翌日、誰もいない学校の屋上に早乙女を呼び出した。
 あとから来た早乙女は、気まずそうに頭を掻きながら「おはよ」と言う。

「おはよう、早乙女」

 俺は微笑んで、早乙女と向き合った。
 そして片手に持っていたカプセルを差し出す。

「え?」

 早乙女はカプセルに視線を落としてぽかんとしている。

「返事だよ。必要だろ」

 俺の言葉に、早乙女は眉を下げた。

「いや、べつに、返事がほしくて書いたわけじゃ……」

「受け取ってくれないのか?」

 俺の言葉に、早乙女は一瞬息を呑んだ。
 そしてカプセルを恐る恐ると受け取った早乙女に、「今ここで中身を見てほしい」とお願いする。

「……分かった」

 暗い顔をした早乙女は蓋を開けた。
 校庭の桜の花びらが風に流されてここまで運ばれてくる。
 優しい風に髪を揺らしながら、早乙女は中の四つ折りにした手紙を片手で器用に開いた。

 それと同時に、俺は、その紙に書いた一言を口にする。

「俺も早乙女が好きだ」

 えっ、と早乙女の口から間の抜けた声が出た。

 驚いた顔が俺を見て、次いでまだ読めてなかった手紙の文字に視線を落とす。
 あ、え? 嘘、は? と早乙女はわかりやすく慌てふためいた。

「あっはははは」

 その様子がおかしくて声を上げて笑ってしまう。
 早乙女が小さな子供みたいに泣きそうな顔をして俺を見た。

「んだよこれ……俺、フラれることしか頭になかったのによー……」

「ずっと避けててごめんな、早乙女」

 俺の言葉に早乙女はぐっと唇を噛むと、手を伸ばして、俺の体を引き寄せた。
 え? と声にならない驚きで目を見開く。
 早乙女にぎゅっと抱きしめられていた。
 耳の横に早乙女の胸元がくっついている。
 早乙女の心臓がバクバクしてうるさい。
 俺の心臓も同じくらいうるさい。

「さおとめ、」

「俺も浅桜が好きだ」

 体を離した早乙女は、顔を上げた俺の至近距離ではにかんだ笑顔を浮かべた。
 その笑顔にきゅんとときめく。

 あぁ、
 好きだ。
 好きだなぁ。

「なぁ浅桜、その……」

 早乙女が言いにくそうに口を開く。

「今度はちゃんと……キス、させてくれねぇか?」

 俺は目をぱちくりさせて、軽くくすっと笑った。目を閉じて待つと、早乙女の顔が近づいてくるのがわかる。

 優しく触れ合っただけ。
 でも、あの事故チューとは違う。
 早乙女の唇の柔らかさをしっかりと感じられて、とても幸せな気持ちになれた。

 目を開けると、離れていった早乙女の顔は喜びと恥じらいで真っ赤だった。俺も似たような顔になってるな。

「も、戻るか……」

「そ、そうだな……」




 屋上から出て階段を下りていると、隣にいる早乙女は嬉しそうに手の中で赤いカプセルを転がしていた。
 それを見た俺はふと夢のことを思い出して、ぽつりと呟く。

「赤い糸……」

「え、なんだって?」

「いや、今ふと思ったんだ。俺たちを繋いだ運命の赤い糸は、この赤いカプセルだったんじゃないかって、…………っ」

 言った後に恥ずかしくなって思いっきり顔を逸らした。顔面真っ赤になってるのが自分でもわかる。

「お前、ミステリーもいいけど恋愛小説も向いてるんじゃね?」

 早乙女がにやにやしたむかつく顔を寄せて来る。俺は羞恥に頭を抱え込んだ。

「うああぁ」

「なぁ、短編でもいいからなんか書いてくれよ」

「っ、ぜったいに書かない!!」

 そのまま逃げるように階段を駆け下りる。
 後ろから早乙女の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。




〈おわり〉