2025-10-14
『花』

毎年、1本だけ花が届く。

だから12月20日の予定表には毎年
「花が届く」と書いているのだけれど。

どうして届くのかだけは不明だった。
花屋に聞けば済む話なのだけれども。

聞いてしまうのは気が引けてしまい
今年もその日を迎えてしまっていた。

折角、綺麗な花が1本だけ届くのだから
枯れないようにお世話をしていたけれど。

すぐに枯らしてしまって悲しい。

花のお世話に長けていた妻ならば
すぐに枯らすことなんてないのに。

「ごめんね」と花に向かって囁く。
このやり取りが毎年のように続く。

・・・

そんな或る日のことだった。
見慣れた顔の花屋を見つけ。

少々時間にも余裕があったので
その花屋に入ってみたけれども。

すぐに出てきてしまった。
とあることを思い出して。

この花屋は妻に花束を渡すため
1度だけ利用したことがあった。

どうして忘れていたのだろう。
忘れちゃいけない記憶なのに。

あの頃は妻ではなく彼女だった。

プロポーズをするために花束を用意し
そこから妻になってくれたのだけれど。

あれ以降、この花屋のことを忘れていた。
妻に渡した花束には小さなロゴがあった。

そのロゴがこの花屋のものであり
毎年届く花にもそのロゴがあった。

どうして気付けなかったのだろう。
今更、気付いても妻はいないのに。

花屋に再び入り、見慣れた店員さんに対し
「いつもありがとうございます」と言って
「どうして毎年届くんですか?」と訊いた。

店員さんは少し困った表情をしていたけれど
「あなたの奥さんに頼まれたので」と言った。

「理由とかは聞いていますか?」と再度訊く。

「あなたから貰った花束が嬉しかった」
「バレぬようにお返しをしてみたいの」
「奥さんはそう言っていた気がします」

妻は3年前に亡くなってしまった。
病が悪化してしまい、すぐのこと。

その年にも花が届いたから
いたずらかと思ったけれど。

今思えば、プロポーズみたいなものなのだと。
妻から僕に対しての思いだったと初めて知り。

泣いた。花屋で豪快に泣いた。
店員さんはただ微笑んでいる。

「すみません、うるさいですよね」と僕。
「いえ、泣いてしまいますよね」と店員。

・・・

翌年にも花屋さんが1本の花を届けに来た。
いつもチャイムを押してくれるのだけれど。

僕は待ちきれそうになく外にいた。
遠くから花屋の車が近付いてくる。

僕の目の前に止まった花屋の車から
店員さんが降りてきて僕にただ一言。

「お花を届けに来ました」

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