『おはよ。今日学校で話したいことあるんだよ。どっかで時間もらえねぇか』


 春休み明けの4月。桜は満開の時期を過ぎて一気に散り始めている。
 俺は朝起きて確認したLINEに、寝ぼけまなこのまま返信を打った。

『わかった。じゃあ、始業式のあとに』

 あれからたっぷりの時間が空いたおかげか、逆に俺は冷静になれている。早乙女と2人きりになるとしても、前みたいに接することができるような気がしていた。




 今日から新たな学年での生活がスタートする。
 早くも2年になった俺は、早乙女とクラスが別になった。教室に入って自分の席を確認して、五十音順の1番前の席に座る。無意識に隣の空席に目を向けても、もちろんその席は早乙女じゃない。
 俺の隣の席に、早乙女が座ることはもうないのだと実感する。




 始業式が終わったあと、俺は早乙女にLINEで連絡をとって中庭に向かった。
 先に到着していた早乙女は、桜の木の下で俺を待っていた。

「よう、浅桜。久しぶり」

 桜吹雪の中、早乙女が眉を下げて笑う。
 俺も早乙女に軽く笑みを返して、目の前で立ち止まって話しかける。

「ちょっと髪の毛伸びたな、早乙女」

「おー。夏に向けてまた切るけどな。短いのが楽でいいわ」

 早乙女ははにかんだ笑顔になると、片手を頭の後ろにやった。そしてじっと、優しい眼差しをして俺を見つめる。

「来てくれてよかった」

「まぁ……約束したしな」

「あらすじ読んだぜ。すげぇわくわくするストーリーじゃねぇか」

「……ありがとう」

「無事に完成することを願ってる。それを伝えたかった」

 そう言って吐息で微笑んだ早乙女は「それから」と続ける。

「これも、渡したかったんだ」

 ブレザーのポケットから取り出したのは、赤いカプセル。

「たぶん、このカプセルを使うのはこれで最後だな」

 そう言って差し出されたカプセルを、俺は黙って受け取った。

「家に帰ってから開けて欲しい」

 カプセルに落としていた視線を上げて、早乙女を見た。
 真剣な顔をした早乙女は俺を真っ直ぐ見据えている。
 俺は何か言おうとして、言葉に詰まってしまった。
 そのまま口を閉じて黙って頷くことしかできなかった俺に、早乙女は「じゃあな」と言って去っていった。




 家に帰って自室に直行した俺は、鞄を机の上に置いて椅子に座る。
 手の中にあるカプセルをじっと見つめて、蓋を開けた。
 中には四つ折りにされた手紙が入っていた。
 緊張して微かに震える指先で手紙を開く。


 “浅桜へ。
 手紙とか書くの小学生以来だわ。字が汚くてすまん、でもなるべく漢字使って書いてる。お前みたいに賢い文章は思いつかねーけど、手紙だから別にいいよな。

 このカプセルに入ってたお前から貰ったガチャガチャの景品、大事に部屋に飾ってるぞ。柴犬のキーホルダーも、パンダのフィギュアも、全部、全部が特別だ。ずっと大切にする。

 それでさ、あの時、ガチャガチャの前にいたお前を見つけて声かけたの、あれ別に景品目当てじゃねーから。お前に話しかけるチャンスっつーか、きっかけにしたんだよ。いやでも柴犬のキーホルダーはマジで欲しかったやつだから。当ててくれてさんきゅ。

 ずっとさ、好きな人に話しかけるきっかけを待ってたんだよ。
 俺、バイなんだ。
 今までできた恋人はみんな女子だったけど、普通に男も恋愛対象になるんだよな。
 そんでさ、高校の入学式でお前を見て、なんつーか、ときめいた感じ。一瞬にして心を奪われたんだよ。一目惚れだって、後になって気づいた。

 だからってどうこうなりたいわけじゃねーんだ。こんな俺と友達でいてくれるだけでいい。けど浅桜が嫌なら、このまま俺とは距離を置いてくれていいよ。俺もそうするから。

 カプセルはお前の方で好きにしてくれ。この手紙と一緒に処分しちまってもいいからさ。

 最後に、改めてちゃんと言う。
 浅桜のことが好きだ。
 なんか急にごめんな。
 俺だけすまんって感じだけど、言いたいこと言えてすっきりしたわ。

 そんじゃーな。”


「はは、……なんだよこれ……ラブレターだと思えばいいのか……?」

 いつのまにか視界の文字が霞んで見えた。
 早乙女は、どんな気持ちでこれを書いて、この小さなカプセルの中に入れたのだろう。
 この瞬間、ようやく俺は早乙女への想いを自覚した。

 俺も、早乙女が好きなんだと。
 涙を流しながら無意識に言葉を吐き出す。

「すきだ……」

 好き。

「早乙女……」

 お前が、好き。

 恋する“ときめき”をずっと知らなかった。
 それは俺の日常に突然やってきた。
 いや、必然に。
 早乙女を好きになった。
 一緒にいる時の心地よさを知った。
 ドキドキする感情を、誰かに嫉妬してしまう苦しさを知った。

 この歳で初めて味わう、いろんな感情の過多。


 蓋を開けて溢れ出たこの「好き」という気持ちは、もう元の入れ物に戻すことはできない――。


 俺はメモ帳を取り出して、そこに簡素な文章の返事を書いてカプセルに込めた。
 俺たちはこれから、友達の関係を飛び越えた先の関係へと向かう。
 もう逃げないと、気持ちを固めた。