コンビニに入ると一冊の雑誌が視界に入った。肩に触れないくらいまである青みを帯びた深い黒の艶やかな髪に、他のパーツとの調和が取れている引き締まった小鼻。子供のような、柔らかそうで魅力的な赤い唇。瞳は、理性的で冷たい、いくらか悪魔的にも見える。自分には一切無い、プロポーションが整っている女性が表紙を飾る雑誌だ。それを手に取りパラパラと軽く捲る。中身はただのファッション雑誌だったけれど、喜多見愛花は何度も同じ動作を繰り返した。
今年の旬なトレンドをおさえた大人っぽいコーデを纏う多様な読者モデルが映っている。けれど、その中でも表紙の女性だけが他からひときわ抜きん出ていると愛花は思った。端には小さな黒文字で永瀬朱理と書かれている。どこか既視感のある名前だった。こんな美人を忘れるはずがないと思うのだけれど。
愛花は雑誌を棚に戻し、本来の目的であった今晩の夕食を買うと、コンビニを後にして帰路についた。
温め終わった唐揚げ弁当の蓋を開けるのと同時に、ベッドに放り投げていた携帯が震え始めた。確認すると画面には”ヨミコ”と表示されてある。その文字を見た途端、携帯を握る手に力が入った。何か嫌な予感がする。姉である美代子が私に電話をかけるなんて滅多にない。
美代子の声を最後に聞いたのは、彼女の息子である康太が運動会のかけっこで一等賞を取ったから、私にどうしても報告したいとビデオ通話をせがまれた時だった。あれからもう四年の月日が経つ。
雑音が入らないようテレビの電源を消してから、愛花は緊張した指先で画面をゆっくりとスライドさせた。
「もしもし?どうしたのこんな時間に」
「あ、愛花?ごめんね急に。実は、ずっと前に凛から
伯母は私が中学に進学したその翌年に亡くなった。乳がんだったと聞かされた。昔から乳房の痛みや違和感に悩まされていたが、疲労やストレスが原因なのだろうと本人は思い込んでいたらしい。だか気が付くと骨や肺、肝臓などが激しく痛み、息苦しさや皮膚に潰瘍などの症状が現れ始めた。ステージⅣだと医者は言った。
それでも近年は新しい治療法の開発により生存期間が延びている傾向なのだという。生存確率は五年程だとか。だがこれはあくまで目安であり、今ではそれ以上の期間生存される人も増えている。適切な治療でがんの進行を抑え、質のいい生活を維持することが出来れば、癌とともに生きることも可能であるのだと。
けれど、伯母は三年足らずで亡くなった。葬儀では声が枯れるほど泣いたことを覚えている。けれど、そこまで好きだったかと聞かれたら、別にそうでもないと答える。知っている人が死んだから泣いた、というより、叱られて怖かったから泣いた。そんな感情に近かったと思う。
独り身となった伯父を心配してか、親孝行のつもりかは判らないが、母は姉の美代子と私を連れて実家である伯父の家で住むことを決めたのだった。私よりも美代子の方が嫌がっていた様な気がする。結果的に美代子は行って正解で私は行かない方が正解だったのだけれど。
成人してからは美代子も私も実家を離れて都会に就職し、各々の生活を築き上げ始めた。犬アレルギーの私が居なくなった後、母はチョコレート色のラブラドールレトリバーを飼い始め、娘二人よりも可愛いがっているだと自慢げに話された。名前は太郎だったか花子だったか。あまり覚えていし、興味もないけど。


