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 「古都さん……さっきは、ありがとう」

 休み時間、私は勇気を振り絞って古都さんの席に向かった。

 考えて考えて頭の中で何度もシミュレーションした言葉を、なんとかつっかえずに言えた。

 古都さんはひょいと首を傾げる。

 「あれは別に流奈さんのためじゃないよ。言いたいから言っただけ。でも、どういたしまして」

 さらりと笑う姿もかっこいい。

 古都さんが立ち上がり、どこかへ行きそうになったのて、私は思わず「あっ」と声を上げた。

 「あ、あの! 古都さん!」

 「ん? なあに?」

 古都さんは振り返り、にこりと笑って私を見る。振り向いた拍子に、長い黒髪がさらさらと揺れて、窓の光を反射して、すごく綺麗だった。

 「あの、何か、お礼を……」

 お礼なんて、口から出任せだった。本当はただ古都さんと少しでも長く話したかっただけ。

 「お礼? そんなのいらないのに」

 「えと、あの、でも……」

 ジュースやお菓子をおごるとか、そういうことを考えていたら、古都さんが「あ」と何かを思いついたように声を上げた。

 「それじゃあ……」

 彼女が机から何かを取り出す。

 それは小型のノートで、表紙には綺麗な字で、

 『文芸部長・古都琴子のネタ帳』

 と書かれていた。

 そのノートをひらりと揺らして、古都さんがにんまりと笑う。

 「――流奈さんの話、聞かせてくれない?」

 私の話なんて、なんにも面白くない。

 私なんかより面白い話ができる人が、たくさんいる。

 でも、他でもない古都さんが、そう願ってくれるのなら。

 「――私で、よければ……」

 私は竦む足を一歩踏み出す。震える翼を大きく羽ばたかせる。

 「流奈さんが、いいんだよ」

 古都さんは、太陽の女神みたいに笑った。