古都琴子は好きに生きるので、悪しからず

    

    *


 「……これで満足?」

 これまでのことを一気に話したあと、私は皮肉っぽく笑ってそう呟いた。

 「いいねえ、その顔。やっと乃亜さんの本心を垣間見れた気がするよ」

 古都さんは妙に満足げだった。

 手元のネタ帳には、びっしりと文字が並んでいる。私の話に「へえ、ふうん」と適当きわまりない相づちを打ちながら、せっせと書き込んでいた。うざ。

 「人が隠してたこと暴いて、さらけ出させて、ネタが見つかってそんなに嬉しい?」

 「嬉しいよ」

 平然と答えるのがまた腹立たしい。うざ。

 「性格悪いね」

 「どうとでも言えばいい」

 古都さんが余裕綽々といった表情で笑った。

 「なんと言われても私は気にしない。私は私がやりたいことをやってるだけ。それに対して誰がなんと言おうと私には関係ないし、私には私がやりたいことをやったという満足感があるだけ」

 「それで相手が嫌な気持ちになっても?」

 「そんなの気にしてたら何もできないよ。たとえば、芸能人が結婚を発表しただけで傷ついたり怒ったり妬んだりする人もいるでしょ。誰が何をやっても、それがたとえどんなに良いことであっても、どこかの誰かは勝手に不快になったり憤慨したりする。そんなのいちいち気にしてたら誰も何もできなくなるよ」

 「…………」

 なんだか正論みたいに思えてきて、納得させられてしまいそうな自分が嫌だった。

 だから私は少し反撃したくなって、

 「私は古都さんが嫌い」

 と思わず言った。目を逸らしてしまったのが悔しい。

 「知らいでか」

 と古都さんはくすくす笑った。

 「気づいてたの?」

 「大嫌いオーラがビシバシ出てたからね」

 けっこう隠してたつもりだったんだけど。やっぱり意外と人のことを見ているし、鈍感でもないらしい。

 「……強いんだね、古都さんは」

 褒めるつもりではなく、むしろ貶すつもりだったけれど、なんだか褒めてるっぽくなってしまった。悔しい。

 「まあね、私は強い私が好きだから」

 「へえ……」

 「強くあろうと決意すれば、強くあれるんだよ。人は」

 私は目を上げた。

 古都さんはにんまり笑ってる。

 強くあろうと決意すれば。ということは、古都さんは、強くあろうとしているということだろうか。

 本当は、強くない?

 「それで乃亜さんはどうしたいの。実彩子さんのこと」

 「…………」

 どうしたいって、そんなの決まってる。

 学校に来てほしい。それは無理でも、昔みたいに仲良くしたい。

 「なんでできないの?」

 心の声を読んだみたいに古都さんは言った。

 「だって……私そういうキャラじゃないもん」

 不登校になった子のために、人目も気にせず何かをするというのは、たとえば猪飼くんみたいに、何をどうやっても好感度しか生まないような人なら、簡単にできるだろう。

 でも、モブ女子その五みたいなキャラの私が、いきなりやりだしたら、みんなびっくりするだろう。そして何か言われるだろう。陰でこそこそと。

 たぶん、私が古都さんみたいに可愛くて美人だったら、古都さんみたいに自分に自信があったら、古都さんみたいに強かったら、私だって実彩ちゃんのこと、絶対ここまで放っておかなかった。

 そこまで考えて、唐突に腑に落ちる。

 私がこれほどまでに古都さんを疎ましく感じる理由。

 それは、彼女が実彩ちゃんの席を奪ったこと、それだけじゃなくて。

 彼女が実彩ちゃんの席に座りたいと言ったあのとき――誰も何も言わなかったから。

 いくら四月から一度も学校に来ていないからって、実彩ちゃんがみんなから空気みたいに、元からいない人みたいに扱われたこと。先生までもが実彩ちゃんをクラスの人数に入れていないように考えていたこと。

 それは、古都さんが来る前から、なんとなくわかっていた。誰も実彩ちゃんのことを話題にしなかったし、いつ来るのかななんて言う人もいなかった。

 わかってはいたけれど見ないようにしていた事実を、古都さんの登場によって目の当たりにさせられて――ああ、違う。

 私がいちばんショックだったのは、本当にショックだったのは、実彩ちゃんが学校に来ないことを当たり前のように受け入れていた自分に気づかされたからだ。

 自分の薄情さを突きつけられたからだ。

 古都さんのことは嫌いだけれど、自分のほうがもっと嫌いだ。大嫌いだ。

 大事な友達を助けられず、助けようともせず、助けられない事実を甘んじて受け入れて自分をごまかし、平然と過ごしている自分。

 私、こんな人間じゃなかったはずなのに。いつからこんなふうになっちゃったの?

 ふいに実彩ちゃんの優しい笑顔が、可愛い声が甦ってきた。

 実彩ちゃん。会いたいよ。出てきてよ。

 そう思うくせに、なんにもしてこなかった。自分を守るために。

 「……私、最低だ。ほんとに最低……」

 俯いて頭を抱え、自嘲するように呟くと、ふっと笑う声が降ってきた。

 「じゃあ、今から最高になればいい」

 なんでもないことのように古都さんが言った。

 「やりたいことをやればいい。誰に許可をとる必要も、誰の顔色を窺う必要もない。乃亜さんがやりたいからやる、それ以上の真理なんかないよ」

 やりたいことをやる。それだけのこと。

 なのに、どうしてこんなに、怖いんだろう。

 でも、目の前にいるこの変な人は、この怖さを乗り越えてきた人なのかもしれない。

 そう思うと、不思議と指に力がこもり、気づけばこぶしを握っていた。

 ぐっ、ぱっ、と握って開いて、その手でスマホを取り出す。

 ずっと触れずにいた実彩ちゃんとのトーク履歴。

 数ヶ月ぶりに開いた。


 《久しぶり。突然ごめんね。あのね――》