朝からよく晴れた体育祭の日、飛鳥はやたらと張り切っていた。
校庭を忙しなく生徒や教師が行き来し、なにか落ち着かない。でもこの空気が、小学生の頃から好きだった。だがもうその頃とは違い、ほとんどぶっつけ本番の体育祭は気楽で、息抜きのようなものだ。
だるそうな面々が並ぶ1組を抜けて、飛鳥は開会式の前にわざわざ5組のところへ行った。
そして殿井の前に立ち、「5組には負けねえ!」と一方的に宣言した。
ビーチフラッグスで、飛鳥は異常な瞬発力を発揮したが、クラス全体としては5組に僅差で競り負けた。
騎馬戦では、上になった完全にやる気のない春山が、同じく上に乗る殿井にハチマキをさっさと渡し、下で馬になっていた飛鳥と棚田をキレさせた。
しかし退場門を出たところで、それまで二人の文句に耐えていた春山が逆ギレした。
「理事長も見てんのにトノっちの頭抑えられるかっ!このバカどもが!」
そしてちょうどそばに来た殿井を捕まえると、春山は肩を組み、二人を睨んだ。
「トノっち、見ろ、この脳筋バカどもを」
「裏切り者!正々堂々やれ!」と怒鳴る飛鳥は、殿井の腕をつかんで自分の方へ引き寄せた。そして「ケイと勝負してんだよ!」と春山を指差し言った。
春山はしらっとした顔をすると、飛鳥の手を引き剥がし、殿井の腰に手を回した。
そして「今日打ち上げやるって。行かねー?」とニヤニヤしながら殿井に話しかけ、二人でさっさと席に戻りはじめた。
その春山の行動に怒り心頭となった飛鳥は、後ろから春山の側頭部をチョップし、殿井との間に割って入った。そして殿井を抱きかかえながら「俺も打ち上げ行くからな!」と春山に宣言した。
春山が殿井を覗きこみ、「あれ〜?トノっち汗すごくね?」とニヤつきながら言った。
体育祭が無事終わり、結局1年生は順当に5組が優勝した。
閉会式のあと、打ち上げは食べ放題焼肉かお好み焼きに行くことを春山から聞かされ、飛鳥ははたと冷静になった。今日は母親が家にいるから家事をする必要はないが、そもそもそんなことに使う金もない。
殿井たちと四人でいるところで、飛鳥は「弟の世話もあるから」と適当な口実をつけて帰ろうとした。それを聞いた殿井が、ぼそっとつぶやいた。
「竜太と遊馬も連れてくりゃいいじゃん」
春山が驚いて殿井を見た。
「……俺、見てるよ」
「いや悪いよ!……それにカネかかるしなー」
飛鳥はうつむいて言った。それを聞き、殿井はその問題に全く思い至らなかった自分を恥じた。
しばらくあれこれ考えた殿井は「じゃあ俺の家来いよ」と言った。飛鳥は驚き、顔を上げて殿井を見た。
しかし春山は耳ざとくその言葉を拾っていた。すかさず、1組と5組の男子に向かい、大声で呼びかける。
「殿井ん家で打ち上げするって!」
飛鳥が固まった。
そして総勢40人ほどが殿井の家に行くことになった。
竜太と遊馬を迎えに行き、遅れてやってきた飛鳥は、芝生のバックヤードで大バーベキュー大会が繰り広げられているのを見て驚愕した。5台ほど大型コンロが出て、もうもうと煙を立てている。
遊馬が目ざとく殿井を見つけ、走りよった。棚田や春山、5組の生徒も混じる中で、肉を食べている。
「よく見たらバイオいるじゃん!」
殿井の腕を叩いて、飛鳥が指差した。違うテーブルで、ビールを手にしたバイオと、肉をせっせと焼く徳田の姿が見えた。
「声かけたんだよ、一応。バイオ、肉代出してくれた」
春山が肉を焼きながら言った。
「男ばっかだなー」
と棚田が口に肉を入れたまま話した。
「来たそうな女子いたんだけどさ、収拾つかなくなるし、1と5の男子限定にした」
春山はそう言って飛鳥を見た。
実際、女子が来ると殿井のそばに飛鳥が寄れなくなる恐れがある。そうなると、殿井の反応が見れない可能性が高い。それはつまらんなと考えてのことだった。
「オレきょうカゲカツんちとまる!」
遊馬が言い、飛鳥が頭をぺちっと叩いた。
「殿井と仲いいんだなー」と棚田が言うと、遊馬が「だってなつやすみ、まいにちここきてたもん」と胸を張って答える。
「毎日じゃないだろ」と言う飛鳥を無視し、怪訝な表情を浮かべる棚田に遊馬は話し続けた。
「馬のアスカさわってー、にわでりゅうたとサッカーしてー、ごはんたべてー、フロはいってひるねしてかえった!」
「……お前兄弟で殿井にタカってんじゃねぇよ!」
棚田が飛鳥に向かって怒鳴った。
「タカってねぇよ!俺は草むしりしてたよ!」
「メシ食ってバイト代までもらおうとしてたのかよ!」
「もらってねぇし!メシはケイが食ってけって言った!」
「弟連れてきてんじゃん!」
そのやりとりを聞きながら、棚田がまったく正反対の内容で以前自分に絡んできたのを思い出し、殿井は思わず笑った。
その様子に、飛鳥は衝撃が走った。殿井の笑った顔を見たのは、これが初めてだった。
……ケイが笑ってる!笑ってる!笑うんだ!いやそれくらい普通か!でも笑うとまたカッコいいんだなー。笑ってるなー。笑ってるなー。笑うんだ……。
殿井に釘付けとなっている飛鳥の様子を見ながら、春山が言った。
「飛鳥ってさー、好きなやついんの?」
殿井の笑顔が固まった。飛鳥はキョトンとした顔で春山の方を振り向いた。
「何?急に?」
「だってトノっちまた今日告られてたっしょー?お前もがんばれよ」
飛鳥は殿井が告白までされている事実を初めて知り、再び衝撃が走った。
毎日を家族のために精一杯生きる飛鳥は、恋愛に向ける余力などない。
「国立の大学に行く」というのが今の飛鳥にとっての最大の目標であり、少なくとも1組にいるやつはみな似たようなものだと思い込んでいた。
そして殿井のような変わったタイプは、恋愛など無縁の世界に生きているものだと無意識に決めつけていたのである。
「じゃあさー、好きなタイプって?」
春山がしらっとした顔で焼肉のたれを肉にかけながら飛鳥に聞いた。
「えー?考えたことないな……あ、金銭感覚のしっかりした料理うまい人がいいな」
「なんだよ婚活かよ!」
棚田が呆れたように言った。その言葉に「じゃあタナはどんなタイプがいいんだよ!」と飛鳥が返し、「美脚!」と棚田が答えた。
そのやりとりを聞きながら、春山は横にいる殿井を見た。眉間にシワがより、真剣な顔になっていた。
「ケイのうち、すげーバーベキューセットあるんだな」
飛鳥が片付けを手伝いながら言った。殿井の父親がよく職場や仕事先の人間を招き、バーベキューをするのだと殿井が言った。
棚田は前から気になっていた、馬のアスカについて聞いた。アスカはもともと競走馬だと殿井が答えた。
「競走馬?……ってなに?」
初歩的な疑問を呈する飛鳥を弾きとばし、棚田がさらに詳しく尋ねた。
学校理事長でもある殿井の祖父は馬主で、何頭かほかにも馬を所有している。血統的にはアスカをレースに出してもよかったが、神経質な性格ゆえになじまず、結局殿井の言うことは聞くので、家で飼っているということだった。
それを聞いた春山が、「へー、どこのアスカもトノっちが大好きなんだな〜」と大声で言い、殿井が片付けていた炭を芝の上にぶちまけた。
みんなが帰ったあと、結局鈴本兄弟はそのまま殿井家に泊まることになった。
殿井の父は明日の朝、やはり仕事で遅くなった母親とマンションから帰ってくる。殿井の家は平屋の二世帯住宅だった。祖父母の家と続いているとはいえ、居住空間は完全に分かれている。誰もいないからいいよと殿井が言い、飛鳥はずうずうしく上り込む弟たちを抑えきれなかった。
飛鳥は、広い客間に敷いた布団の上で枕を振り回す弟たちを叱った。しかし飛鳥も巻き込まれ、最終的に殿井も加わった状態で、枕でめちゃくちゃに叩きあうサドンデスが繰り広げられた。
結局夜11時過ぎまで大騒ぎし、飛鳥がいい加減寝ろと怒鳴った。竜太が、疲れて横になった殿井に乗り、遊馬もその上に乗り、飛鳥が引き剥がした。そして二人を横にならせると、腕組みをしてしばらく黙って監視した。殿井を真ん中に、弟二人はすぐに寝た。それを見届けて、飛鳥も横になった。
夜中、殿井は脇腹を蹴られて目が覚めた。見ると遊馬が90度回転し、足が殿井に刺さるような寝相になっている。殿井は戻って自分の部屋で寝ようと思った。
しかし、遊馬を挟んだ向こうに、飛鳥が寝ている。その事実に抗えず、そろそろと起き上がると、飛鳥の寝ている側までやってきて、そっと体を横たえた。
殿井の目は完全に覚め、妙な動悸だけが体内に響きわたっていた。
暗い中寝顔を見ていた殿井は、さらに飛鳥に近づいた。体が触れるか触れないかという近さで自分も寝転がり、仰向けで寝る飛鳥の顔を横から見た。
そして飛鳥の好きなタイプの話を思い出し、ふと苦しさを感じた。
飛鳥の横に誰か違う人間がいる。家族以外の。そしていずれは、その人が飛鳥の家族になる。
その想像が、殿井の心を締め付けた。
そのとき、飛鳥が寝返りを打ち、殿井の体の上に飛鳥の腕がバンっと乗った。
顔がすぐ目の前にあり、殿井は固まって身動きできなくなった。続けざまに、飛鳥が抱き枕のように殿井にギュッと抱きついて、殿井の体が思わず反応した。暗い部屋で殿井はひとり唾を飲み込み、赤面した。
そしてさすがに気づいた。自分が飛鳥に寄せる好意には、友情以上のものがあると。
その瞬間、自分に告白してきた一人ひとりの顔を思い出し、初めて殿井は断られたほうの気持ちに思いを馳せた。
もし、飛鳥に自分の気持ちを告白したら、どうなるだろう。飛鳥は友達だと思って、自分に親しくしてくれている。きっと今のようにはいられなくなるだろう。今の関係が壊れるなら言わないほうがいい。
そしてきっと、これからずっと、言えるときは来ない。でも「好き」だった。
横になった殿井の目の端から、涙が一粒出て、鼻梁を横切り布団に染み込んだ。
校庭を忙しなく生徒や教師が行き来し、なにか落ち着かない。でもこの空気が、小学生の頃から好きだった。だがもうその頃とは違い、ほとんどぶっつけ本番の体育祭は気楽で、息抜きのようなものだ。
だるそうな面々が並ぶ1組を抜けて、飛鳥は開会式の前にわざわざ5組のところへ行った。
そして殿井の前に立ち、「5組には負けねえ!」と一方的に宣言した。
ビーチフラッグスで、飛鳥は異常な瞬発力を発揮したが、クラス全体としては5組に僅差で競り負けた。
騎馬戦では、上になった完全にやる気のない春山が、同じく上に乗る殿井にハチマキをさっさと渡し、下で馬になっていた飛鳥と棚田をキレさせた。
しかし退場門を出たところで、それまで二人の文句に耐えていた春山が逆ギレした。
「理事長も見てんのにトノっちの頭抑えられるかっ!このバカどもが!」
そしてちょうどそばに来た殿井を捕まえると、春山は肩を組み、二人を睨んだ。
「トノっち、見ろ、この脳筋バカどもを」
「裏切り者!正々堂々やれ!」と怒鳴る飛鳥は、殿井の腕をつかんで自分の方へ引き寄せた。そして「ケイと勝負してんだよ!」と春山を指差し言った。
春山はしらっとした顔をすると、飛鳥の手を引き剥がし、殿井の腰に手を回した。
そして「今日打ち上げやるって。行かねー?」とニヤニヤしながら殿井に話しかけ、二人でさっさと席に戻りはじめた。
その春山の行動に怒り心頭となった飛鳥は、後ろから春山の側頭部をチョップし、殿井との間に割って入った。そして殿井を抱きかかえながら「俺も打ち上げ行くからな!」と春山に宣言した。
春山が殿井を覗きこみ、「あれ〜?トノっち汗すごくね?」とニヤつきながら言った。
体育祭が無事終わり、結局1年生は順当に5組が優勝した。
閉会式のあと、打ち上げは食べ放題焼肉かお好み焼きに行くことを春山から聞かされ、飛鳥ははたと冷静になった。今日は母親が家にいるから家事をする必要はないが、そもそもそんなことに使う金もない。
殿井たちと四人でいるところで、飛鳥は「弟の世話もあるから」と適当な口実をつけて帰ろうとした。それを聞いた殿井が、ぼそっとつぶやいた。
「竜太と遊馬も連れてくりゃいいじゃん」
春山が驚いて殿井を見た。
「……俺、見てるよ」
「いや悪いよ!……それにカネかかるしなー」
飛鳥はうつむいて言った。それを聞き、殿井はその問題に全く思い至らなかった自分を恥じた。
しばらくあれこれ考えた殿井は「じゃあ俺の家来いよ」と言った。飛鳥は驚き、顔を上げて殿井を見た。
しかし春山は耳ざとくその言葉を拾っていた。すかさず、1組と5組の男子に向かい、大声で呼びかける。
「殿井ん家で打ち上げするって!」
飛鳥が固まった。
そして総勢40人ほどが殿井の家に行くことになった。
竜太と遊馬を迎えに行き、遅れてやってきた飛鳥は、芝生のバックヤードで大バーベキュー大会が繰り広げられているのを見て驚愕した。5台ほど大型コンロが出て、もうもうと煙を立てている。
遊馬が目ざとく殿井を見つけ、走りよった。棚田や春山、5組の生徒も混じる中で、肉を食べている。
「よく見たらバイオいるじゃん!」
殿井の腕を叩いて、飛鳥が指差した。違うテーブルで、ビールを手にしたバイオと、肉をせっせと焼く徳田の姿が見えた。
「声かけたんだよ、一応。バイオ、肉代出してくれた」
春山が肉を焼きながら言った。
「男ばっかだなー」
と棚田が口に肉を入れたまま話した。
「来たそうな女子いたんだけどさ、収拾つかなくなるし、1と5の男子限定にした」
春山はそう言って飛鳥を見た。
実際、女子が来ると殿井のそばに飛鳥が寄れなくなる恐れがある。そうなると、殿井の反応が見れない可能性が高い。それはつまらんなと考えてのことだった。
「オレきょうカゲカツんちとまる!」
遊馬が言い、飛鳥が頭をぺちっと叩いた。
「殿井と仲いいんだなー」と棚田が言うと、遊馬が「だってなつやすみ、まいにちここきてたもん」と胸を張って答える。
「毎日じゃないだろ」と言う飛鳥を無視し、怪訝な表情を浮かべる棚田に遊馬は話し続けた。
「馬のアスカさわってー、にわでりゅうたとサッカーしてー、ごはんたべてー、フロはいってひるねしてかえった!」
「……お前兄弟で殿井にタカってんじゃねぇよ!」
棚田が飛鳥に向かって怒鳴った。
「タカってねぇよ!俺は草むしりしてたよ!」
「メシ食ってバイト代までもらおうとしてたのかよ!」
「もらってねぇし!メシはケイが食ってけって言った!」
「弟連れてきてんじゃん!」
そのやりとりを聞きながら、棚田がまったく正反対の内容で以前自分に絡んできたのを思い出し、殿井は思わず笑った。
その様子に、飛鳥は衝撃が走った。殿井の笑った顔を見たのは、これが初めてだった。
……ケイが笑ってる!笑ってる!笑うんだ!いやそれくらい普通か!でも笑うとまたカッコいいんだなー。笑ってるなー。笑ってるなー。笑うんだ……。
殿井に釘付けとなっている飛鳥の様子を見ながら、春山が言った。
「飛鳥ってさー、好きなやついんの?」
殿井の笑顔が固まった。飛鳥はキョトンとした顔で春山の方を振り向いた。
「何?急に?」
「だってトノっちまた今日告られてたっしょー?お前もがんばれよ」
飛鳥は殿井が告白までされている事実を初めて知り、再び衝撃が走った。
毎日を家族のために精一杯生きる飛鳥は、恋愛に向ける余力などない。
「国立の大学に行く」というのが今の飛鳥にとっての最大の目標であり、少なくとも1組にいるやつはみな似たようなものだと思い込んでいた。
そして殿井のような変わったタイプは、恋愛など無縁の世界に生きているものだと無意識に決めつけていたのである。
「じゃあさー、好きなタイプって?」
春山がしらっとした顔で焼肉のたれを肉にかけながら飛鳥に聞いた。
「えー?考えたことないな……あ、金銭感覚のしっかりした料理うまい人がいいな」
「なんだよ婚活かよ!」
棚田が呆れたように言った。その言葉に「じゃあタナはどんなタイプがいいんだよ!」と飛鳥が返し、「美脚!」と棚田が答えた。
そのやりとりを聞きながら、春山は横にいる殿井を見た。眉間にシワがより、真剣な顔になっていた。
「ケイのうち、すげーバーベキューセットあるんだな」
飛鳥が片付けを手伝いながら言った。殿井の父親がよく職場や仕事先の人間を招き、バーベキューをするのだと殿井が言った。
棚田は前から気になっていた、馬のアスカについて聞いた。アスカはもともと競走馬だと殿井が答えた。
「競走馬?……ってなに?」
初歩的な疑問を呈する飛鳥を弾きとばし、棚田がさらに詳しく尋ねた。
学校理事長でもある殿井の祖父は馬主で、何頭かほかにも馬を所有している。血統的にはアスカをレースに出してもよかったが、神経質な性格ゆえになじまず、結局殿井の言うことは聞くので、家で飼っているということだった。
それを聞いた春山が、「へー、どこのアスカもトノっちが大好きなんだな〜」と大声で言い、殿井が片付けていた炭を芝の上にぶちまけた。
みんなが帰ったあと、結局鈴本兄弟はそのまま殿井家に泊まることになった。
殿井の父は明日の朝、やはり仕事で遅くなった母親とマンションから帰ってくる。殿井の家は平屋の二世帯住宅だった。祖父母の家と続いているとはいえ、居住空間は完全に分かれている。誰もいないからいいよと殿井が言い、飛鳥はずうずうしく上り込む弟たちを抑えきれなかった。
飛鳥は、広い客間に敷いた布団の上で枕を振り回す弟たちを叱った。しかし飛鳥も巻き込まれ、最終的に殿井も加わった状態で、枕でめちゃくちゃに叩きあうサドンデスが繰り広げられた。
結局夜11時過ぎまで大騒ぎし、飛鳥がいい加減寝ろと怒鳴った。竜太が、疲れて横になった殿井に乗り、遊馬もその上に乗り、飛鳥が引き剥がした。そして二人を横にならせると、腕組みをしてしばらく黙って監視した。殿井を真ん中に、弟二人はすぐに寝た。それを見届けて、飛鳥も横になった。
夜中、殿井は脇腹を蹴られて目が覚めた。見ると遊馬が90度回転し、足が殿井に刺さるような寝相になっている。殿井は戻って自分の部屋で寝ようと思った。
しかし、遊馬を挟んだ向こうに、飛鳥が寝ている。その事実に抗えず、そろそろと起き上がると、飛鳥の寝ている側までやってきて、そっと体を横たえた。
殿井の目は完全に覚め、妙な動悸だけが体内に響きわたっていた。
暗い中寝顔を見ていた殿井は、さらに飛鳥に近づいた。体が触れるか触れないかという近さで自分も寝転がり、仰向けで寝る飛鳥の顔を横から見た。
そして飛鳥の好きなタイプの話を思い出し、ふと苦しさを感じた。
飛鳥の横に誰か違う人間がいる。家族以外の。そしていずれは、その人が飛鳥の家族になる。
その想像が、殿井の心を締め付けた。
そのとき、飛鳥が寝返りを打ち、殿井の体の上に飛鳥の腕がバンっと乗った。
顔がすぐ目の前にあり、殿井は固まって身動きできなくなった。続けざまに、飛鳥が抱き枕のように殿井にギュッと抱きついて、殿井の体が思わず反応した。暗い部屋で殿井はひとり唾を飲み込み、赤面した。
そしてさすがに気づいた。自分が飛鳥に寄せる好意には、友情以上のものがあると。
その瞬間、自分に告白してきた一人ひとりの顔を思い出し、初めて殿井は断られたほうの気持ちに思いを馳せた。
もし、飛鳥に自分の気持ちを告白したら、どうなるだろう。飛鳥は友達だと思って、自分に親しくしてくれている。きっと今のようにはいられなくなるだろう。今の関係が壊れるなら言わないほうがいい。
そしてきっと、これからずっと、言えるときは来ない。でも「好き」だった。
横になった殿井の目の端から、涙が一粒出て、鼻梁を横切り布団に染み込んだ。
