2025-11-04
『恋人を抱える』
いま私は、恋人を抱えている。
温かくて様々な思い出が蘇る。
一緒に花火を見に行ったというのに
恋人は花火よりも私を見つめてくる。
一緒にお花畑へ行ったというのに
お花よりも私の写真ばかりを撮る。
一緒に美味しいレストランへ行ったというのに
「どう?美味しい?」と私の感想ばかりを求め
自分がどう思っているかだなんて考えておらず。
いつも私のことを、思ってくれる人だった。
だから私が体調を崩しただけだというのに。
バイクでわざわざ私の家まで来ようとする。
「大丈夫だよ!」と伝えても来ようとする。
「ありがとう、じゃあまた後で」と連絡をして
恋人が私の家へ来てくれるのを待っている最中。
彼方からサイレンの音が聞こえる。
どうも、胸がざわついてしまって。
「今どの辺?大丈夫?」と送ってしまった。
ただ、時計の針が進む音だけが部屋に響く。
幾つくらい針が回った頃だっただろう。
「大丈夫だよ、どうした」と恋人から。
「何かあった?体調悪い?」と続かれ。
「ううん、大丈夫。ちょっと不安だっただけ」
サイレンの音と恋人は無関係なのだと思うと
胸の奥にあったざわつきが自然と晴れていき。
「気を付けてね、待ってるよ」と連絡をした。
既読がつかないことから、出発したのだろう。
けれど、待てど待てど恋人は訪れることなく。
いつもなら着いてもおかしくない時間を過ぎ。
また不安になって、「大丈夫?」と連絡をした。
悪かった体調が余計に悪化するほど不安を抱き。
流石におかしい、と思い立って電話をするが。
電話にも出てくれないしどうなっているのか。
日も暮れ、部屋が暗くなっていく。
そして何もないまま、翌朝になり。
電話が鳴った。
恋人かと思ってすぐに出たけれど
恋人ではなく冷静な警察官だった。
「〇〇さんのことでお話がありまして」
「〇〇さんのことをご存じでしょうか」
ええ、知っていますとも
なんせ愛してましたから
世界で1つだけ、私の求める温もりが
世界からいなくなってしまったのだと。
・・・
それから数日が経ち
恋人の葬式が行われ。
喪服の人が溢れかえっている火葬場で
恋人の母親からこんなことを言われた。
「あなたが〇〇さんね、いつも息子がね」
「あなたのことを嬉しそうに話してたわ」
「息子を抱いてバスに乗ってくれない?」
火葬場から葬儀場までバスで移動をする間
私が恋人のことを抱いても良いということ。
きっと母親は愛する息子を抱きたかっただろうに
私の思いを汲み取ってくれてそんなことを言った。
「ぜひ、抱かせてください」と母親に言い
軽くなった恋人を私は力いっぱいに抱いた。
もう世界からいなくなってしまったのに
まだ骨壺は温かくて様々な思い出が蘇る。
きっと恋人の発する温もりではないだろうけれど
一緒にいた時間に恋人が発した温もりに似ていた。
--
『恋人を抱える』
いま私は、恋人を抱えている。
温かくて様々な思い出が蘇る。
一緒に花火を見に行ったというのに
恋人は花火よりも私を見つめてくる。
一緒にお花畑へ行ったというのに
お花よりも私の写真ばかりを撮る。
一緒に美味しいレストランへ行ったというのに
「どう?美味しい?」と私の感想ばかりを求め
自分がどう思っているかだなんて考えておらず。
いつも私のことを、思ってくれる人だった。
だから私が体調を崩しただけだというのに。
バイクでわざわざ私の家まで来ようとする。
「大丈夫だよ!」と伝えても来ようとする。
「ありがとう、じゃあまた後で」と連絡をして
恋人が私の家へ来てくれるのを待っている最中。
彼方からサイレンの音が聞こえる。
どうも、胸がざわついてしまって。
「今どの辺?大丈夫?」と送ってしまった。
ただ、時計の針が進む音だけが部屋に響く。
幾つくらい針が回った頃だっただろう。
「大丈夫だよ、どうした」と恋人から。
「何かあった?体調悪い?」と続かれ。
「ううん、大丈夫。ちょっと不安だっただけ」
サイレンの音と恋人は無関係なのだと思うと
胸の奥にあったざわつきが自然と晴れていき。
「気を付けてね、待ってるよ」と連絡をした。
既読がつかないことから、出発したのだろう。
けれど、待てど待てど恋人は訪れることなく。
いつもなら着いてもおかしくない時間を過ぎ。
また不安になって、「大丈夫?」と連絡をした。
悪かった体調が余計に悪化するほど不安を抱き。
流石におかしい、と思い立って電話をするが。
電話にも出てくれないしどうなっているのか。
日も暮れ、部屋が暗くなっていく。
そして何もないまま、翌朝になり。
電話が鳴った。
恋人かと思ってすぐに出たけれど
恋人ではなく冷静な警察官だった。
「〇〇さんのことでお話がありまして」
「〇〇さんのことをご存じでしょうか」
ええ、知っていますとも
なんせ愛してましたから
世界で1つだけ、私の求める温もりが
世界からいなくなってしまったのだと。
・・・
それから数日が経ち
恋人の葬式が行われ。
喪服の人が溢れかえっている火葬場で
恋人の母親からこんなことを言われた。
「あなたが〇〇さんね、いつも息子がね」
「あなたのことを嬉しそうに話してたわ」
「息子を抱いてバスに乗ってくれない?」
火葬場から葬儀場までバスで移動をする間
私が恋人のことを抱いても良いということ。
きっと母親は愛する息子を抱きたかっただろうに
私の思いを汲み取ってくれてそんなことを言った。
「ぜひ、抱かせてください」と母親に言い
軽くなった恋人を私は力いっぱいに抱いた。
もう世界からいなくなってしまったのに
まだ骨壺は温かくて様々な思い出が蘇る。
きっと恋人の発する温もりではないだろうけれど
一緒にいた時間に恋人が発した温もりに似ていた。
--


