2025-10-31
『僕の胸はやられた』

「失ってから気付くことばかり」

僕の親友は最近、失恋をしたばかりで
彼女という存在を失ってからようやく
様々なことに気付き始めたのだと言う。

「俺さ、大学生の頃は絶えずに彼女がいて」
「社会人になった今、大切さに気付いたよ」

久しく会っていなかった親友は
居酒屋でボソッと僕に語りかけ。

「凄いな、絶えずに彼女がいたことは」
「どんなことに気付いたっていうんだ」

少し離れた席では大学生が
盛り上がっていて少し煩い。

「まずな、連絡をすれば返ってくるみたいな」
「あれさえ当たり前じゃないんだと気付いた」

注文していた刺身の盛り合わせが届く。
醤油を小皿に入れながら僕は一言だけ。

「相手もお前に対して好意を抱いていたから」
「返していただけで、今は好意がないからな」

刺身を食べる親友の表情は、哀しそう。
美味しいものを食べても笑顔になれず。

「他に、別れる予定なんてなかったからさ」
「これからの予定が埋まったままなんだよ」
「ライヴも旅行も行って楽しむはずだった」

悲しいかな、カレンダーを見れば予定があるのに
失恋を経て、意味を為さなくなってしまうことが。

「別れて暇な時間が増えてしまうというのは」
「余計に考え込んでしまってしんどくなるね」

僕の言葉に親友は大きく頷きながら
「でもお前に救われたよ」と言われ
「何かしたっけ?」と親友に訊いた。

「お前は気付いていないかもしれないけど」
「別れたことを連絡したときにお前は一言」
「会おう、予定合わせるって言ってくれて」
「俺、その言葉を見て泣いたんだよ、実は」

そんなことを言い切った親友は麦酒を
ガバっと飲み切り、そして涙を流した。

「泣くなよ、とことん笑って過ごそう、今夜は」
「僕が帰ってから泣いてくれよ、お願いだから」

照れくさくて、言いたくない台詞を言った。
「思う存分、泣け」と言うべきだったはず。

けれど、親友は「そうだな」と涙を拭って
僕のほうを向いて「ありがとう」と言った。

そのときの情景が親友との出会いでもある
小学生の頃と似てるような雰囲気があって
懐かしさと愛おしさに僕の胸は、やられた。

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