◯天宮邸 針子たちの作業部屋 昼間 
日がよく当たる窓際で黙々と針仕事をする一花。
針子たちが、ちらちらと一花の様子を見ては、一花の手を止めようとする。
針子①「お嬢様……お嬢様がそのようなことなさらないでくださいませ」
一花「何もせずに過ごすのは、なんだか落ち着かなくて……手伝わせてください」
弱々しく微笑む一花。
手際よく、山のようにある針子たちの仕事を手伝っていく。
針子たちは戸惑いながらも、一花の周りで自分の仕事を進めていく。
一花は微笑みながら、そっと窓の外を見上げる。
一花モノローグ(私が天宮邸にきてから、早いもので一週間が経った)
千と共に食事をするシーン、綺麗な着物を着るシーン、暖かい布団で眠るシーンなどを断片的に回想。
一花モノローグ(目覚めてから眠るまでずっと、夢のような毎日だ。)
そっと、自分で頬をつねる一花。痛みにわずかに眉を顰める。
一花モノローグ(……でも、夢じゃないのよね)
頬をさすっていると、背後から千が一花の顔を覗き込む。
千「何してるの、一花さん」
千の登場に、椅子を揺らすほどに驚く一花。
いつの間にか針子たちは壁に整列して深々と礼をしている。
一花「天宮さま……」
とっさに千を苗字で呼んでしまう一花。
千はどこか悪戯っぽい笑みを浮かべて一花の顔を覗き込む。
千「あれ、一花さん。呼び方を忘れてしまったの?」
千に迫られ、緊張で言葉がなかなか出ない一花。
顔を赤くしながら、消え入りそうな声で名前を呼ぶ。
一花「千、さま……」
千「そうそう、その調子」
満足げな笑みを浮かべ、一花に手を差し出す千。
千「庭に可愛い小鳥が来ているんだ。よければ一緒に見に行こう」
一花「ええ……ぜひ」
千の手に引かれるようにして立ち上がる一花。
千にエスコートされるようにして、庭へ向かう。
一花モノローグ(千さまはよくこうして手を引いてくださるけれど……なんだかまだなれないわ)
ほんのりと頬を染めながら、俯き気味に千の少し後ろをついていく一花。

◯天宮邸 庭 昼過ぎ 晴天→曇り
春の花々が咲き乱れる庭に出るふたり。
一花は美しい庭を前に言葉を失う。
千「ほら、あそこに小鳥が」
千が庭に生えている木の枝を指差す。
千の差した方角に視線を向け、小鳥を見つけて笑みを見せる一花。
一花「本当です……可愛い」
その表情を見て、千も微笑む。※一花は気づいていない。
千「この庭は、隠居した父の趣味で作られたんだけど、悪くないと思ってるんだ。一花さんにも、気に入ってもらえたらいいな」
一花は春の美しさに吸い寄せられるように一、二歩歩み出ながら、ほう、とため息をつく。
一花「気に入るどころか、一目で大好きになりました。こんなに美しいお庭を見たのは、初めて……」
心から庭の美しさに酔いしれる一花。
春風が吹き抜け、軽く目を瞑り、一花は小さく歌を口ずさむ。
その歌に聞き入り、安らかな笑みを見せる千。
千「やっぱり、一花さんの歌は特別だ。このところ、ずっと調子がいいんだよ。……ここに来てくれてありがとう、一花さん」
千の役に立てていることを、嬉しく思う一花。
一花「このような歌でよければ、いつでも歌います。……千さまのために」
花々の中で見つめ合い、静かに微笑みあうふたり。
千「今の時期は、街外れにある桜並木も綺麗なんだ。よければ近いうちに見に行こう」
一花「ありがとうございます、ぜひ、見てみたいです」
ふたりがデートの約束を交わしたところで、焦った様子の尋が姿を現す。
尋「千さま! お急ぎで出動のご準備を!」
千「尋、そんなに慌ててどうしたんだ」
尋「あいつです……『百鬼夜行の歌姫』が出ました!」
千「なんだって……?」
一気に神妙な面持ちになる千。
事情が分からない一花は、心配そうに二人のやり取りを見つめている。
千ははっとしたように一花を振り返り、安心させるように笑みを取り繕う。
千「……ごめん、一花さん。『緋』の任務に行かなくちゃ。今夜は荒れそうだから、屋敷から出てはいけないよ」
一花の手をそっと包み込む千。
千「尋、一花さんと薫子を頼んだよ」
尋「お任せください、千さま」
慎ましく礼をする尋。
心配そうに千を見上げる一花。
一花「千さま……どうかお気をつけて」
千「ありがとう。起きて待っている必要はないからね」
千は一花を安心させるように微笑み、庭を後にする。
千の後ろ姿を見守る尋がどこか落ち着かない様子なのを見て、一花は恐る恐る尋ねる。
一花「あの……尋さま、今回の任務は危ないものなのですか?」
はっとして、一花に向き直る尋。
尋はわずかに迷った様子を見せ、ぽつぽつと説明をする。
尋「はい……我々『緋』の宿敵とも言うべき妖が姿を表しそうなのです」
一花「『緋』の皆様の、宿敵……?」
ざあ、と風が吹き抜け、尋は一花を見つめて告げる。
尋「『百鬼夜行の歌姫』」
一花「え?」
尋「そう呼ばれる、強い力を持つ妖がいるのです。彼女は幾百もの妖を歌声で操り、人々を襲わせる……妖の王のような存在です」
深い恨みのこもった尋の言葉に、思わず息を呑む一花。
尋「先ほど、『百鬼夜行の歌姫』の従者の目撃情報があったのです。今までの例から行くと、歌姫も同行していると考えて間違いないでしょう」
尋は軽く頭を下げて一花に言い聞かせる。
尋「……一花さま、千さまもおっしゃっていましたが、今日はくれぐれも屋敷から出ませんよう。この屋敷には対妖用の結界が張ってありますので、ここにいる限りは安全です」
一花「わかり、ました……」
一花は震えるように身を縮こまらせて頷く。
一花モノローグ(わかっていたことだけれど、「緋」の任務って危険なものなのね……)
空には灰色の分厚い雲が立ち込めている。
一花は空を見上げ、まつ毛を伏せて祈る。
一花モノローグ(どうかご無事で、千さま)

◯帝都の外れ 真夜中 晴れ
男性部下①「千さま、こちらです!」
部下たちに誘導され、「百鬼夜行の歌姫」の討伐のために街の中を駆ける千。緋の部隊服を着ている。
人気のないある屋敷の屋根の上から、物々しい歌が聞こえる。
ざあ、と風が吹き抜け、月を背にした夜宵/やよいが千たちを見下ろす。(千たちからは顔はよく見えない)
夜宵の隣には、夜雨/よさめが控えている。
千「やはり来たか、百鬼夜行の歌姫……!」
千は憎悪を込めて夜宵を見上げる。
夜宵はくすくすと笑いながら歌う。風に髪と黒い着物の袖が靡いて見た目はとても美しい。
夜宵の歌に釣られて、妖たちが引き寄せられ、「緋」の隊員たちを襲う。
千は神力で妖たちを倒しながらも、夜宵から意識を逸らさない。
千は部下たちを守りながら、夜宵がいる屋根まで素早く登る。
フード付きの外套で顔を隠しているため、近づいても夜宵の顔を知ることはできない。
千「今日こそ死んでもらう、妖の姫」
強大な神力を使って夜宵を殺そうとする千。
それを夜雨が妖術で受け、夜宵を守る。
そのまま千に反撃をする夜雨。
夜宵は二人の様子を遠巻きに眺めるだけで参戦はしない。千は夜宵にも攻撃しようとするが、全て夜雨に防がれてしまう。
夜雨「今日は夜宵さまの可愛い犬たちに食事をさせに来ただけなんだから、そう躍起になるなよ」
夜雨は軽い調子で笑う。千の攻撃で消耗している気配はない。
千も激しく消耗しているわけではないが、部下の悲鳴が聞こえてハッと地面を見下ろす。
地面の上では数々の妖たちが部下を襲っている。
やむを得ず夜宵と夜雨を諦めて部下たちに応戦する判断をする千。
男性部下②「天宮さま!」
千「集中するんだ。油断をすれば怪我では済まない」
部下たちに指示を出しながら次々と妖たちを倒していく千。
夜雨「あーあ、そんなに殺したら可哀想じゃん。本当、代々天宮の人間って野蛮だな」
夜雨は屋根の上から挑発する。しゃがみ込んで、膝の上で肘をつき、余裕綽々な姿。
対して部下を守ったために、所々傷ついた姿で夜雨を見上げる千。
夜雨「そういえば、お前、婚約者を迎えたんだって?」
夜雨の言葉に、千の顔色が変わる。
夜雨「お前が見初めた女はどれだけ美味いだろうな、なあ、天宮」
笑いながら千を挑発する夜雨。
冷静だった千の表情にわずかに翳りがさす。
千「彼女に手を出してみろ。――一匹残らずお前たちを根絶やしにしてやる」
強大な神力が暴走しかける。
暴走しかけた千の神力に夜雨はわずかに頬を傷つけられ、笑みを深める。
夜雨「いいねえ、あの子はお前の逆鱗ってわけだ」
千と夜雨が睨み合う、
夜雨「会いに行くのが楽しみだよ、よろしく伝えておいてくれ」
歌うように告げ、夜雨は夜宵とともに姿を消す。
二人が消えたことで、妖たちも引いていく。
妖たちが引いていったのを機に、神力を制限し、全身の激痛と幻覚を自覚する千。
一花が夜雨にさらわれる幻覚が見える。ぐったりとした一花の首筋に薄い笑みを浮かべて噛み付く夜雨の姿。
千「くそ……」
ぐしゃぐしゃと前髪を乱す千。
部下①「天宮さま!」
部下たちが慌てて千の元に駆け寄る。
部下③「神力を暴走させかけるなんて……一体どうなさったのです?」
部下②「いつもは僅かな乱れもないのに……」
部下たちの言葉に、千は肩を抑えながら憎悪を込めた笑みを見せる。
千「なんでもない……今日は撤退しよう。怪我人の救護に当たってくれ」
千は冷静に指示を出し、ふらりと歩き出す。
その背後で、任務に参加していた菖蒲が夜雨がいた屋根の上を見上げ、一花のことを思い浮かべ、意味ありげな笑みを浮かべる。

◯天宮邸 一花の部屋 真夜中
大きな寝台の上で、うなされながら目を覚ます一花。
額にはうっすらと汗をかいており、ゆっくりと体を起こす。
一花モノローグ(ひどい汗。悪い夢でも見ていたのかしら、何も思い出せない……)
どくどくと早鐘を打つ胸を押さえ、寝台から降りる一花。
水を飲むために部屋を後にする。

◯天宮邸 廊下 真夜中
真夜中にもかかわらず玄関のほうが騒がしいことに気づき、階段の上から階下を覗く一花。
ちょうど、「緋」の任務から千が帰ってきたところだった。
尋「千さま……そのお怪我、相当無茶をなさったのでは……?」
血と泥で汚れた外套を受け取りながら、眉を顰める尋。
尋「それに、この荒々しい神力はなんです? 何があったんですか?」
心配そうな尋。
だが千は、神力を抑えるための激痛と幻覚に苦しんでおり尋の言葉はまともに届いていない。冷や汗をかいている。
階段を降り、恐る恐る千に近づく一花。
一花「千さま……おかえりなさいませ」
千はいつになく陰った表情をしているが、一花を見るなりふらりと一花の前まで歩み寄る。
千「一花……よかった、一花は、ちゃんとここに……」
譫言のように呟きながら一花に縋り付く。
そのまま、気を失い、一花ごと倒れる千。
千は苦しそうな呼吸を繰り返している。
尋常ではない様子に青ざめる一花。
一花「千、さま……?」