華間 -カカン-

『わあ、でかいぃぃ!』

 しかも三匹。

「標準サイズです」

 と立羽(たては)は言うが、真宵(まよい)は信じられないという気持ちで首を振る。

『ど、どうすれば……』
「まずは剣をきちんと構えてください」

 言われて真宵は、重さに負けて下がっていた剣先を上へと向ける。それだけでもずいぶんな負担が腕にくる。

『それで、次はっ?』
金蚉(かなぶん)に向かって振り下ろしてください」

 剣の使い方として至極当然なことしか立羽は言わないが、混乱した真宵は考える間もなく、言われたとおり剣を振り下ろす。しかしその動きは覚束なく、機動力の高い金蚉に当たるはずもない。

 それどころか、重い剣を振った反動で真宵は前のめりによろけてしまう。そこへ金蚉の一匹がブウンと寄ってきたからもう大変だ。真宵は叫び声を上げ、あろうことか剣を捨てて逃げ帰り、立羽の袖にしがみついてしまう。

『無理だよぉ、無理無理! あんな大きい蟲、切れない!』
「無理ではございません。ほら、夜華君! 相手は温和な金蚉ですよ?」

 立羽は真宵を引き剥がそうとするが、そこは真宵も必死だ。立羽の羽衣を両手で掴んで離さない。

「夜華君っ。まだお小さい方ならともかく、あなた様はおいくつですか!」
『五歳っ!』
「すぐバレる嘘をおっしゃいますな」
『だってだって、立羽が意地悪なんだものぉ』

 真宵は今となっては、恥も外聞も捨てて立羽の腕にコアラのように巻きついていた。立羽のほうもムキになって腕を引き抜こうとする。

 その間にも、巨大な金蚉三匹は彷徨うように、立羽と真宵の周囲を飛んでいた。おそらく金蚉たち自身も、夜華の芳香に誘われて来たものの、どうすればいいのか、どうしたいのかわかっていないのだ。蟲とはその程度の知能しか持たない。

「立羽様ぁ、夜華様がお可哀想ですよぉ。もうこいつら食べていいです?」

 離れて見守っていた網玲(もうれい)がしびれを切らしたように言う。立羽は真宵を離そうとする手を止めると、肩を落として頷いた。

 シュルルルルッ

 網玲の伸ばした両手のひらから、桃色の糸が噴出される。糸はたちまち三匹の金蚉たちを絡め取り、土の地面に落下させた。

 そこでようやく真宵がハッと我に返った様子で、立羽の羽衣から手を離す。

「じゃじゃーん! 金蚉団子の出来上がりー」

 網玲は明るく笑い、桃色のバスケットボール大の玉を両手に持ってカプリと齧る。

「うんうん、美味しい。蜻迅衛(せいじんえ)も食べなよ」
「では、ひとついただきましょう」

 蜻迅衛もまた、桃色の玉を両手で持って齧りつく。

 真宵は理解しがたい思いを抱えて二人の食事風景を眺めていた。あの巨大な金蚉を食べるなど……。

「夜華君」

 呼ばれて顔を向けると、立羽が、真宵が放り出した剣を差し出していた。丁寧にも、すでに鞘に納めてある。

『ごめんなさい……』

 真宵は剣を受け取り、背負った。立羽は特に怒ったふうでもなく淡々と続ける。

「その剣は、赤国の華間が蟲と契約するときに用いる契剣(けいけん)です。それ自体は市中に売られているありふれた剣ですが、今、夜華君の修行のために白華山(はっかざん)に持ち込んでいるのはそのひと振りだけですので、なくさないようお気をつけください」
『……なくしたら、修行ができなくなってしまう?』
「いいえ。修行だけなら木の棒を振るのでも構いません。ですが蟲との契約には、必ず契剣が必要になります」
『僕は、蟲と契約するの?』
「そのつもりです。今日から三日間かけて頂上へ行くという話はしましたね。頂上へ着いたら四日目には、頂上付近の蟲と契約をしていただきます。この白華山は、頂上付近に行けば行くほど強い蟲が生息しています。ですから夜華君の蟲間となるにふさわしい強い蟲を、頂上付近で見つけられたら、と」
『蟲と契約したら、僕はどうなるの?』
「夜華君は御年十六であらせられましたね」
『うん』
「でしたら、ご年齢の条件はすでに満たされております。蟲と契約し、その蟲を蟲間として使役することができれば、あなた様は晴れて成華となられます」
『じゃあ、僕の蟲間になった蟲は?』
「あなた様のために、残りの命のすべてを捧げて生きることとなります」
『それは、その蟲にとって幸せなの?』

 立羽は穏やかな笑みを浮かべて答える。

「この上ない幸せでございます」



 金蚉を食べ終えた網玲と蜻迅衛に、立羽は短い命令を下した。

「この平地に結界を張れ。私の許しなく一匹たりとも蟲を入れるな」

 それは先刻までとは手のひらを返すような内容だった。しかし立羽の使蟲間たちは反論もせず了と返事をし、それぞれ散っていく。

「夜華君。先ほどは私が事を()きました。申し訳ございません。もう一度最初から順を追って、身体で覚えていただきましょう」
『か、身体でって、何を?』

 立羽が羽衣の右袖を振る。するとマジックショーのように、何もない場所から赤い蟻が現れた。ただの蟻ではない。全長一.一間(二メートル)の巨大蟻だ。

「あなた様にとって、蟲とは恐怖の対象でなく支配の対象だということを」