「あ、若菜先輩~~! これから、いいっすか?」
 カメラを首から下げて、類がきいた。
「ダメ」
 両腕でバツをつくってみせ、若菜はすたすたと弓道場へとむかう。
「え~~っ、せんぱ~~い」
 類はすかさずあとを追った。
「なんか、気分のらない。今日はパス」
 歩みをとめることなく、若菜はこたえる。
「そんな~~」
 類もついて歩いた。
「じゃ、見るだけ」
「どうしてよ」
「いいでしょ? 見学」
 行こ、行こ。類は若菜を引っ張るように校舎の向こうへ消えた。
「類ってさ、若菜さん、好きよね」
 あとにつづく写真部女子部員がいった。
「だね。なんか、声が違うもん」
「ね~~」
 部員たちは言いあった。
 そうなのだ。たしかに類は若菜になついている。若菜には相手にされないけれど。
 いや、そんなことないのかな。みんなの手前、知らんぷりしてるだけで、若菜ちゃんだって、悪い気はしてないのかも。
 楓は考えた。
 若菜ちゃんが類くんを好きになったって、全然おかしくないんだ。あんなに素敵な類くんだもの。少々、年下だからって、どうってことない。お似合いだ。きりっとした若菜ちゃんと、かっこいい類くん。
 もしかして、僕に気を遣ってくれてるのかな、若菜ちゃん。僕はかまわないのに。だって、僕と類くんなんて、何の望みもないんだから。
「ごめん、きょう、先に帰るね」
 楓は部員に告げると、弓道場に背をむけた。

 それからの楓は、類に誘われても断ることが増えた。
「先輩、撮影行きましょ」
 類はめげずに誘った。
「あ、ちょっと、僕は、ごめん」
「え~~っ、行きましょうよお」
 類はくいっと腰をひねってみせる。
「うん、でも、ちょっと、進路のことで呼ばれてるから」
 進路。三年生にとって、それは最重要事項であり、最良の言い訳だった。
「そっすか~~」
 さすがの類も「進路」という印籠の前ではおとなしい。
「ごめんね、類くん。みんなを頼むね」
 一応、部長らしく言ってみる。
「まかせてください」
 類は胸をはる。
 実際、僕は三年生で、こうしていられるのも、あと少しなんだ。
「ありがとう。類くんがいるから、ぼく、安心だ」
 湿っぽくなりそうで、楓は急いで部室をでた。
 若菜の部活を待つのもやめた。
「帰るんですか?」
 不思議そうに類がきく。
「類くん、待ってあげてよ」
 楓はこたえた。
 そんなことが何日か続いたあとのことだ。
 校門をでた楓の前に類が立ちはだかった。
「先輩、なんか、さいきん、おれを避けてません?」
 ずいっと類が近づいてきた。
「え、いや、そんなこと」
 ほんとうに、そんなつもりではなかった。
「気に入らないことあるなら、はっきり言ってください」
 類の瞳に怒りの炎がちらつく。
「違うよ。そんなんじゃなくて、ちょっと、忙しくてさ……」
「迷惑だったら、出ていきますんで」
 類はびしっと言いきった。
「え」
「おれ、空気読めないんで。邪魔なら邪魔って、はっきり言ってください」
「そんなんじゃないんだよ、ほんとに」
 そこからどうやってなだめて、話をおさめたか、楓には記憶がなかった。いや、おさまらなかったのかもしれないけれど。

 そう。類の気持ちはおさまってなどいなかった。
 帰ってしまった楓にかわり、類は若菜の部活が終わるのを待った。
 そして、ふたりきりになると、茶に誘ったのだ。
「え……」
 若菜は驚きで、足を止めた。
「ちょっと話したいことあるんで」
「あ、うん。でも」
「少しでいいっす」
「う~~ん。じゃあ、そこで」
 若菜は、コンビニのイートインを指さした。
 類は小さくうなずいて、先に立って店に入った。
 同じ制服姿の客がちらほらといる。
 若菜は警戒していた。会話の内容と、その後の展開を。だから、わざと人目につく場所にしたのだが、類はそんなことには気がつかないようだった。
 カフェオレをふたつ買って、席につく。
「若菜先輩、おれ……」
 類は語った。楓についての疑念を。
「嫌われてる?」
 若菜は思い切り語尾をあげた。
「そんなことないよ」
「いいえ。あきらかに避けてます、おれのこと」
「ないないない」
 若菜は激しく手を左右にふる。
「いいえ、わかるんです。おれには」
 類は確信にみちていた。
「楓先輩は特進クラスでしょ? おれは、頭悪くて、就職組だし。つりあわないのはわかってるんすよ。時々、先輩の言ってる日本語わかんないし」
 楓は決して口数の多い方ではない。けれど、写真のこととなると別だ。カメラやレンズのうんちく、撮影のテクニック、写真史のトリビア等々、語りだせば止まらない。聞いてくれる人がいるときには。
「それはね、ふーちゃんの発言がマニアックすぎるだけだから」
 用件がつかめて、若菜はほっと笑顔をみせた。
「ほんとに進路のこと、忙しいんじゃないかな。こっちは弓道の推薦でいくけど、ふ―ちゃんは一般入試狙ってるから」
「う~~ん、そうすかねえ」
 類は、ずずずっとカフェオレをすすった。
「それよりさ、類くん、どうしてそんなこと気にするの?」
 真正面から若菜がきいた。
「それは、おれ、楓先輩が好きだから」
 真正面から類がこたえた。
「え?」
 ええ~~~~っ。叫びたいのを若菜はこらえた。
「楓先輩って、すごく優しいじゃないですか。おれ、先輩の撮った写真みたときに思ったんです。これを撮った人は優しい人なんだろうなって。そしたら、やっぱり、先輩はとっても優しくて」
「あ、ああ、そう」
 それは違う。若菜は思ったが、言わずにおいた。
 類はメルヘンの世界に浸っているのだ。そっとしておくのが正解だろう。
「若菜先輩はどうです? 長いつきあいなんでしょう?」
「まあ、家が近いからね」
 若菜は現実に戻った。
「たんに幼なじみってだけ」
 しっかりと強調した。
「頼りないからほっとけなくて、ついついね」
「うんうん、わかります。そういうとこがかわいいんですよね」
 類ははげしくうなずいた。
「部紹介のとき、転がってたの、なんか、キュンってなって」
「あら~~」
 そんな人もいるんだ。へえ~っ。世の中わからないものだ。
 楓の魅力がわかるのは自分だけだという自負がすこし揺らいだ。
「おかしいですか?」
「あ、ううん。じゃなくて、類くんさ、すんごくもてるのに、ちょっと、不思議っていうか、もったいないっていうかさ」
 どうしてふーちゃん?
「関係ないっす。そんなのは。ただ、ちょっと見た目がいいからってだけでしょ」
 怒ったように類はこたえた。
「おれはね、写真を語ってるときの先輩のきらきらした瞳とか、やさしい声とか、さらさらした髪とか、そんなのが全部好きなんです。ちっちゃいとこも」
「ふう~~ん」
 これは、なんだろう。若菜は冷静に分析をはじめた。
 恋愛感情とは違うものかもしれない。
 類くんのは、ちょっと別の……、ハムスターとか亀とか、そんな小動物にむける愛のような……。
 そうでなければ、お兄さん的なものへの憧れとか?
「ま、とにかくね、ふーちゃんは類くんのこと、嫌ってないから。絶対。わたしが保証する」
 若菜は言いきった。
「ん~~~」
 類はしばらく考えて、言った。
「おれ、やっぱ、告白したほうがいいっすよね」
「え」
 告白? 小動物に?
「だって、言葉にしないと想いは伝わらないでしょ?」
「あ、まあね」
「いつがいいですかね~~。なんか、これっていう日がいいっすよね、誕生日とか」
「そうかもね」
 若菜はもう驚かなかった。
「いつですか?」
 あ、知らないのか。
「もうすぐだよ」
 ラッキーかな。類にとっては。
「来週」
「げ」
 類はカフェオレのパックを握りつぶした。
「若菜先輩!」
「はい?」
「行きましょう」
「は?」
「プレゼント買いに」
「え?」
 どうしてわたしが?

 結局、若菜は週末に類の買い物につきあうことになった。
 何を着て行こう……。
 若菜は部屋を見回した。
 ふと、花柄のキャミソールが目につく。
 安物じゃない。母親のお気に入りブランドだ。ほんとうは自分が着たかったみたいだけど、ちょっとかわいすぎるから、と若菜に買ってくれた。
 若菜にだってかわいすぎる。普段のジーンズ姿とギャップがありすぎて、まだ一度も来たことがなかった。
 今日こそ、出番かも。
 若菜はキャミソールをつけると、鏡の前に立った。
 かわいい、服が。でも……。今日のおでかけっていうのは、買い物の手伝いだ。
 デートじゃないんだからね。
 キャミソールは脱ぎ捨て、いつものTシャツとジーンズに着替えた。
 駅の改札前で待ち合わせた。
  来ない……。
「すんません、遅れて」
 ようやく現われた類は、ヨレヨレのTシャツにジーンズだった。
 あ、やっぱり、今日の服、これで正解。若菜はほっとした。
 地下道でショッピングセンターに向かう。
「ん~~、何がいいっすかね~~。おれ、昨日、寝る前に考えようと思ったんすけど、寝ちゃって」
 類はいつもの通り、にこにこしながら、大声で話しかけた。
 すれ違う人たちが、ちら、ちらと類に視線を送る。
 かっこいいのだ。
 顔だけではない。
 表情豊かに話す声も、くるくる動く瞳も、すこし伸びてきた髪も、きびきびした足の運びも、なにもかもが決まっている。
 ラフな服装が、類の長身にぴたりとなじんで、あかぬけた印象を与えていた。
 う~~~ん、これが自分の彼だったら、すんごく自慢しちゃうけど。
 でも、いま、みんなにはそう見えてるんだ。
 若菜は、ほんの少し、うれしい気がした。
 店に入ると、ふたりは、雑貨売り場に向った。
「先輩だったら、やっぱ、写真関係のものですかね?」
 類は目をギンッと見開いて、売り場を見渡した。
「でなくても、もっと類くんらしい、かっこいいものでも」
 若菜は若干ひるんだ。
「かっこいい? 象とかですか?」
「象?」
 類は真剣なまなざしで、商品ひとつひとつを吟味していく。
 背後で若菜はそっとあくびをした。
「若ちゃん!」
「あ、やっほ~~」
 やたらと知り合いに会う。
 それは類の方も同じで、「よお」、「おお」と言い合っている。
 このあたりで、休日に若者が出かける場所はほかにないのだから、当然だ。
 田舎であることをあらためて実感する。
「ん~~、ちょっと休んでいいすか?」
 類は、目もうつろに若菜に訴えた。
「なんか、これっ!っていうの、ないっすね」
 ずず~~っとオレンジジュースを底まですすって、類はためいきをついた。
「かもね~~」
 オレンジジュースっていうの、ちょっとかわいいかも……。
「で、若菜先輩はいつも何あげてるんです?」
「え、わたし?」
 若菜ははっと意識を取り戻した。
「わたしはね、特別、何かあげるってことはないんだけど、うちで一緒にケーキ作って食べるかな」
 実は、楓はお菓子男子なのだ。
「手作りのケーキっすか~~。難易度たか~~」
 類は眉を寄せたが、次の瞬間、宣言した。
「よしっ! おれも菓子つくります」
「えっ」
 あやうくバナナマフィンを気管に詰めかけ、若菜はゲホゲホとむせた。
「――つ、つくったこと……」
「ないっす!」
「よね」
 若菜の胸に不安がひろがった。
 これは、たぶん、この展開は……。
「何がいいでしょうね~~」
 若菜の胸の内など、おかまいなく、類は瞳を輝かせた。
「——よさそうなレシピ、また送るよ」
「はいっ」
 墓穴を掘った。
 見栄えが良くて、簡単で、味もいいもの。
 とにかく、初挑戦の類にもできるものを探さなければならない。
 あらたな使命を帯びて、若菜は家路をたどった。

 悩んだ結果、若菜が提案したのは、アイスボックスクッキーだった。
 バニラ味の生地とココア味の生地。二種類の生地を棒状にして、冷やして、切って焼く。材料も手順もシンプルで、失敗がない。
 やはり、これだ。「はじめてさん」の類くんには。
 若菜は、これでもか、というほどに、手順を丁寧に図解して、類に送信した。
 即座にお礼の返信があった。
 やれやれ。
 けれど、ほっとするのは早すぎた。
 その後、類からのメッセージが次々に押し寄せてきたからだ。
「グラニュー糖? 何?」
 まず、そこからか。
 しかし、驚いている暇はなかった。
「無塩バター? 切れてるバター OK?」
 類の困り顔が目に浮かぶ。
「ダメ 塩が」
 送信しないうちに、次のメッセージが届いた。
「粉?」
 続けて、ドンと、粉砂糖の写真が届く。
「ちが~~うっ」
 慌てて、NOのスタンプを送る。
 ブロックがかかるかというくらいの勢いで。
 こうなったら、しかたない。
「買い物 手伝うよ いま どこ」
 若菜はメッセージを送った。

 材料を調達すると、若菜は類を自宅に誘った。
 このまま別れても、どうせ、あれやこれやと類の質問は終わりそうにない。
 それなら、共同制作の方が、よっぽど楽だ。
「お邪魔しま~~す」
 類は若菜の母にぺこりと頭を下げると、若菜につづいて台所に入った。
「あら~、いらっしゃい」
 初顔の男子に母は好奇心むきだしの眼をむけた。
「ふーちゃんの後輩。ちょっとお菓子作るから」
 若菜はぴしゃりと台所の戸を閉めた。
「ほんと、すいません。いきなり押しかけちゃって」
 類はほんの少し小さくなった。
「いいから、作ろ」
 はかりもボウルもへらも、菓子作りに必要なものは棚にまとめてある。
「へ~~、道具すごいっすね~~」
「うん、だんだん増えちゃって」
 パウンド型、クッキー型、絞り金。新しいものに挑戦するたびに、小物が増える。
「でも、今日のは、そんなに使わないよ」
 まずは、材料を量る。
 これが重要なところだ。
 とにかくレシピどおりに、きっちりと。
 すべてはそれからだ。
 息をつめて、はかりの目盛りを見守る。
「先輩、目、怖いっす」
「いいから!」
 無駄口きく暇があるなら、ボウルと漉し器を用意してほしい。
「こうやって、シャコシャコシャコっと」
 若菜は漉し器の取っ手を動かして見せる。
「オッケーです」
 ガシャシャシャシャシャ。類は猛スピードで手を動かした。
「あ~~っ、もっと優しく、ていねいに」
 お菓子作りに焦りは禁物だ。
 すったもんだしながらも、材料はココア味とバニラ味、二つの棒にまとまった。
 そっと冷蔵庫に寝かせる。
「いやあ~、やりましたね」
 類は親指を立てた。
 いや、まだ工程の半ばだが……。
「そうだ、今のうちにラッピングとか用意する?」
「ラッピング?」
「包まないと。むき出しじゃ渡せないでしょ?」
「あ、な~~る」
 類は手を打った。
「クッキーだから、袋詰めして、あとリボンかな」
 若菜は戸棚の引き出しを開けた。
 ほんとは自分が使うんだけど。
 若菜はふと思った。
 類はいわば恋敵。なのにどうして、こんなことまで……。
「あ、この袋かわいいっすね」
「うん。いいでしょ?」
 類が目をつけたのは、若菜のとっておきだ。
 透明のプラ袋に水色のハートが散らされている。
「じゃ、これにしよっか」
「はいっ」
 ほんと、お人好しだ、わたし。
 生地が冷えたら、切って焼くだけ……。
 のはずが、ハート形にしたい、という類の熱望により、型で抜くことになった。
 オーブンに入れると、甘い香りが家中に充満する。
 幸せな瞬間だ。
 焼き上がりを冷やし、袋につめて、リボンを結んで、出来上がり。
「はい、どうぞ」
「うお~~っ」
 類は雄たけびを上げた。
「うまそ~~~っ」
「おいしいよ」
 若菜はクッキーの残りをつまんだ。
「ん」
 類も、はぐはぐと口を動かすと、ぶんぶんうなずいた。
「おれら、天才? みたいな。ね?」
「だね」
 うまくできた。ほんとに。自分が贈りたいくらいだ。
「先輩、ありがとうございました! おれも、きっと立派なお菓子男子になるんで。待っててください」
 類はご近所に響き渡るくらいの声をだして、去っていった。
 疲れた。
 すぐに片付ける気力もない。
 どうするかな、自分は。
 今年はケーキいらないかもね……。
 若菜は眉を寄せ、しばし考えこんだ。

「先輩、これ、おれの気持ちです」
 類に紙袋を突き出され、楓は面食らった。
「え?」
「お誕生日おめでとうございます!」
「あ、うん」
 そんな話、したっけ?
 不思議な気持ちで、楓は紙袋をのぞいた。
 リボンのかかった袋のなかには、ハート形のクッキー。
「これは……」
「おれの気持ちです。先輩への愛をこめて作りました」
「類くんが?」
「はいっ。ちょこっと若菜先輩にも手伝ってもらいましたけど」
 あ、そうなのか。ふたりで。
 楓は寂しく納得した。
 ふたりはもうそこまで親しくなっているんだ。
 誕生日プレゼントまで共同で。
「ありがとう。すごくおいしそうだ」
「はいっ。おいしいです。ちょっと試食してみたんすけど」
「若菜ちゃん、上手だからね~」
「いや、ほんと、先輩は、サササーーって」
「うん。じゃ、若菜ちゃんにもありがとうって言っといてね」
「はい。えっと、それで……」
「ふたりはお似合いだから、仲良くなってよかったと思ってるよ」
「先輩」
 急に類が大声を出した。
「はい?」
「それは、お、れ、の、気持ちなんです」
「え?」
「先輩への愛です」
 類は楓をみつめた。
「好きです、先輩」
「え……?」
 聞き違いではないようだ。
「でも、ぼく、男なんだけど? 一応」
「知ってます。おれだって、そのくらいわかります。いくらアホでも」
 類は言いかえした。
「おれは人として先輩が好きだと言ってるんです。男とか女とか、そういう小さな区別は関係ないっす!」
「あ、そう?」
 楓は思わず後ずさりした。
「で、でも、類くんは若菜ちゃんとつきあってるんじゃないの?」
「は?」
「いや、えっと、違うのかな?」
「どうしてそうなるんですか!」
「いや、その」
 類の迫力におされ、楓はもごもごと言葉をにごした。
「おれが好きなのは楓先輩です」
 類は高らかに宣言した。
 通りかかった生徒たちが、一斉にふたりに目を向ける。
「わかった、わかったよ」
 これ以上、叫ばれてはたまらない。
「類くんの気持ち、うれしいよ。ぼくだって、類くんが好きだよ」
 とにかく、この場をおさめること、楓の頭にはそれしかなかった。
 でなければ、こんな言葉が言えるはずがない。
「ぼくも人として類くんが大好きだ。ほかの誰より、世界で一番、類くんが好きだよ」
「先輩! おれ……」
 授業開始の予鈴がなった。
「じゃ、あとでね」
 教室に入ると、楓は椅子の上に崩れ落ち、宙をみつめた。
「人として」って、それ、何かな?