフ魔法の使用は前と同じくだが、今回は隊長オンリーに全振りか。

 「リタ! 防御に徹しろ! ラーナとユリカを守れ!」
 「はいです! ご主人様!」
 「エトラシア! 剣を抜け! 死ぬほど気合入れろ!」
 「あ、ああ! クレイ殿!」

 俺はポーチから戦闘ポーションを取り出し、一気に飲み干した。

 抜刀して地を蹴り、敵のボスである隊長との距離を一気に縮める。

 ――――――速攻で隊長格を潰して、やつらの統制を崩す!


 よし、あと少しで間合いに―――!?


 くっ…………

 身体の動きがおかしい!

 俺の体が重い……さらに力が抜けていく感覚。五感全体が弱まっていくような。

 素早く周辺を確認すると他の4人が連続で詠唱を続けている。


 「―――身体能力減少(フィジカルアビリティダウン)!」
 「―――物理攻撃力減少(アンチアタックアビリティ)!」
 「―――物理防御力減少(アンチフィジカルディフェンス)!」
 「―――物理速度力減少(アンチフィジカルスピード)!」


 デバフ魔法か……

 「その通りだ! ぬぅっ!」

 俺の眼前に鋼の刃が迫る。
 隊長に斬り込んだ俺だったが、想定外の急激なパワーダウンで意表を突かれ初手を取られた。

 ギンッと剣と剣が交差した。

 「ぬぅ……あれだけのデバフ魔法を喰らってまだその力か」

 意表を突かれて後手を取ったが、まだ俺の身体能力の方が上だ。

 「なるほど、無策でくるとは思わなかったが。こんなプレゼントを用意してくれてたとはな」

 「当然だ、我らに失敗は許されない。聖女は必ず頂く」

 「かってに持っていこうとするな、極悪サンタが!」

 剣のつばせりあいから、いったん離れる俺と隊長。

 「―――総員、作戦を続行せよ! タイナーは魔道具発動!」

 「はっ! 隊長!」

 タイナーってたしか風魔法でっ撤退した時のやつか。この声……女か。

 「ふん、なんだおまえ。わたしが女だからって舐めない方がいいぞ。それに隊長の作戦は完璧だ。どうあがいてもおまえに勝ち目なんかない」

 「タイナー、余計な会話はするな!」
 「は、はいっ! 隊長!」

 「―――身体能力減少(フィジカルアビリティダウン)!」
 「―――物理攻撃力減少(アンチアタックアビリティ)!」
 「―――物理防御力減少(アンチフィジカルディフェンス)!」
 「―――物理速度力減少(アンチフィジカルスピード)!」

 再び隊長以外の4人からデバフ魔法が放たれる。

 連続使用かよ……

 デバフ魔法自体が高度な魔法であり、ごく一部の人間しか使えない。
 それを当然のように使用するこいつらは、やはり相当な手練れたちだ。

 身体からさらに力が抜けていくのを感じる……が。

 おかしいぞ。

 デバフ魔法の効力は一回のみのはず。その身体に与える影響力は一度与えると一定期間発動し続ける。
 重ね掛けしても、同じ魔法では効果は同じだ。

 だが……あきらかに追加の効果が発動している。

 「おまえさんの持つ魔道具か……」

 俺はタイナーと呼ばれた女に視線を向けた。

 「ふっふ~ん。そのとおりだ、この腐れポーション野郎が! 隊長が重複付与効果を発揮する貴重な精密魔道具である、【魔道具:重複付与(オーバーエンチャント)】を準備してくれたんだ! どうだ、すごいだろう!」

 めっちゃ丁寧に説明してくれた。

 「タイナーぁあああ!!」

 「ははぃ!」

 めっちゃ隊長に怒られた。

 にしても、デバフ効果を重ね掛け有効にする魔道具か。
 厄介だな。


 「―――ぬぅうううん!」

 再び隊長の剣撃が俺を襲う。

 くっ……

 衝撃で後ろに足がさがる。

 「ふっ、どうやら私の力が上回ってきたようだな」

 隊長の口角がつり上がり、さらに斬撃を放ってきた。

 くそっ……防御で手いっぱいだ。

 「―――つあっ!!」

 俺は後方に飛び、いったんその場から距離を取ってポーチに手を突っ込む。
 取り出したのは戦闘ポーション。

 「ほぅ……二本目か」

 「そうだ」

 俺は2本目の戦闘ポーションをグッと飲み干した。

 再び俺の体内に力が湧き上がってくる。

 隊長との距離を詰めて、圧倒し始めるが―――

 「―――総員、作戦続行! 奴のポーション効果をおとすんだ!」

 「―――身体能力減少(フィジカルアビリティダウン)!」
 「―――物理攻撃力減少(アンチアタックアビリティ)!」
 「―――物理防御力減少(アンチフィジカルディフェンス)!」
 「―――物理速度力減少(アンチフィジカルスピード)!」

 ちっ……これじゃいたちごっこだ。
 それに戦闘ポーションの連続使用で……くっ……

 頭にズキッと痛みが走る。

 「貴様のポーション。とんでもない威力を秘めているが、身体への負担も相当なものだろう?」

 「俺の体の心配か? まさかまさかの男専門おっさんかよ」

 「フハっ、強がるな小僧。おまえのポーションは使えば使う程、体を酷使する」

 「変態プレイもOKおっさんってか。怖いねぇ」

 「フッハハハ、減らず口を吐いている場合か? さあ~~何本までもつかなぁ!」

 そうだな。正直なところ、あいつの言う通り何本も飲めば俺の体がいかれちまう。


 でもな……俺は1人じゃないんだよ。


 「フェル! 大好きなラーナの為に力を解放しろ! 黒服2人程度ならいけるよな!」
 「キャンキャン!」

 「リタ! 引き続きラーナとユリカを守れ! 守備の要だぞ!」
 「ハイです! ご主人様!」

 「最後にエトラシアぁ! 例のポーション飲んでおいて良かったな! さあ、騎士の力をみせろ! 黒服1人いけるか?」
 「ああ、クレイ殿。言われるまでもない!」

 そうだ、俺には頼れる仲間がいる。

 ぼっちじゃないんだ。

 無限にデバフ魔法を重ねがけ出来るってんなら、かける暇を与えなければいい。
 そう、魔法を使う余裕を無くしてやる。


 「さあ、俺の仲間は手強いぜ。覚悟しろよ」