――あ、好きかも、と思った。

 これから入学式が行われる高校の校庭。
 桜吹雪の中、そのさらさらした黒髪に目が惹きつけられて、すれ違う瞬間見えたその横顔。
 笑ってるわけでもない、無表情に近いその顔を見て、あ、好きかも、と思った。

 俺はバイだ。
 女性はもちろん、男性にも恋愛感情を抱く。ちょっとタイプかもって思う同世代の男子には何人か出会えた。けど、好きって感情まではいかなかった。
 それなのにこんな急に、ちょっと顔見ただけで好きって……おいおい。
 自分で自分に呆れるわ。
 けどこれが一目惚れってやつなんだろな。どうしようもない。

 教室に入るとその男子がいた。
 まさかの同じクラス。内心ガッツポーズ。
 浅桜っていうのか。席は離れてるけど席替えでチャンスは巡ってくるしな。ぜったい近くになって、教科書忘れたとか言って話しかけたい。

 なんでもいいから話しかけるきっかけがほしかった。俺と浅桜って見た目も性格も真逆だからか、連む友達もぜんぜん違うし、友達から繋がることができなかったから。

 せめて浅桜の趣味を知って、そこから話しかけるきっかけをつくれないだろうか、と考えていた時。
 必要な参考書を買いに寄った書店で、浅桜を見かけた。
 浅桜は雑誌コーナーで立ち読みをしていて、俺が近づいてもぜんぜん気づかない。
 斜め横からこっそり、なんの雑誌を読んでいるのか確認した。
 浅桜が集中して見てるページには『第〇〇回ミステリー新人賞』『新人賞 受賞作 掲載』の文字。
 もしかして作家になりてぇのかな、と思った。そういえば教室でもよく小説読んでるし、好きなんだろうなって思った。

 夏休みに入る前に行った席替えで、浅桜の隣の席になれた。思わず机の下でガッツポーズした。
 せっかく隣の席になれたのに、俺は緊張してぜんぜん浅桜に話しかけられなかった。そんな自分にうんざりして、ずっと不機嫌な顔をしていたと思う。

 話しかけるチャンスは突然やってきた。
 浅桜がガチャガチャを回している姿を見かけて、え、浅桜もガチャガチャとかやるんだなマジか、とちょっと嬉しくなって近づいた。
 浅桜は赤いカプセルを手に振り返って、すぐ後ろに俺がいたのにビビって悲鳴を上げた。
 浅桜が当てた景品を見て、あっそれ欲しかったやつ! って思った俺の口からは「お前それ、いらねーのか?」って言葉が出た。

 ガチャガチャでの出来事を機に、俺たちの関係にようやく変化が起こった。
 俺がなんとなくカプセルにお返しを入れて渡したら、浅桜もそれを真似て中にちょっとしたプレゼントを入れてくるようになった。

 俺らの間を行き来するカプセル。
 俺と浅桜を繋ぐこのやりとりがすげぇ楽しくて、嬉しくて、仕方なかった。
 文化祭も、クリスマスイブも、初詣も、バレンタインも。
 全部、全部が特別な思い出の宝物だ。

 好きだ。

 このまま距離がひらいて友達をやめることになっても、俺は浅桜のことが好きなままなんだろう。
 会話できなくても。隣にいることが許されなくても。
 好きでいることは、許してほしい……。




 これまでのことを思い出しながら、俺は浅桜に渡すための手紙を書いている。
 机の上に転がっている赤いカプセルは、今では妙な愛着さえ湧いていた。
 このカプセルが次に俺の手元に戻って来ることは、もうないだろうな……。
 そう思いながら、書いた手紙をカプセルに込めた。

 これで、最後だ。