◯和風の大きな屋敷 昼間 霧がかかっている 千の回想
大人たちが部屋の中で噂話をしている。
「緋」の夫人①「ねえ、聞いた? 天宮に、歴代でも一二を争うほどの強い神力に恵まれた令息が生まれたのですって」
「緋」の夫人②「天宮緋色の再来とも言われている子でしょう。将来が楽しみですわね」
「緋」の夫人①「ええ……でも、力があまりに強すぎて、何度も暴走を繰り返しているようで……この間ついに、実の母親に酷い怪我を負わせてしまったのですって。もう二度と歩けないそうよ」
「緋」の夫人③「恐ろしいわ……」
千の父がぽつりとつぶやく。
千の父「そうだ、あれは天宮緋色の再来なんて物じゃない。ただの鬼だ」
愛情のかけらもない目でそう言い放ち、千を蔑む父。
それを陰で聞いていた幼い千(8歳くらい)は、涙ぐみながらその場を離れる。
◯霧のかかった屋敷の庭 千の回想
その先に、まだ幼い薫子(6歳くらい)が立っている。
薫子「お兄さまのせいで」
薫子が、きっと睨みつけるように千を見つめる。
薫子「お兄さまのせいで、お母さまは歩けなくなったのよ!! 大嫌い、お兄様が怪我をすればよかったのに!!」
ぼろぼろと泣きじゃくる薫子。
薫子「私、お母さまと一緒に行くわ」
千「待って……!」
くるりと踵を返す薫子の後を、ふらりと追おうとする千。
薫子「ついてこないで! お兄さまがいたら……今度こそお母さまは殺されてしまうわ!!」
憎悪のこもった目で薫子は千を睨みつける。
千は涙ぐみながら、ぐっとついていきたい気持ちを堪える。
千「ごめん……母上を頼んだよ、薫子」
弱々しい笑みを見せる千。
その笑みを見て、薫子は何か言いたげなそぶりを見せるが、そのまま踵を返す。
薫子「ひろ、いくわよ」
薫子は尋に呼びかける。
尋「はい、薫子さま」
尋は薫子の一歩後ろに付き従い、ふたりは千の前から去っていく。
そのまま、母と薫子を乗せた馬車が療養のための別邸に向かう姿を見送る千。
千「抑えられるように、ならなくちゃ……誰も、傷つけないように」
◯天宮邸 千の部屋 千の回想
千の父親「神力を常に体の中心から指先まで巡らせるようにしろ」
父親から神力の制御の指導を受ける千(八歳くらい)。
千「でも……父上、これ……すごく痛いです」
幼い千は痛みに涙ぐむ。
その千の頬を、父親は張り倒す。
千の父「痛い? ……お前のせいで足をずたずたに切り裂かれた玲子は、もっと痛かっただろうな。それに比べれば、お前のそれは痛みなどではない!」
千の父は、妻を歩けなくさせた千に対しての憎悪を込めた指導をする。
千「ごめんなさい……ごめんなさい、母さま、父さま……」
ぼろぼろと泣きじゃくる千。
千の父「天宮を継ぐ者がそのような軟弱な態度をとるな。毅然として穏やかに、部下たちの心を惹きつけられるように振る舞え」
千は泣きながら、言われたとおり無理やり笑みを取り繕う(今の笑い方と同じ)。
千の父はまるで妖を見るように目つきで千を見下ろす。
千の父「……不気味な鬼の子め」
千を蔑み、その場を後にする父。
◯天宮邸 千の部屋 回想
少し成長した千(10歳くらい)が、床の上にしゃがみこんでいる。
千は母親が妖に殺される幻覚に悩まされている。
千「待って、お願い、母さまを殺さないで!!」
薄暗い部屋の中で叫んでいる千の様子を見て、陰から使用人たちがひそひそと噂をする。
使用人①「千さまのあれはなに? まるで、狐にでも憑かれたかのような……」
使用人②「強大な神力を抑え込む際に生じる、幻覚なんですって……」
使用人③「まあ……ずいぶん不気味ね。清廉な旦那様とはまるで大違い」
くすくすと笑う使用人たちの声は聞こえているが、千はそれどころではない。
母親や薫子が妖に殺される幻覚が見え続け、ずっと苦しんでいる。
千「……ぜんぶ、ぜんぶころしてやる。妖なんて」
◯天宮邸 リビング 回想
14歳になった千。
痛みと幻覚を覚えながらも平然とした態度を取れるまでに成長している。
母親に似て美しく成長した千を見て、事情を知らない新しく入ってきた使用人たちは憧れの眼差しを送る。
時を同じくして、薫子が神力の修行のため、母親の元から本邸に戻ってくる。
数年ぶりに再会するふたり。
千「薫子、元気そうで何よりだ。お前の優秀な結界については聞いているよ。将来が楽しみだ」
父に教わった通りに張り付いたような微笑みを浮かべる千を見て、薫子は不気味なものを見たと言わんばかりに視線を逸らす。
薫子「……その笑い方、なんだか妖みたいよ、お兄さま」
薫子はそれだけ告げて尋とともに千の前から去っていく。
その後ろ姿を張り付いた微笑みのまま見つめ、ひとりで薫子と反対の方向へ歩いていく千。
◯天宮邸 父の部屋 回想
千が15歳になった夏、千の父親が病に倒れる。
見舞いに訪れる千。教わった通りの張り付いた笑みを浮かべている。
千「お加減はいかがですか、父上」
父親は睨みつけるように千を見上げる。
千の父「私がこのような姿になったのがそれほど面白いか。……お前などに家督を譲らねばならないことが屈辱でならない」
吐き捨てるように告げる父親。
やがて父は母と同じ別邸へ療養のために向かう。
遠ざかる馬車を張り付いた微笑みで見送る千。
◯街はずれ 夜 回想
千、十六歳。
それから、「緋」の任務に天宮の当主として参加するようになる千。
自分の体を顧みない振る舞いで、妖たちを次々と打ち倒していく。
尋「千さま、そのような戦い方では、いつか取り返しのつかないことになります」
千を心配する尋。
千「……別に僕が死んでも、薫子がいるからね。血はあの子が継いでくれるだろう」
自分のことはどうでもいいと言わんばかりに微笑む千。
尋「そういうことではないのですが……」
純粋に千を心配していることが、千に伝わらないことをもどかしく思う尋。
そこに、妖の王、宵が姿を現す。
千「……あれは、妖の王?」
尋「千さま……!! ここは引きましょう、あれは直接対峙してはいけない相手です!!」
尋の制止を無視して、千は一人で宵に攻撃をしかける。
ぼろぼろになり、血まみれになりながらも微笑みを浮かべ、宵を追い詰める千。
宵は捨て身で攻撃を仕掛け、寂しげに微笑む千の姿に、同じ年頃の一花(夜宵)のことを考えてしまい、一瞬だけ反撃が遅れる。
その隙を狙って、千は宵に致命傷を負わせる。
その場に倒れ込む宵。
千「こんなものか……あっけないものだな、妖の王」
冷え切った目で宵を見下ろす千。
宵は千を見上げ、小さく微笑む。
宵「私も弱くなったものだ……私の娘は、こうはいかないだろうがな」
血を吐きながら、長い息を吐く宵。
千は淡々と止めを指す準備をしている。
宵「でも、ようやくだ……ようやく、お前のもとへいける――」
宵は幸せそうに微笑む。同時に、千が神力で止めをさす。
宵「――六花」
幸せそうに事切れた宵を、血まみれのまま見下ろす千。
部下たちは千に賞賛の言葉を送るが、虚しさに囚われている。
◯街はずれ 夜 回想
千、十八歳。
淡々と「緋」の任務をこなし、張り付いたような微笑みを浮かべ、日々をやり過ごす千。
焦った様子の尋が報告をする。
尋「千さま、今まで確認されていないかった強大な力を持つ妖が出現しました。なんでも、他の妖たちを歌声で操っているようで……」
尋の報告を受け、現場に駆けつける千。
そこには、屋根の上で月を背に立つ夜宵と夜雨の姿がある。
夜雨はにやにやと笑いながら千を見下ろす。
夜雨「天宮千、お前が妖の王を――夜宵さまの父上を殺した神力使いだな」
夜雨の隣で、夜宵がじっと千を見下ろしている。※夜宵の顔は見えない。
夜宵「――お前の命、必ずわたしが貰い受ける」
憎悪のこもった声で千に呼びかける夜宵。
そして夜宵は歌を歌い始め、数々の妖たちを千に向かわせる。
千モノローグ(仇討ちか……)
千は妖たちを次々に倒しながらも、どこか虚しさを覚える。
千モノローグ(妖たちにでさえ、あのような親子の絆があるというのに、俺はなんだ)
虚しさを感じる千。
◯街 夜 晴天 回想
十九歳(現代)の千。
神力を抑えるための激痛は日に日に増していき、陰った瞳をするようになる千。
千モノローグ(……こうまでして、生き延びる意味はあるのか)
ふらふらと夜の街を出歩く千。
◯夏月邸そばの丘 夜 晴天 回想
気づけば千は夏月邸の近くの、花畑が広がる丘にたどり着いている。
母親や薫子が殺される幻覚と激痛に悩まされながら、ふらふらと丘をのぼる千。
そこに、屋敷から抜け出し泣きじゃくっていた一花の歌声が聞こえてくる。
一瞬夜宵が現れたのかと身構える千(一花と夜宵は同じ体なので、先入観なしに聞けば声は似ている)
千が声のする方へ近づいていくと、丘の上で歌を歌う一花の姿が視界に飛び込んでくる。
月影に溶け込むような儚げな一花の姿に、目を奪われる千。
物悲しげな歌声にますます一花から目を離せなくなり、ふらりと一花の方へ歩み寄る。
千モノローグ(あれは……月の精? なんて美しいんだ……)
一花のすぐそばまで近づいたところで、一花が千の存在に気づく。
二人の目があう。
一眼で一花に心を奪われる千。
千モノローグ(この日、確かに俺は運命に出会った)
ざあ、と風が吹き抜ける。
千の瞳の奥に、初めて熱が宿る。
千モノローグ(生まれて初めて「守りたいもの」ができた)
一花が屋敷にやってきてからの様子。お菓子を喜ぶ一花、針仕事をする一花、歌を歌う一花。
千と微笑み合う一花。千もいつになく幸せそうにしている。
その一花の腕を、背後から引っ張る夜雨。
一花が夜雨に抱き止められ、ぐったりとしている。
千「一花さん……?」
夜雨「よかったな、守りたいものができて」
夜雨は一花の首筋にくちづけながら、挑発的に笑う。
夜雨「人間らしくないお前の、ようやくできた弱点だ」
千「待て、一花、一花さん……!!」
千の叫びも虚しく、一花と夜雨の姿は暗闇の中へ消えていく。
※回想終了
◯天宮邸 朝 千の部屋
千「一花さん……!!」
悪夢の延長で、一花の名前を叫びながら目覚める千。
倒れた千は寝台の上に寝かされていた。
そばで千の様子を伺っていた一花は驚いて肩を跳ねさせる。
一花「はい……千さま」
おずおずと返事をする一花。
千は焦ったように飛び起きて、咄嗟に一花を抱き寄せる。
千「一花……一花さん、よかった、ちゃんと、ここに……」
一花の肩に顔を擦り寄せるようにして縋り付く千。
同時に、激痛に悩まされ、冷や汗をかきながら痛みに耐えている。
一花はその様子を見て、千の頬をそっと撫で、背中に手を当てて歌を歌う。
しばらく苦しんでいた千だったが、一花の歌を聴いているうちにだんだんと安らかな息遣いに変わっていく。
千「一花さん……ごめん、取り乱してしまって」
いつものような穏やかな表情で微笑み、そっと一花から体を離す千。
一花「千さま……任務とはいえ、あまりご無理はなさならいでくださいませ」
心配そうに千の顔を覗き込む一花。
「千ごめん……君には迷惑をかけたよね。情けないところを見せちゃったな」
どこか気恥ずかしそうに微笑む千。
一花は首を横にふって、そっと千の手に触れる。
一花「迷惑だなんて思っておりません。……ただ、心配なだけです」
おずおずと気持ちを伝える一花。
一花が自分を案じてくれたことに感動し、千はもういちど一花を抱き寄せる。
千「一花さん……もうすこしだけこうしていてもいい?」
甘いふれあいに、頬を染める一花。
戸惑いながらぎこちない返事をする。
一花「……はい」
ぎこちない手つきで千の背中に手を回す一花。
◯天宮邸 食堂 朝 晴天
一花と千が朝食をとっている。
千は穏やかな表情で一花に切り出す。
千「一花さん、よければ今日、以前言っていた桜並木を見に行かないか?」
一花「でも……千さまには休養が必要なのでは……?」
千「このくらい、なんてことないよ」
言葉通り、穏やかに微笑む千。
薫子「へえ、鬼の子でも、そんなふうにも笑えるのね」
食堂の入り口で、嫌味たっぷりに微笑む薫子。
そばには薫子を止められず頭を抱える尋の姿がある。
薫子「怪我をしたと聞いたから、様子を見に来てあげたわよ。兄さま」
優雅に唇を歪める薫子。
一花は驚いて目を見開く。
一花モノローグ(この方が、千さまの妹君――?)
大人たちが部屋の中で噂話をしている。
「緋」の夫人①「ねえ、聞いた? 天宮に、歴代でも一二を争うほどの強い神力に恵まれた令息が生まれたのですって」
「緋」の夫人②「天宮緋色の再来とも言われている子でしょう。将来が楽しみですわね」
「緋」の夫人①「ええ……でも、力があまりに強すぎて、何度も暴走を繰り返しているようで……この間ついに、実の母親に酷い怪我を負わせてしまったのですって。もう二度と歩けないそうよ」
「緋」の夫人③「恐ろしいわ……」
千の父がぽつりとつぶやく。
千の父「そうだ、あれは天宮緋色の再来なんて物じゃない。ただの鬼だ」
愛情のかけらもない目でそう言い放ち、千を蔑む父。
それを陰で聞いていた幼い千(8歳くらい)は、涙ぐみながらその場を離れる。
◯霧のかかった屋敷の庭 千の回想
その先に、まだ幼い薫子(6歳くらい)が立っている。
薫子「お兄さまのせいで」
薫子が、きっと睨みつけるように千を見つめる。
薫子「お兄さまのせいで、お母さまは歩けなくなったのよ!! 大嫌い、お兄様が怪我をすればよかったのに!!」
ぼろぼろと泣きじゃくる薫子。
薫子「私、お母さまと一緒に行くわ」
千「待って……!」
くるりと踵を返す薫子の後を、ふらりと追おうとする千。
薫子「ついてこないで! お兄さまがいたら……今度こそお母さまは殺されてしまうわ!!」
憎悪のこもった目で薫子は千を睨みつける。
千は涙ぐみながら、ぐっとついていきたい気持ちを堪える。
千「ごめん……母上を頼んだよ、薫子」
弱々しい笑みを見せる千。
その笑みを見て、薫子は何か言いたげなそぶりを見せるが、そのまま踵を返す。
薫子「ひろ、いくわよ」
薫子は尋に呼びかける。
尋「はい、薫子さま」
尋は薫子の一歩後ろに付き従い、ふたりは千の前から去っていく。
そのまま、母と薫子を乗せた馬車が療養のための別邸に向かう姿を見送る千。
千「抑えられるように、ならなくちゃ……誰も、傷つけないように」
◯天宮邸 千の部屋 千の回想
千の父親「神力を常に体の中心から指先まで巡らせるようにしろ」
父親から神力の制御の指導を受ける千(八歳くらい)。
千「でも……父上、これ……すごく痛いです」
幼い千は痛みに涙ぐむ。
その千の頬を、父親は張り倒す。
千の父「痛い? ……お前のせいで足をずたずたに切り裂かれた玲子は、もっと痛かっただろうな。それに比べれば、お前のそれは痛みなどではない!」
千の父は、妻を歩けなくさせた千に対しての憎悪を込めた指導をする。
千「ごめんなさい……ごめんなさい、母さま、父さま……」
ぼろぼろと泣きじゃくる千。
千の父「天宮を継ぐ者がそのような軟弱な態度をとるな。毅然として穏やかに、部下たちの心を惹きつけられるように振る舞え」
千は泣きながら、言われたとおり無理やり笑みを取り繕う(今の笑い方と同じ)。
千の父はまるで妖を見るように目つきで千を見下ろす。
千の父「……不気味な鬼の子め」
千を蔑み、その場を後にする父。
◯天宮邸 千の部屋 回想
少し成長した千(10歳くらい)が、床の上にしゃがみこんでいる。
千は母親が妖に殺される幻覚に悩まされている。
千「待って、お願い、母さまを殺さないで!!」
薄暗い部屋の中で叫んでいる千の様子を見て、陰から使用人たちがひそひそと噂をする。
使用人①「千さまのあれはなに? まるで、狐にでも憑かれたかのような……」
使用人②「強大な神力を抑え込む際に生じる、幻覚なんですって……」
使用人③「まあ……ずいぶん不気味ね。清廉な旦那様とはまるで大違い」
くすくすと笑う使用人たちの声は聞こえているが、千はそれどころではない。
母親や薫子が妖に殺される幻覚が見え続け、ずっと苦しんでいる。
千「……ぜんぶ、ぜんぶころしてやる。妖なんて」
◯天宮邸 リビング 回想
14歳になった千。
痛みと幻覚を覚えながらも平然とした態度を取れるまでに成長している。
母親に似て美しく成長した千を見て、事情を知らない新しく入ってきた使用人たちは憧れの眼差しを送る。
時を同じくして、薫子が神力の修行のため、母親の元から本邸に戻ってくる。
数年ぶりに再会するふたり。
千「薫子、元気そうで何よりだ。お前の優秀な結界については聞いているよ。将来が楽しみだ」
父に教わった通りに張り付いたような微笑みを浮かべる千を見て、薫子は不気味なものを見たと言わんばかりに視線を逸らす。
薫子「……その笑い方、なんだか妖みたいよ、お兄さま」
薫子はそれだけ告げて尋とともに千の前から去っていく。
その後ろ姿を張り付いた微笑みのまま見つめ、ひとりで薫子と反対の方向へ歩いていく千。
◯天宮邸 父の部屋 回想
千が15歳になった夏、千の父親が病に倒れる。
見舞いに訪れる千。教わった通りの張り付いた笑みを浮かべている。
千「お加減はいかがですか、父上」
父親は睨みつけるように千を見上げる。
千の父「私がこのような姿になったのがそれほど面白いか。……お前などに家督を譲らねばならないことが屈辱でならない」
吐き捨てるように告げる父親。
やがて父は母と同じ別邸へ療養のために向かう。
遠ざかる馬車を張り付いた微笑みで見送る千。
◯街はずれ 夜 回想
千、十六歳。
それから、「緋」の任務に天宮の当主として参加するようになる千。
自分の体を顧みない振る舞いで、妖たちを次々と打ち倒していく。
尋「千さま、そのような戦い方では、いつか取り返しのつかないことになります」
千を心配する尋。
千「……別に僕が死んでも、薫子がいるからね。血はあの子が継いでくれるだろう」
自分のことはどうでもいいと言わんばかりに微笑む千。
尋「そういうことではないのですが……」
純粋に千を心配していることが、千に伝わらないことをもどかしく思う尋。
そこに、妖の王、宵が姿を現す。
千「……あれは、妖の王?」
尋「千さま……!! ここは引きましょう、あれは直接対峙してはいけない相手です!!」
尋の制止を無視して、千は一人で宵に攻撃をしかける。
ぼろぼろになり、血まみれになりながらも微笑みを浮かべ、宵を追い詰める千。
宵は捨て身で攻撃を仕掛け、寂しげに微笑む千の姿に、同じ年頃の一花(夜宵)のことを考えてしまい、一瞬だけ反撃が遅れる。
その隙を狙って、千は宵に致命傷を負わせる。
その場に倒れ込む宵。
千「こんなものか……あっけないものだな、妖の王」
冷え切った目で宵を見下ろす千。
宵は千を見上げ、小さく微笑む。
宵「私も弱くなったものだ……私の娘は、こうはいかないだろうがな」
血を吐きながら、長い息を吐く宵。
千は淡々と止めを指す準備をしている。
宵「でも、ようやくだ……ようやく、お前のもとへいける――」
宵は幸せそうに微笑む。同時に、千が神力で止めをさす。
宵「――六花」
幸せそうに事切れた宵を、血まみれのまま見下ろす千。
部下たちは千に賞賛の言葉を送るが、虚しさに囚われている。
◯街はずれ 夜 回想
千、十八歳。
淡々と「緋」の任務をこなし、張り付いたような微笑みを浮かべ、日々をやり過ごす千。
焦った様子の尋が報告をする。
尋「千さま、今まで確認されていないかった強大な力を持つ妖が出現しました。なんでも、他の妖たちを歌声で操っているようで……」
尋の報告を受け、現場に駆けつける千。
そこには、屋根の上で月を背に立つ夜宵と夜雨の姿がある。
夜雨はにやにやと笑いながら千を見下ろす。
夜雨「天宮千、お前が妖の王を――夜宵さまの父上を殺した神力使いだな」
夜雨の隣で、夜宵がじっと千を見下ろしている。※夜宵の顔は見えない。
夜宵「――お前の命、必ずわたしが貰い受ける」
憎悪のこもった声で千に呼びかける夜宵。
そして夜宵は歌を歌い始め、数々の妖たちを千に向かわせる。
千モノローグ(仇討ちか……)
千は妖たちを次々に倒しながらも、どこか虚しさを覚える。
千モノローグ(妖たちにでさえ、あのような親子の絆があるというのに、俺はなんだ)
虚しさを感じる千。
◯街 夜 晴天 回想
十九歳(現代)の千。
神力を抑えるための激痛は日に日に増していき、陰った瞳をするようになる千。
千モノローグ(……こうまでして、生き延びる意味はあるのか)
ふらふらと夜の街を出歩く千。
◯夏月邸そばの丘 夜 晴天 回想
気づけば千は夏月邸の近くの、花畑が広がる丘にたどり着いている。
母親や薫子が殺される幻覚と激痛に悩まされながら、ふらふらと丘をのぼる千。
そこに、屋敷から抜け出し泣きじゃくっていた一花の歌声が聞こえてくる。
一瞬夜宵が現れたのかと身構える千(一花と夜宵は同じ体なので、先入観なしに聞けば声は似ている)
千が声のする方へ近づいていくと、丘の上で歌を歌う一花の姿が視界に飛び込んでくる。
月影に溶け込むような儚げな一花の姿に、目を奪われる千。
物悲しげな歌声にますます一花から目を離せなくなり、ふらりと一花の方へ歩み寄る。
千モノローグ(あれは……月の精? なんて美しいんだ……)
一花のすぐそばまで近づいたところで、一花が千の存在に気づく。
二人の目があう。
一眼で一花に心を奪われる千。
千モノローグ(この日、確かに俺は運命に出会った)
ざあ、と風が吹き抜ける。
千の瞳の奥に、初めて熱が宿る。
千モノローグ(生まれて初めて「守りたいもの」ができた)
一花が屋敷にやってきてからの様子。お菓子を喜ぶ一花、針仕事をする一花、歌を歌う一花。
千と微笑み合う一花。千もいつになく幸せそうにしている。
その一花の腕を、背後から引っ張る夜雨。
一花が夜雨に抱き止められ、ぐったりとしている。
千「一花さん……?」
夜雨「よかったな、守りたいものができて」
夜雨は一花の首筋にくちづけながら、挑発的に笑う。
夜雨「人間らしくないお前の、ようやくできた弱点だ」
千「待て、一花、一花さん……!!」
千の叫びも虚しく、一花と夜雨の姿は暗闇の中へ消えていく。
※回想終了
◯天宮邸 朝 千の部屋
千「一花さん……!!」
悪夢の延長で、一花の名前を叫びながら目覚める千。
倒れた千は寝台の上に寝かされていた。
そばで千の様子を伺っていた一花は驚いて肩を跳ねさせる。
一花「はい……千さま」
おずおずと返事をする一花。
千は焦ったように飛び起きて、咄嗟に一花を抱き寄せる。
千「一花……一花さん、よかった、ちゃんと、ここに……」
一花の肩に顔を擦り寄せるようにして縋り付く千。
同時に、激痛に悩まされ、冷や汗をかきながら痛みに耐えている。
一花はその様子を見て、千の頬をそっと撫で、背中に手を当てて歌を歌う。
しばらく苦しんでいた千だったが、一花の歌を聴いているうちにだんだんと安らかな息遣いに変わっていく。
千「一花さん……ごめん、取り乱してしまって」
いつものような穏やかな表情で微笑み、そっと一花から体を離す千。
一花「千さま……任務とはいえ、あまりご無理はなさならいでくださいませ」
心配そうに千の顔を覗き込む一花。
「千ごめん……君には迷惑をかけたよね。情けないところを見せちゃったな」
どこか気恥ずかしそうに微笑む千。
一花は首を横にふって、そっと千の手に触れる。
一花「迷惑だなんて思っておりません。……ただ、心配なだけです」
おずおずと気持ちを伝える一花。
一花が自分を案じてくれたことに感動し、千はもういちど一花を抱き寄せる。
千「一花さん……もうすこしだけこうしていてもいい?」
甘いふれあいに、頬を染める一花。
戸惑いながらぎこちない返事をする。
一花「……はい」
ぎこちない手つきで千の背中に手を回す一花。
◯天宮邸 食堂 朝 晴天
一花と千が朝食をとっている。
千は穏やかな表情で一花に切り出す。
千「一花さん、よければ今日、以前言っていた桜並木を見に行かないか?」
一花「でも……千さまには休養が必要なのでは……?」
千「このくらい、なんてことないよ」
言葉通り、穏やかに微笑む千。
薫子「へえ、鬼の子でも、そんなふうにも笑えるのね」
食堂の入り口で、嫌味たっぷりに微笑む薫子。
そばには薫子を止められず頭を抱える尋の姿がある。
薫子「怪我をしたと聞いたから、様子を見に来てあげたわよ。兄さま」
優雅に唇を歪める薫子。
一花は驚いて目を見開く。
一花モノローグ(この方が、千さまの妹君――?)

