「お願い、何部?」


 またか、と思った。俺が想う相手はたった一人しかいないと伝えているのに、どうしてそれを知りたがるのか。

 いっそ、ここで言ってしまおうか。そう思ったけれど、壁の向こうにそいつがいることは分かっているから、容易に口を滑らすことはできない。

 渋っていると、名も知らない女子は近寄り、「中学時代のでいいから、教えて」と囁いた。



 たしかテニス……だったよな。怪我で辞めたんだっけ。

 中学生時代の部活ならバレたりしないかもしれない。


 そう思いつつ、じゃあ何で聞く必要あるのかと問いたくもなる。好奇心というのは怖い。けれど口を挟めばさらに厄介なことになるのは目に見えていたので、仕方なく「運動部」と投げやりに告げた。

 ただそれだけの情報を聞き出して満足げに去っていく女子の後ろ姿を見つめていると、ふと壁から視線を感じた。


「よ、真坂」
「そ、そのかわ……」


 なんだその泣きそうな面。
 園川って何だよ。翔って呼べよ。

 高校に入って、俺だって気使うんだ色々と。さすがに親しげに下の名前で、ってわけにはいかないだろ。
 俺は女嫌いって異名で通ってるんだからさ。

 そんなことを思うだけで、口には出せない。
 だけどきっと、こいつはこれから泣くんだろうな。

 今は必死に耐えているけど、あとから一人で泣くんだ、昔から。


 だったら、はやめに俺が助けにいってやらないと。
 解決策が導かれるかは分からないけど、俺はちとせの笑っている顔が好きなんだから。







 部活が始まって、しばらくすると小雨が降ってきた。


「すいません、俺、抜けます」
「園川、どこいくんだ」
「用事」


 アップの途中で、横にいた先輩に一声かけて走り出す。足を止める気はさらさらなかった。


 泣き笑いの空は美しい。
 あいつの泣き笑いも美しい。



 だから俺は、泣いているあいつの笑顔のために走らなければならない。



───…待ってろ、ちとせ。



 空はまだ、青い雨を落としながら泣いていた。