ときめき過多〜ガチャガチャから始まる恋〜


 今日はクリスマスイブだ。
 だからって別に特別なことは何もない。今夜は一人暮らしをしている姉もクリスマスパーティーという名の夕飯を食べに帰ってくる。
 母親から「2人揃って寂しいわねぇ」と笑いながら言われた。

 18時ごろ。
 俺は自室にこもってノートパソコンを操作していた。今夜は父親が帰ってくるのを待つため遅めの夕飯になる。それまでの時間を趣味の執筆作業をしながら過ごしていた。

 その時、机の上に置いていたスマホがLINEのメッセージを受信した。
 タイピングする手を止めてスマホの画面を確認する。送り主の名前を見て軽く驚いた。

「早乙女?」

 普段からあまりやり取りしない早乙女とのLINE。
 トークルームを開くと、簡素に『今夜少しだけ外で会えないか?』というメッセージ。
 こんなことは初めてだから驚いた。
 俺、なんか早乙女に貸してた物あったっけ? 借りてた物もないし……。

『別にいいけど、なんで?』

 そう打って送信しかけた指を止める。
 少し考えて『いいよ、どこで待ち合わせる?』と打ち直した。すぐに既読がつく。

『〇〇駅ならお前んちからも近いよな。あそこデカいツリーあるだろ。その前で待ち合わせしようぜ』

『わかった。今から向かうよ』

「母さん、姉貴、俺ちょっと出かけてくる」

 コートを羽織り、スマホと財布だけを持った俺はリビングにいた2人に声をかけて家を出た。




 待ち合わせした駅には、毎年クリスマス時期に巨大なクリスマスツリーが設置される。
 改札口を出てすぐ視界に入ってくるそれ。綺麗にライトアップされたツリーに、足を止めた人たちが撮影で夢中になっている。

 あ、いた……。

 夜空の下で派手に光る巨大ツリーの周りにいる人たちから少し距離を空けて立ち、そのツリーをぼんやりとした顔で見上げている早乙女を見つけた。
 私服姿だと高校生には見えないな、と内心思いながらこっそり近づいて隣に並んだ。
 早乙女は、すぐ隣にいる俺に全く気づいていない。
 それが面白くて忍び笑いしつつ、顔を覗き込むようにして声をかけた。

「お兄さん、1人? それとも彼女待ち?」

「ぉわっ!?」

 早乙女はビクッと跳ね上がり、驚いた声を上げた。
 思ってたよりもオーバーリアクションをもらえて満足した俺はけらけら笑う。そんな俺を見て早乙女は顔をしかめた。

「彼女待ちってなんだよ……待ってたのはオメーだっつの」

 視線をそらした早乙女はぼそりと呟いた。イルミネーションの明かりに照らされた耳が赤い。
 早乙女はすぐに俺と向き直って言った。

「急に呼び出して悪かったな」

「別にいいよ。で、どうしたんだ?」

 早乙女はジャケットのポケットに手を突っ込むと、そこからすっかり見慣れた赤いカプセルを取り出した。

「これ。受け取ってくれ」

 早乙女はどこか緊張感を漂わせた声で言った。
 差し出されたそれを「ありがとう」と言って受け取り、慣れた手つきで蓋を開ける。
 中には、透明な袋に入ったアイシングクッキーが入っていた。
 かわいいイラストのようなサンタとトナカイ、ツリーの3種類だ。 

「かわいいな。どこの店のクッキー?」

「いや、作った。俺が」

「へぇ早乙女が。……えっ」

 ピアノを習ってたのを聞いた時と同じくらいにびっくりした。

「すげーだろ」

 早乙女はふふんと笑う。

「妹のリクエストで、今年は手作りケーキに加えてクッキーまでお願いされてよ。思ってたより上手くできたから、なんつーか、浅桜にも食べてもらいたいって、思ったっつーか……」

 最後の方はごにょごにょ言っていて聞きづらかったけど、早乙女の気持ちが素直に嬉しい。

「すごいな。クリスマスケーキも早乙女の手作りなのか」

「おう。写真撮ってるけど見るか?」

 その場で早乙女のスマホを覗き込む。
 クリスマス定番の料理が置かれたテーブルの上の中央に、苺とアイシングクッキーで飾り付けがされたホールケーキが置かれている。お店で売っていてもおかしくないくらい見事な出来だ。

「ここに写ってる料理もほとんど俺が作ったんだぜ」

「す、凄すぎる……」

「まぁ、趣味みたいなもんだからな」

 と、早乙女は俺の顔の近くで得意げに笑う。
 ピアノに、料理が得意って……ほんと、見た目からは想像できない男だ。

 その時、急にツリーが点滅し始めた。
 俺と早乙女は揃ってツリーを見上げる。
 クリスマスソングが流れ、色が変わったりと光の演出が始まっていた。
 来た時よりも周りは人だらけだ。

「すごいな。そういえばここのツリー、ちゃんと見るのは今日が初めてだ」

「俺もだわ」

 ツリーに視線を向けたまま、隣り合う俺たちは会話をする。

「野郎同士で何言ってんだって感じだけどよ。クリスマスツリー、浅桜と見れてよかったわ」

 照れ臭そうに笑う声が聞こえた。
 その言葉に、妙に胸の辺りに熱がこもった。
 じわりと沁みるように体の内があたたかくなっていく。
 俺は変だ、ずっと。

「早乙女って、ほんとわかりやすいな」

「あ? なにが?」

「喜怒哀楽。顔だけじゃなくて、声にも出るだろ。早乙女と話してるとなんか面白くて、ずっと飽きないんだよな」

 俺は言ってくすくす笑う。
 すると隣でかすかに息を呑む気配がした。

「な、なあ。お前さえ良ければ初詣、一緒に行かね?」

「え?」

 ぱっと顔を早乙女の方に向けると、彼は緊張気味に顔を硬くして俺を見ていた。

「つっても正月は人が多いし、4日とか5日とか、それ以降でもいいからよ……」

「年末年始は親戚の集まりで三重県にいるから、そうだな……5日でいいか?」

「おお、大丈夫。その日は空けとく」

「わかった。時間とかはまた連絡するよ」

「おう。サンキューな!」

 早乙女は嬉しそうにニッと笑った。
 その笑顔が、思わず目を細めてしまうくらいキラキラとしていて眩しかった。……きっと、イルミネーションに照らされているせいだ。




 年明けの1日の朝に、早乙女から『あけましておめでとう』のLINEが届いた。
 俺も新年の挨拶を返したあと、続けて初詣の場所と時間をやりとりして決めた。

 5日。
 待ち合わせの駅に着いた俺は、改札口に近づくにつれて冷たくなっていく空気に震えて、首に巻いたマフラーに顔を埋める。
 改札口を出てすぐの柱の前に、見慣れた金髪の長身がスマホを弄って立っていた。
 あれ? と思わず足が止まる。

「早乙女」

 声をかけると、ぱっと顔を上げた早乙女が「よお、久しぶり」とニカッと笑った。
 早乙女の目の前に立った俺はしげしげとその顔を見る。
 髪の毛がけっこう短くなっていた。前髪も眉毛が見えるくらいになってるし、後ろは刈り上げていて、まるでスポーツ選手みたいで爽やかだ。

「なんか、更にかっこよくなったな」

 素直な感想が口をついて出た。
 すると早乙女の顔がぱあっと輝く。

「マジで? 似合ってるか不安だったんだよな〜……あっ、お世辞じゃねぇよな!?」

「お世辞じゃないよ」

 にっこり笑った俺に、早乙女は安心したようにほうっと息を吐く。

 俺たちは目的地の神社に移動した。
 都内でも有名で大きな神社であるため、5日経ってもまだまだ参拝者は多い。
 俺たちは参拝の列に並んだ。しばらくして左隣りに立つ早乙女から「さみぃな〜」と声がして、彼は両手をポケットに入れて震えている。

「手袋とかカイロ持ってきたらよかったのに」

「手袋は苦手なんだよ。けどカイロはふつーに忘れてた。やっぱカイロ必須だな」

「俺のカイロ貸そうか? 今ポケットあったかいから、並んでる間くらいなくても平気だし」

 コートの左ポケットに入れていたカイロを早乙女に渡そうと手を入れた。するとなぜか同じタイミングで、早乙女が左ポケットに手を突っ込んでくる。

「お、あったけ〜」

「うわ冷たっ! やめろよバカ」

「わはは」

 狭いポケットの中で互いの手が触れ合っている。
 周りに人がいるのに何をやってるんだコイツは……。いやまぁ、人の目なんて気にしなくても、周りからしたら若者がふざけ合ってるだけにしか見えないだろう。

「はやく手、出して欲しいんだけど」

「……おー、悪りぃ」

 早乙女は素直に手を引き抜いて、その手を自分のジャケットのポケットに入れ直す。「カイロは?」と俺が訊くと「いや、もうあったまったからいい」と、なぜか静かな声量で返事があった。

 ちらっと横目で早乙女を見ると、拝殿の方を見つめるその顔が赤くなっている。
 勝手に手を入れてきたのはそっちなのに、いまさら照れてるのか。面白い奴。
 思わずくすっと笑みがこぼれた。早乙女が触れた手の感触がまだ残っている。その皮膚にだんだんと熱が生まれる。ポケットの中がちょっと暑くなってきたから手を外に出した。

 参拝し終わった俺たちは、その流れでおみくじを引いた。
 俺は中吉。早乙女は大吉だった。

「去年も大吉だったんだぜ。すげーだろ俺」

「はいはい」

 自慢してくる早乙女に適当な返事をして、おみくじを結んだ。

「早乙女、他に何か見たいのあるか?」

「んー」

 早乙女の視線はお守り売り場に向いた。

「あー、お守り買うか迷うなぁ」

「まだ買ってないのか?」

「さっき大吉出た安心感があるっつーか。ま、今年は別に買わなくていいかもな」

 俺はそれを聞いてちょっと悩みつつ、右ポケットに入れていたカプセルを取り出した。

「じゃあ今年のお守りは、俺のを持ってるといいよ」

「え?」

 早乙女は目を大きくして俺を見ると、差し出されたカプセルを片手で受け取った。

「家族で行った伊勢神宮のお守りだよ」

「え、マジ?」

 カプセルを開けた早乙女は、巾着型の赤いお守りを手のひらにコロリと転がす。

「開運のお守りか。すげー嬉しい、ありがとな」

「どういたしまして」

「一生持っとく。大事にする」

「お守りは1年経過したら神社に返納するって知ってるか?」

「そんなの守んなくても別にいいだろ」

 俺は思わず口元が緩む。

「なぁ、腹減らね。このあとラーメン食べに行かねぇか?」

「いいね、行こう」

 神社を出た俺たちは、早乙女がたまに行くというラーメン屋に向かった。




 こぢんまりとした店内のすぐ入り口横にある券売機で、俺は醤油ラーメンを購入する。早乙女は味噌豚骨ラーメンにライスをつけていた。

 2人で奥のカウンター席に座ってラーメンを待つ間、俺はセルフサービスの水を入れるために隅にあるピッチャーに手を伸ばした。
 早乙女がカウンターに頬杖をついて口を開く。

「浅桜の脚本さ、前に読ませてもらったけど、他にもなんか書いてたりすんの?」

 グラスに伸ばした手を一瞬止めて、掴んだグラスに水を注ぎながら頷く。

「あー、うん……まぁ……」

 曖昧な言い方だったけど、書いてることをバラした自分が信じられなかった。
 小説を書いていることは、脚本を頼んできた中学の友達にも、家族にも、誰にも言ってなかったのに。

「すげー。ジャンルは?」

「ミステリー。長編の」

「長編ってどんくらいの?」

「文字数だと、10万文字は超えるよ」

「10万! お前すげぇな。根気強さないとできねーよ」

 感心の眼差しを向けてくる早乙女の前にグラスを置いてやる。「あんがと」と軽い礼を口にした早乙女は、「作家とか目指してんのか?」と言った。

「作家は目指してないよ。……趣味で書いてるだけだしな」

「もったいねー、目指せばいいじゃねぇか。高校生でも応募可能なんじゃねぇの?」

「まぁ、応募はできるけど……」

 言葉を濁す俺の声をさえぎるように、店主の「おまちどうさま!」と張りのある声が響き、2人分のラーメンの器が置かれた。

 早乙女はさっそく割り箸を割って食べ始めた。興味がラーメンに向いたようで内心ほっとしている俺に、再び早乙女が話しかけてくる。

「新人賞、興味あるんじゃねぇのかよ」

「え?」

 俺は驚いて早乙女の横顔を見た。早乙女はラーメンに視線を注いだまま言う。

「挑戦してみりゃいいじゃねぇか」

「いやでも、応募するほど完成度高くないし……」

「不安なら俺が読むし。つか読みたい。アドバイスとか大したことはできねーけどな」

 そう言って笑いながら、早乙女はずるずると麺をすすった。
 俺は不思議と気が緩んで、ふっと口元を綻ばせる。

「それって読んでもらう意味ないだろ」

「あ、振り仮名も多めに頼むぜ」

「やだよ」

 俺は軽く笑って、ふーふーしながら麺をすすった。
 すぐ隣から、早乙女の妙に気持ちがこもった声が聞こえる。

「未来の作家になるお前の、最初の読者になりてぇんだよ」

 心臓がドキリとして、軽く麺が喉に詰まった。
 んむ、と喉を鳴らした俺は慌ててグラスの水を飲む。なんとか落ち着いた。危なかった。

 隣にジト目を送ると、早乙女は幸せそうな顔をしてご飯を口いっぱいに頬張っていた。



 文化祭の出来事があってから、周りから「すごい」とか「作家を目指したら」と言われるようになった。
 けど、早乙女から言われた言葉が一番嬉しかった。
 おかげでやる気が芽生えた俺は、毎日の執筆作業がはかどってしまっている。
 応募するかはまだ決めてないけど、完結を目指して頑張りたい。
 読みたいと言っていた早乙女のために、振り仮名は多めにしておいた。