「いいか、日本国憲法には三大義務と言うものがある。労働・納税・教育…この3つは日本人である以上は免れない義務。貴様が働かない“自由”はあるが、そんなヤツには労働も納税もできない。即ち、非国民だな。今、お前に与えられている環境は借りているもので、お前の所有物ではない。家賃も維持費もお前に請求される。いくら23区が最安の地価とは言えゼロ円ではないのだ。それに食料は各自が収入から購入する事になっている。食料も住居もなくてどう生きていく…青年よ?」
なんか格好良いと新川が乙女心を全開している横で、沢村はバカを全開していた。
「はっ!全部親が払ってくれるんだよ!甘かったな!」
沢村は自分の反撃が絶妙だと勘違いしている様子だった。顔でザマーミロって格好をつけている。
が、緋倉は涼しそうな顔で微かに口元だけあざけ笑ってみせた。
「なるほど。貴様は26歳だが労働・納税はできないから親に頼ると言うのか?成人した大人が笑わせるな。23区法案では18歳以上は就学しない限り親の扶養は認められていない。それと、親と同居できるのは20区からだ。21区以下の成人は強制的に単身世帯となることが原則となっている。…まぁ、特例で今からの就学は可能だが?やるか?就学を理由にすればお母さんやお父さんと一緒に暮らせるだろう。」
沢村は黙った。どうも勝てる勝負ではなさそうだと直感したのだ。
「ここは離反者収容専用区画。貴様らの様に法案を理解しない者…理解しようとしない者…そうそう、理解できない貴様の様なバカの面倒も見てやる…ありがたい区画だ。」
黙っている沢村の横から、筑波が身を一歩前に踏み出した。
その顔には闘志が燃え盛るような力強さが満ち満ちている。
「離反する者を閉じ込め、こんな環境に追いやる。これは言論統制ですよ?いや、人権の侵害そのものだ!違いますかっ!?」
緋倉はちょっと楽しそうに顔を緩めた。
”少しは骨があるやつが出て来たな。”と言いたげなほど、目が恍惚としている。
「良いか?あくまで基準は意欲だ。労働意欲があれば、すぐにここから抜け出せる。怠惰な愚民を擁護できる国力などとうにない。お前のような離反者は、思想の自由とは言え労働意欲を見せない者として扱われるだけだ。法令違反に対する制裁でもある。三ヵ月の制裁期間が過ぎれば抜けられる。だから、そこのバカのようなヤツしかここには残らない。ナマケモノにはそれ相応の生活をしてもらう。人権侵害なんて言葉は無価値だな。言い放題しても命を取る訳ではない。暴言は傷害罪になるが、それは以前と同様だろう?」
筑波はそれを知っている様子だった。反論せず、聞き入れている。新川も納得しているような表情だ。周りが四面楚歌だと気づいた沢村は狼狽した。
「おっ…おい!騙されるな!こいつはおかしいだろっ!」
みんなが沢村を見た。どの目も合わせたくない程に辛辣極まりない。何かがとりついているような怖さがある。
周囲を掌握するのはどちらか?どうやら先に詰んだのは緋倉の方だった。
「私はな…母親を亡くしたんだ。医者のミスで…そう、お前の様に働く意欲もなく。ただ、現状と言う名の甘い汁にしがみつく怠惰で無気力な人間のせいで私の母は殺されたんだよ。これは、もはやあの頃の日本では珍しくもない話だったか…。だから、私はここの管理員に志願したのだよ。私は官僚でも国会議員でも…まして、権力者の子息でもない。小さい頃に母を失ってから、ずっと今まで働き続けてきたんだよ。遊び怠けて暮らせるなんて、どれだけ贅沢か…貴様は何一つわかっていないだろう。これは、それを肌でわからせる為のもの。そう思え。」
緋倉は手続きをしている本部席に戻っていった。沢村は膝から崩れ落ちるように、その場へしゃがみ込んだ。
「とんでもない社会になってしまったと、私は思っていたが…。これはこれで、理想なのかもしらんな…。今までの報いを受けるべき者が報いを受ける社会…か。」
筑波は頭が良い分理解も早い。社会への不満を別に転化させられたと言うか、気づけば仲間入りと言ったところだ。新川はもっと極端だった。
「私も早く『意欲就労書類』出そうっ!」
彼女は目にも止まらぬ速さで手続きしている所に走り去って行った。
「俺…少し休むから。」
沢村は自分の部屋に一旦戻った。
「とりあえず、かなりヤバイって事だよな…。」
現状は飲み込み難いが、それでも抗うことはできない。そこまでわかった。
だからこそ、自分の“現在地点”をちゃんと整理する必要がある。
まずは、貯金。元々ないも同然だが親が振り込みを続けていた。それも使い込んで、もろもろのツケもあって残高は108円。一日も持たない。現金は…どうやら連れ去られた時から減っていない。こちらの残金が4031円。これから生活しようなどと、どう考えても無謀な状態だ。
「コンビニ弁当が500円とすれば…朝、昼、晩で…二日はいけんのか…?」
部屋を見渡すと自分が使用していたオーディオデッキとCDしかない。
他にも色々あったはずなのだが…いや、親に買ってもらっている物とそうでない物にわけるとピッタリ合う。
「あれを売っても一ヶ月は無理だ…。ちっ…家出る前にもっともらっておくんだった。」
そうじゃないだろ。とツッコミたいが、彼の思考は残念ながらこんなものだ。それからしばらくは同じような事を独りで呟いていた。
「万引きで食料を補充するとして…いやいや、それじゃ家賃どうすんだよ…?そっか、払えないから払わないでおけば………。」
[沢村の脳裏にネット喫茶での出来事がフラッシュバックした。沢村は恐怖と共に、精神に100ポイントのダメージを受けた!]
「くそっ!」
読む気はさらさらないが、沢村は机に置かれている大き目の封筒を開けた。
「筑波のおっさんが言ってたのってコレか…?」
大嫌いに加えて苦手な活字。だが、生死がかかっている。特に生きたい理由はないのだが、問題が眼前に列記として立ちはだかっていてはそんな事も言ってられない。
「家賃は月3万円、これは23区どこでも同じ…なんだ。その月の家賃は次の月に支払うが、家賃を一度でも滞納すると強制退去…。その後は…強制労働収容施設で不足分を完済するまで労働を強制される…。どっちみち働かされるのかよ!クソ!」
沢村は読み続けるのをやめて、しばらく殺風景な自分の部屋の中央で大の字になった。
「あーあ…働きたくない…。」
そんなぼやきに釣られたのか、ハラリと机から一枚の紙が落ちてきた。何気無くそれに目をやると、求人雑誌と同じような…と言うかほぼそれそのものだった。
仕事をここらから選べと、まるで御告げのように感じた沢村は手を伸ばして紙を取った。
「コンビニ…そうだな。コンビニだな。」
行き慣れている場所でサボれそう。おまけに余ったものはもらえそうで、仕事も土木に比べたら楽そう。そんな事を彼は思い、ようやく腹をくくったようだった。
「ところで…こんな難しい書類が俺に書ける訳…。」
いざやろうとすると、早速障壁にぶち当たってしまった。肩を落とし、深い溜息をもらす沢村。だが、天はまだ彼をどうやら見放してはいなかったようだ。
ピーンポーン…コンコンコン
「沢村君、私だ…さっきはその…すまなかったと思ってな。」
今の沢村にとって、過去がどうあれ手を差し伸べられて嬉しくないはずがなかった。彼は玄関の扉を勢いよく開け、23区での第一歩をようやく踏み出したのだった…。
なんか格好良いと新川が乙女心を全開している横で、沢村はバカを全開していた。
「はっ!全部親が払ってくれるんだよ!甘かったな!」
沢村は自分の反撃が絶妙だと勘違いしている様子だった。顔でザマーミロって格好をつけている。
が、緋倉は涼しそうな顔で微かに口元だけあざけ笑ってみせた。
「なるほど。貴様は26歳だが労働・納税はできないから親に頼ると言うのか?成人した大人が笑わせるな。23区法案では18歳以上は就学しない限り親の扶養は認められていない。それと、親と同居できるのは20区からだ。21区以下の成人は強制的に単身世帯となることが原則となっている。…まぁ、特例で今からの就学は可能だが?やるか?就学を理由にすればお母さんやお父さんと一緒に暮らせるだろう。」
沢村は黙った。どうも勝てる勝負ではなさそうだと直感したのだ。
「ここは離反者収容専用区画。貴様らの様に法案を理解しない者…理解しようとしない者…そうそう、理解できない貴様の様なバカの面倒も見てやる…ありがたい区画だ。」
黙っている沢村の横から、筑波が身を一歩前に踏み出した。
その顔には闘志が燃え盛るような力強さが満ち満ちている。
「離反する者を閉じ込め、こんな環境に追いやる。これは言論統制ですよ?いや、人権の侵害そのものだ!違いますかっ!?」
緋倉はちょっと楽しそうに顔を緩めた。
”少しは骨があるやつが出て来たな。”と言いたげなほど、目が恍惚としている。
「良いか?あくまで基準は意欲だ。労働意欲があれば、すぐにここから抜け出せる。怠惰な愚民を擁護できる国力などとうにない。お前のような離反者は、思想の自由とは言え労働意欲を見せない者として扱われるだけだ。法令違反に対する制裁でもある。三ヵ月の制裁期間が過ぎれば抜けられる。だから、そこのバカのようなヤツしかここには残らない。ナマケモノにはそれ相応の生活をしてもらう。人権侵害なんて言葉は無価値だな。言い放題しても命を取る訳ではない。暴言は傷害罪になるが、それは以前と同様だろう?」
筑波はそれを知っている様子だった。反論せず、聞き入れている。新川も納得しているような表情だ。周りが四面楚歌だと気づいた沢村は狼狽した。
「おっ…おい!騙されるな!こいつはおかしいだろっ!」
みんなが沢村を見た。どの目も合わせたくない程に辛辣極まりない。何かがとりついているような怖さがある。
周囲を掌握するのはどちらか?どうやら先に詰んだのは緋倉の方だった。
「私はな…母親を亡くしたんだ。医者のミスで…そう、お前の様に働く意欲もなく。ただ、現状と言う名の甘い汁にしがみつく怠惰で無気力な人間のせいで私の母は殺されたんだよ。これは、もはやあの頃の日本では珍しくもない話だったか…。だから、私はここの管理員に志願したのだよ。私は官僚でも国会議員でも…まして、権力者の子息でもない。小さい頃に母を失ってから、ずっと今まで働き続けてきたんだよ。遊び怠けて暮らせるなんて、どれだけ贅沢か…貴様は何一つわかっていないだろう。これは、それを肌でわからせる為のもの。そう思え。」
緋倉は手続きをしている本部席に戻っていった。沢村は膝から崩れ落ちるように、その場へしゃがみ込んだ。
「とんでもない社会になってしまったと、私は思っていたが…。これはこれで、理想なのかもしらんな…。今までの報いを受けるべき者が報いを受ける社会…か。」
筑波は頭が良い分理解も早い。社会への不満を別に転化させられたと言うか、気づけば仲間入りと言ったところだ。新川はもっと極端だった。
「私も早く『意欲就労書類』出そうっ!」
彼女は目にも止まらぬ速さで手続きしている所に走り去って行った。
「俺…少し休むから。」
沢村は自分の部屋に一旦戻った。
「とりあえず、かなりヤバイって事だよな…。」
現状は飲み込み難いが、それでも抗うことはできない。そこまでわかった。
だからこそ、自分の“現在地点”をちゃんと整理する必要がある。
まずは、貯金。元々ないも同然だが親が振り込みを続けていた。それも使い込んで、もろもろのツケもあって残高は108円。一日も持たない。現金は…どうやら連れ去られた時から減っていない。こちらの残金が4031円。これから生活しようなどと、どう考えても無謀な状態だ。
「コンビニ弁当が500円とすれば…朝、昼、晩で…二日はいけんのか…?」
部屋を見渡すと自分が使用していたオーディオデッキとCDしかない。
他にも色々あったはずなのだが…いや、親に買ってもらっている物とそうでない物にわけるとピッタリ合う。
「あれを売っても一ヶ月は無理だ…。ちっ…家出る前にもっともらっておくんだった。」
そうじゃないだろ。とツッコミたいが、彼の思考は残念ながらこんなものだ。それからしばらくは同じような事を独りで呟いていた。
「万引きで食料を補充するとして…いやいや、それじゃ家賃どうすんだよ…?そっか、払えないから払わないでおけば………。」
[沢村の脳裏にネット喫茶での出来事がフラッシュバックした。沢村は恐怖と共に、精神に100ポイントのダメージを受けた!]
「くそっ!」
読む気はさらさらないが、沢村は机に置かれている大き目の封筒を開けた。
「筑波のおっさんが言ってたのってコレか…?」
大嫌いに加えて苦手な活字。だが、生死がかかっている。特に生きたい理由はないのだが、問題が眼前に列記として立ちはだかっていてはそんな事も言ってられない。
「家賃は月3万円、これは23区どこでも同じ…なんだ。その月の家賃は次の月に支払うが、家賃を一度でも滞納すると強制退去…。その後は…強制労働収容施設で不足分を完済するまで労働を強制される…。どっちみち働かされるのかよ!クソ!」
沢村は読み続けるのをやめて、しばらく殺風景な自分の部屋の中央で大の字になった。
「あーあ…働きたくない…。」
そんなぼやきに釣られたのか、ハラリと机から一枚の紙が落ちてきた。何気無くそれに目をやると、求人雑誌と同じような…と言うかほぼそれそのものだった。
仕事をここらから選べと、まるで御告げのように感じた沢村は手を伸ばして紙を取った。
「コンビニ…そうだな。コンビニだな。」
行き慣れている場所でサボれそう。おまけに余ったものはもらえそうで、仕事も土木に比べたら楽そう。そんな事を彼は思い、ようやく腹をくくったようだった。
「ところで…こんな難しい書類が俺に書ける訳…。」
いざやろうとすると、早速障壁にぶち当たってしまった。肩を落とし、深い溜息をもらす沢村。だが、天はまだ彼をどうやら見放してはいなかったようだ。
ピーンポーン…コンコンコン
「沢村君、私だ…さっきはその…すまなかったと思ってな。」
今の沢村にとって、過去がどうあれ手を差し伸べられて嬉しくないはずがなかった。彼は玄関の扉を勢いよく開け、23区での第一歩をようやく踏み出したのだった…。


