2025-10-28
『乾杯のあとで』

「俺、結婚するんだよね」

長い付き合いの友達が居酒屋で突然
そんなことを言ってきたから驚いて。

「お、おめでとう」としか言えなかった。
「羨ましいな~」みたいに冗談は言えず。

面食らってしまった。

友達が長い間、付き合っていた彼女とは
少しばかり僕も仲良くしていた訳だから
ここが結ばれるのなら嬉しいのだけれど。

幸せそうに笑う顔が、やけに眩しく見えた。
まっすぐ見返す勇気が、少し足りなかった。

「よかった、よかった」と言って僕は
枝豆を食べる素振りをして下を向いた。

「お前に1番に伝えたくてさ」
「なんたって1番の親友だし」

友達の台詞1つ1つまでもが眩しい。
きっと僕が使うつもりのない台詞を
友達は容赦なく口から放ってしまう。

「親友か、僕は幸せ者だよ」と言うと
「何言ってんだよ、俺もだよ」と友達。

長い時間の交際期間を経て
ようやく結婚へと踏み切り。

それは果てしなく幸せなことだ。
ただ、僕には彼女がいないから。

結婚に踏み切った人の幸福度が一体
どの程度なのか理解できそうになく。

けれど友達の満面の笑みを見ていると
人生で数回しか訪れない絶頂の幸福が
今なのだろうとは容易に想像がついた。

「結婚式、呼んでくれよ」と僕は言った。
冗談を言えるほど落ち着いてきた頃合い。

「結婚式だけではないぞ、お前は」
「友人代表スピーチもよろしくな」

そんなことを言われてしまい、号泣。
お酒のせいもあってか、涙腺が脆く。

「なんだよ、泣くなよ~」と友達は言うが
友達もお酒のせいで涙腺が脆くなっていて。

泣いている。

友達の未来予想図では僕は生きていて
友人代表スピーチを頼まれている訳で。

実は今日、最後に友達と会って
この世を去ろうと思っていたが。

まだ生きているべきだと思った。
友達に、間接的に救われるとは。

悲しいかな、それとも嬉しいかな。

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