百鬼夜行の歌姫

◯夏月邸 納屋 昼間 晴天
千に抱き上げられた状態のまま、驚きに声も出ない一花。
千は一花を床の上に下ろし、そのまま胸に手を当てて一花の前で礼をする。
千「名乗り遅れてしまったね。僕は、天宮千。代々「緋」の長をしている天宮家の当主だよ。昨年父から家督を継いだんだ」
一花は、雲の上の存在と思っていた天宮の当主を前に、恐縮してしまう。
一花「あの……天宮さま、お間違えではございませんか。「緋」に勤めている優秀な「神力」の使い手は、姉の菖蒲でございます」
千「いいや、君で間違いない。――探し出すのに苦労したんだよ。君が家名を名乗ってくれないから」
一花「それは……私などが夏月の名を出すのは、許されておりませんので……」
千「それは、『神力』を使えないから?」
一花「……はい」
一花は恥じるように俯く。
千「それはきっと違うと思うよ」
千は一花の顔を覗き込む。
千「君は何か特別な力を持っている」
一花「特別な力……?」
千の言葉の意味を図りかねて戸惑う一花。
千は微笑み、事情を説明する。
千「一花さん、僕はね、天宮家に生まれて、幼いころからとても強い『神力』を扱えたんだ」
幼い千が神力を発動するカット。美しく幻想的な感じで。
千「それはとても恵まれていることだと思うけれど……僕の持つ神力はあまりに強大すぎて、度々暴走してしまったんだよ」
千の力が暴走し、周りの人が逃げ惑う姿のカット。
千「……その結果、人を傷つけたこともあった」
一瞬だけ、陰った表情を見せる千(母親の怪我のことを思い出している)。
一花は心配そうに千を見つめている。
千「成長して、どうにか力を抑え込む方法を身につけたけれど……その代償に、いつでも身体中を焼かれるような痛みと、幻覚に悩まされるようになってね。……僕は一生この苦しみと付き合っていくしかないんだと思っていた」
千は、一花を見つめ、ふっと微笑む。
千「でも……違ったんだ。君の歌を聞いて……力を抑えるようになってから初めて痛みと幻覚から解放された」
千は一花の手を握る。はっとする一花。
千「一花さん、君は僕の苦しみを終わらせてくれる歌姫だったんだ」
千は穏やかで美しい微笑みを浮かべ、一花に告白する。
千「……一花さんさえ嫌でなければ、どうか僕の妻になってくれないだろうか」
一花(私が、天宮さまの妻に……?)
驚きのあまり言葉もない一花。
一花(正直、そんな大任を務める自信はない……でも……)
一花は潤んだ瞳でじっと千を見つめる。
一花(この方は私の歌を必要としてくれる……ずっと、そんな方を求めていた)
一花はまつ毛を伏せ、覚悟を決める。
そうしてまっすぐに千を見つめる。
一花「……私のような者でも、天宮さまのお力になれるのであれば、精一杯努めさせていただきます」
千「本当に!? ありがとう、一花さん!」
千は一花を再び抱き上げ、一花の顔を見上げる。
直視され、照れてまつ毛を伏せる一花。
千も嬉しそうにはにかむ。
そんな千の背後から、千の従者・尋/ひろが姿を現す。
尋「どうやらうまくいったようですね、千さま」
意味ありげに微笑む尋。
一花は第三者の登場に驚き、千に抱き上げられている状況のために気恥ずかしさを覚える。
尋「初めまして、一花さま。私は千さまの従者の尋です。どうぞお見知り置きを」
尋は一花に何か言う隙を与えずに納屋の中をぐるりと見回す。
尋「しかし……夏月家のご令嬢ともあろう方が、納屋などにお住まいとは驚きました」
千に抱き上げられたまま、恥ずかしさで真っ赤になる一花。
千「こんな場所では夜は冷えるだろう。……ずっとここに住んでいたの?」
心配そうに一花の顔を覗き込む千。
一花は躊躇いがちにこくりと頷く。
一花「雨風は凌げますから……」
気恥ずかしそうに微笑む一花を見て、千は一花を抱き上げる腕に力を込める。
千「今日からは僕の屋敷に一緒に住もう」
一花「今日から、ですか?」
驚いて目を見開く一花。
尋「千さま、夏月の当主の許可は取っておりませんが……」
千「納屋に住まわせておいて出ていくなとは言わせない。一花さん、必要なものをまとめて尋に持たせてくれ」
千は一花を床に下ろし、荷物をまとめるように促す。
一花は小さな引き出しから古びたかんざしをとると、それを握りしめて千の元へ戻ってくる。
あまりの荷物の少なさに驚く千。
千「それだけ?」
一花「はい。母さまの形見のこのかんざしがあれば、どこへでも行けます」
懐かしむようにかんざしを撫でる一花。
六花が一花の頭を撫でるシーンのカット。ふたりとも笑い合っている。
千「……母君とは仲が良かったんだね」
気遣うように微笑む千。一花は頷く。
一花「歌を教えてくれたのも、母でした。……優しい人でした」
そこに、慌てた様子で夏月の当主がやってくる。
当主「天宮さま。その、ここはほんの仮住まいのようなもので――」
青ざめた顔で一花を虐げていたことを隠そうとする当主。
千は微笑みを浮かべながらも当主をひと睨みし、そっと一花の肩を抱き寄せる。
千「もういいですよ、一花さんには今日から私の屋敷に来ていただきます。それでいいですね? 夏月殿」
納屋に住まわせていた以上、反論はできない当主。渋々頷く。
一花「お父様、今までお世話になりました。不出来な娘で申し訳ありませんでした」
床に手をついてお辞儀をする一花。
当主はぐ、と言葉につまり、視線を泳がせる。
千「さあ、行こう、一花さん」
千は一花の手を引いて、黙り込む当主のそばを通りすぎる。尋もそれについていく。

◯天宮家の馬車 昼過ぎ 晴天
一向は門の方へ移動し、馬車に乗り込む。従者の尋は別の馬車に乗る。
馬車の中は上品で落ち着いた雰囲気。座席には赤い布が貼られている。
初めて乗る馬車に、きょろきょろと落ち着かない様子の一花。
千「馬車は初めて?」
千は微笑み一花の顔を覗き込む。一花は恐る恐る頷く。
馬車は帝都の中心街を通り抜けていく。
母が亡くなってからというもの、屋敷から出たことのない一花は目を輝かせて窓の外を見やる。
千「何か珍しいものがあった?」
一花と一緒に窓の外を覗き込む千。
一花は微笑みながら、景色を眺め続ける。
一花「いえ……こんなに素敵な街並みを次に見られるのはいつかわかりませんから、目に焼き付けているのです」
千は思わずくすりと笑う。
千「君が望むならいつでもこよう」
一花は軽く俯きながら、ぎゅう、と手を握りしめる。微笑んではいるが浮かない表情。
一花「……私などに、そのようにお気遣いくださってありがとうございます、天宮さま。私、目一杯歌を歌いますね。天宮さまがご所望される時間にいつでも、どれだけでも歌います」俯いたまま、必死でアピールをする一花。
慌てて一花の方に手を添え、顔を上げさせる千。
千「一花さん、僕は君を使用人として迎え入れるわけじゃない」
一花と千の目線が合う。
千「僕たちは今日から対等な婚約者なんだ。そんなふうに思い詰めないでほしい」
真摯に訴える千。
一花モノローグ(建前ではなく、本当にわたしを婚約者として扱ってくれるつもりなの……?)
戸惑いながらも、嬉しさに小さく微笑む一花。

◯天宮邸 昼過ぎ 晴天
白亜の屋敷の前で馬車は止まり、千は一花をエスコートしながら馬車から降りる。
緊張しながら、屋敷と向かい合う一花。
千「ここが、天宮の家だよ」
一花と並び立ち、屋敷を紹介する千。一花は緊張した面持ちのまま。
千「大丈夫、この家に天宮の者は僕と妹しかいないんだ。妹は任務の時以外は、あの離れに引きこもっているし……君が気を使うような相手はいないはずだよ」
一花を安心させるように微笑む千。
玄関の前では、使用人たちが出迎えている。
千「みんな、ただいま。伝えていた通り、この女性が僕の婚約者となった夏月一花さんだよ。未来の天宮の女主人だ。くれぐれも丁重に扱ってほしい」
使用人たちにも穏やかな態度の千告。
使用人①「かしこまりました、千さま。一花お嬢様、ご用がございましたらいつでも私たちにお申し付けくださいませ」
使用人たちは千の言いつけ通り、礼儀正しく一花に接する。
使用人同然の暮らしをしていた一花は敬われることに慣れておらず、使用人たちと同じくらいに深い礼をする。
一花「こちらこそ、不束者ですが、よろしくお願いいたします」
千は一花の様子を見て微笑ましく笑いながら、女性の使用人たちに告げる。
千「じゃあ、まずは一花さんの身の回りの支度を整えてあげてくれ」
一花モノローグ(私の身の回りの支度…?)
考えている間に、女性使用人たちに手を引かれるようにして屋敷の奥へ引っ張られていく一花。

◯天宮邸 浴室 夕方
女性使用人たちに連れられ、ゆあみをする一花。
久しぶりに浸かる湯船に、心地よさを感じる一花。
一花モノローグ(何から何まで、夢みたい……夢なら、このまま覚めてほしくないな)
やがてお湯から上がり、肌着に着替えると、女性使用人たちがああだこうだと一花の着物について話し合っている。
使用人①「一花お嬢様は薫子お嬢様と同じ歳とお聞きしました。このくらいの明るいお色でもいいはずです」
使用人②「しかし、天宮の女主人となる方です。落ち着いた色の方が威厳が増すというものでは?」
やがて一花が浴室から出てきたことに気づくと、慌てて深く礼をする使用人たち。
使用人①「お見苦しいところをお見せいたしました。一花お嬢様、お召し物はいかがいたしましょう」
目の前には青系の着物、黄色系の着物、淡い赤の着物が置かれている。
あまりに上等な着物を前に、言葉を失う一花。
使用人②「もしお気に召すものがなければ、他のものをお持ちいたします」
一花「いいえ! ただ……こんな上等なもの……私が着てもいいのでしょうか……」
自信なさげな一花に、使用人たちは微笑む。
使用人①「もちろんです、いずれも一花お嬢様のものですから、ご気分のままにお選びください」
使用人たちに優しく促され、おずおずと一花はいちばん番控えめな淡い赤のものを選ぶ。
一花「……では、これで」
使用人①「まあ、それは千さまがお選びになったものですわ」
使用人②「さっそくお支度を整えます」
着物を着付けられ、髪を整えられる一花。

◯天宮邸 リビング(洋風) 夕方
使用人たちに連れられ、千の前に姿を現す一花。
きちんと衣服を整えた一花は目を瞠るほどに美しくなっている。
千「一花さん……とても綺麗だ。その着物を着てくれたんだね」
一花は恥ずかしそうに微笑みながら礼をする。
一花「千さまが選んで下さったと伺いました。……ありがとうございます」
どこか気恥ずかしそうに微笑み合いながら、千は立ち上がり、一花に椅子をすすめる。
千「ちょうど今お茶を淹れたところなんだ。一緒にどうかな」
一花「……では、お邪魔します」
千に薦められるがままに椅子に座り、お茶を楽しむ一花。※使用人たちは退室済み。
千は穏やかに一花を眺めていたが、不意に痛みを覚えたように手を震わせ、ティーカップを置く。そのまま背中を丸めるようにして痛みに堪える千。
一花は驚いて千のそばに歩み寄る。
一花「天宮さま……?」
千「ごめん……いつものことなんだ。神力の、副作用で……」
冷や汗を耐えながら痛みに耐える千。
千はすがるように一花を見上げる。
千「一花さん、よかったら今ここで一曲聞かせてもらえないだろうか」
一花モノローグ(私の歌などに、本当にこの方の痛みを和らげる力があるのかしら……)
自分の力を疑いつつも、千のそばで柔らかく歌い出す一花。
一花の歌を聴いているうちに、千の顔色が見るからによくなる。
一花モノローグ(本当に、痛みが引いて……?)
驚きながらも一曲を歌い終えると、千はすっかり元通りの体調になっている。
拍手をして一花を褒める千。
千「本当にすばらしい歌声だ」
千からのまっすぐな賞賛を気恥ずかしく思いつつも、嬉しくなる一花。
千はそっと一花の手を取って、大切そうに包み込む。
千「ありがとう、一花さん……おかげで嘘みたいに痛みがなくなったよ」
照れたように微笑み返す一花。
一花モノローグ(嬉しいな……こんなふうに誰かに歌を聴いてもらえて、しかも誰かの役に立てるなんて)
一花「私も、夢のようです。こうして誰かに歌を聴いてもらえるなんて」
柔らかな微笑みを見せた一花に一瞬見惚れる千。
照れを隠すように一花を再び席に座らせる。
千「お茶が冷めてしまったかな。焼き菓子もあるんだ。一花さんにぜひ食べて欲しい」
微笑みあう一花と千。楽しげなお茶会の雰囲気。

◯夏月邸 菖蒲の部屋 夕方
ばさり、と千から送られた着物を畳の上に投げつけ、怒りを露わにする菖蒲。
壁際に控えた使用人たちがびくりと肩を震わせる。
菖蒲「っ……落ちこぼれの分際で、私に恥をかかせるなんて……!!」
懐から小刀を取り出し、着物を切り裂く菖蒲。怒りで顔が歪んでいる。
菖蒲「許さない……許さないわ、一花!!」
切り裂いた着物の切れ端に、一輪の花が刺繍されている。
菖蒲「今に見ていなさい……私を怒らせた報いを受けさせてやるわ……」
美しいが夜叉のような笑みを浮かべる菖蒲。