カードを手渡された俺は、またバスのようなものに乗せられ、今度は団地のような所に連れて行かれた。
いつこんな悪夢が終わるのか…そんな風に思っていたけど、どうやら俺は本当におかしくなったらしい。
夢だと思っていたら、夢ではなかったのだから。
「それでは、ここが23区の皆様の居住区になります。家の鍵は今から名前を呼ぶので取りに来てください。えーと橋本さーん橋本慶喜さーん。」
中年の女性が名前を呼んで早々、おっさんが前に出て来た。
「ちょっと、おい!こんな所に一人で住めって言うのかよ!?」
中年太りもお世辞になってしまう程の大男は職員にいきり立った。
誰だってそう思うだろう。
何せ、目の前にある家は質素で地味で狭いだろうこともわかりきっている。
と言うか、明らかにボロアパートだ。
「そうだ!俺だってこんなとこ住みたくねぇっ!」
沢村は味方気取りで加勢した。とにかく自分の家に帰りたい。
そんな良い家でもないのだが、訳もわからないまま新生活など到底したくはないだろう。
元より一人暮らしする予定すらないのだし、一方的にもほどがある。
「残念ですが、住まないと言う事は住所はいらないと言う事になりますが?勿論、離反者として他でも扱われる事となります。」
毅然とした態度に鋭い口調、職員には怯む様子がちっともなかった。
沢村がもう一言文句を言ってやろうかと思ったが、急に大男は態度を翻した。
「り…離反者扱いかっ…!!?そ…それだけは…たのむ!やめてくれ!」
油の滲んだ汗を男はアゴからボトボト滴らせて懇願していた。離反者が何か沢村には言葉が難しく、やっぱり理解できなかった。
(なんだよ!頼りねぇなこのオッサン!こうなりゃ俺がっ!)
沢村が意を決して一歩を踏み出すと、突然右腕を誰かに掴まれ強引に引戻された。
「あっ!?」
振り返ると、かなり真面目そうな…他の人間と言えば沢村と似たり寄ったりで、風貌も雰囲気からも堕落臭がプンプン漂ってきていた。だが、その男は場違いと言うか、明らかに自分たちと違っていた。
「やめておきなさい。酷い目にあう。」
これより酷い?そんな言葉が頭に響いたせいか、沢村は寸前のところで踏み止まった。
「君はこの23区法案について、あまり知らないだろう?」
男は大方察しがついているのか、自信に満ちた目でそう言った。
「んなもん、聞いたこともねぇよ。」
沢村がそう言うと、納得を示して小さな声でささやいた。
「これ以上何か起こして、ややこしくなるのは君も嫌だろう?私もこんな法案は間違っていると思っている。だから、君の味方だ。ここは私を信じて、な。」
とりあえず従えってことか。そう言うのは好きではないが、これ以上面倒なことになるのも確かに嫌だ。漫画喫茶で大体は懲りているし。
「わ…わかったよ。」
職員の説明をあらかた聞いて、沢村はとりあえず自分の部屋に行くことにした。隣の部屋には、彼を制止した真面目そうな男が自ら名乗り出て住むことになったのだが…。
「やぁ、部屋の中はもう見たかい?」
部屋に入って数分で男は沢村の元に訪ねてきた。
「あぁ、しかし…、あんたがいきなり職員に話をしだした時は、ちょっとビックリしたぜ。」
そう、説明の内容なんて彼の頭にはちっとも残ってはいない。
だが、沢村の隣に住むことを自ら言いだした時のことは衝撃的だった。
「いくらなんでも居住区内で選択権がないのはおかしいからね。誰の隣に住もうが居住区内であれば、自由は主張できるんだ。君はこういう話苦手なんだろう?」
男は理解が早そうで、とても頼もしく見えた。沢村も災難続きとあって、まさに男は地獄に仏だった。と言うか、利用できるものは何でも利用をしてやろうと思っていた。
「あぁ、難しい話はさっぱり。」
沢村はちょっとはにかんで笑った。
「そうだ、自己紹介をしよう。私は筑波だ。共生党の生活相談くらしを守る会で長年地域の統括をしてきたんだ。よろしく。」
丁寧な自己紹介でも沢村には内容の5%も理解できなかった。
(…とーかつって何だ?食べ物?生活なんとかって…料理屋の人なんだろな。)
「あぁ、俺は沢村。ところで…この酷い部屋にマジでこれから住むのか…?」
軽鉄筋のワンルーム、築十五年は固そうな内装。トイレも風呂場もなく、四畳半の間取りにわずかな収納スペースと、最低限の家財道具だけしかない。
「残念だが、23区ではこれが標準なのだろう。区画に適した占有面積と生活レベルが用意されているらしが…。」
沢村はとりあえずキレた。今までいた自分の部屋よりも狭いところが良いと思うはずがないし、一人暮らしを始める気などさらさらない。親のスネをかじって生きる生活が彼にとってはこの上ない幸せなのだから。
「なんでこんな勝手な事!!訳わかんねぇ!今まで通りって俺は言ったんだぞ!?」
筑波は彼の叫びを親身に聞き届けているような表情で静かにうなづいた。
まぁ、筑波は沢村が被害者なのだと思っていて、実際は沢村自身の性格は見れていない。
「よし、では23区について簡単な説明をしてあげよう。よく聞くんだぞ。」
重複するセミの鳴き声が、梅雨雲の群れを超えて青空の彼方まで飛び、太陽を一層と照り輝く光の集合体へと変えていく。
紫陽花の香りを運ぶ風は、にわかに熱を含んでいるようだった。
いつこんな悪夢が終わるのか…そんな風に思っていたけど、どうやら俺は本当におかしくなったらしい。
夢だと思っていたら、夢ではなかったのだから。
「それでは、ここが23区の皆様の居住区になります。家の鍵は今から名前を呼ぶので取りに来てください。えーと橋本さーん橋本慶喜さーん。」
中年の女性が名前を呼んで早々、おっさんが前に出て来た。
「ちょっと、おい!こんな所に一人で住めって言うのかよ!?」
中年太りもお世辞になってしまう程の大男は職員にいきり立った。
誰だってそう思うだろう。
何せ、目の前にある家は質素で地味で狭いだろうこともわかりきっている。
と言うか、明らかにボロアパートだ。
「そうだ!俺だってこんなとこ住みたくねぇっ!」
沢村は味方気取りで加勢した。とにかく自分の家に帰りたい。
そんな良い家でもないのだが、訳もわからないまま新生活など到底したくはないだろう。
元より一人暮らしする予定すらないのだし、一方的にもほどがある。
「残念ですが、住まないと言う事は住所はいらないと言う事になりますが?勿論、離反者として他でも扱われる事となります。」
毅然とした態度に鋭い口調、職員には怯む様子がちっともなかった。
沢村がもう一言文句を言ってやろうかと思ったが、急に大男は態度を翻した。
「り…離反者扱いかっ…!!?そ…それだけは…たのむ!やめてくれ!」
油の滲んだ汗を男はアゴからボトボト滴らせて懇願していた。離反者が何か沢村には言葉が難しく、やっぱり理解できなかった。
(なんだよ!頼りねぇなこのオッサン!こうなりゃ俺がっ!)
沢村が意を決して一歩を踏み出すと、突然右腕を誰かに掴まれ強引に引戻された。
「あっ!?」
振り返ると、かなり真面目そうな…他の人間と言えば沢村と似たり寄ったりで、風貌も雰囲気からも堕落臭がプンプン漂ってきていた。だが、その男は場違いと言うか、明らかに自分たちと違っていた。
「やめておきなさい。酷い目にあう。」
これより酷い?そんな言葉が頭に響いたせいか、沢村は寸前のところで踏み止まった。
「君はこの23区法案について、あまり知らないだろう?」
男は大方察しがついているのか、自信に満ちた目でそう言った。
「んなもん、聞いたこともねぇよ。」
沢村がそう言うと、納得を示して小さな声でささやいた。
「これ以上何か起こして、ややこしくなるのは君も嫌だろう?私もこんな法案は間違っていると思っている。だから、君の味方だ。ここは私を信じて、な。」
とりあえず従えってことか。そう言うのは好きではないが、これ以上面倒なことになるのも確かに嫌だ。漫画喫茶で大体は懲りているし。
「わ…わかったよ。」
職員の説明をあらかた聞いて、沢村はとりあえず自分の部屋に行くことにした。隣の部屋には、彼を制止した真面目そうな男が自ら名乗り出て住むことになったのだが…。
「やぁ、部屋の中はもう見たかい?」
部屋に入って数分で男は沢村の元に訪ねてきた。
「あぁ、しかし…、あんたがいきなり職員に話をしだした時は、ちょっとビックリしたぜ。」
そう、説明の内容なんて彼の頭にはちっとも残ってはいない。
だが、沢村の隣に住むことを自ら言いだした時のことは衝撃的だった。
「いくらなんでも居住区内で選択権がないのはおかしいからね。誰の隣に住もうが居住区内であれば、自由は主張できるんだ。君はこういう話苦手なんだろう?」
男は理解が早そうで、とても頼もしく見えた。沢村も災難続きとあって、まさに男は地獄に仏だった。と言うか、利用できるものは何でも利用をしてやろうと思っていた。
「あぁ、難しい話はさっぱり。」
沢村はちょっとはにかんで笑った。
「そうだ、自己紹介をしよう。私は筑波だ。共生党の生活相談くらしを守る会で長年地域の統括をしてきたんだ。よろしく。」
丁寧な自己紹介でも沢村には内容の5%も理解できなかった。
(…とーかつって何だ?食べ物?生活なんとかって…料理屋の人なんだろな。)
「あぁ、俺は沢村。ところで…この酷い部屋にマジでこれから住むのか…?」
軽鉄筋のワンルーム、築十五年は固そうな内装。トイレも風呂場もなく、四畳半の間取りにわずかな収納スペースと、最低限の家財道具だけしかない。
「残念だが、23区ではこれが標準なのだろう。区画に適した占有面積と生活レベルが用意されているらしが…。」
沢村はとりあえずキレた。今までいた自分の部屋よりも狭いところが良いと思うはずがないし、一人暮らしを始める気などさらさらない。親のスネをかじって生きる生活が彼にとってはこの上ない幸せなのだから。
「なんでこんな勝手な事!!訳わかんねぇ!今まで通りって俺は言ったんだぞ!?」
筑波は彼の叫びを親身に聞き届けているような表情で静かにうなづいた。
まぁ、筑波は沢村が被害者なのだと思っていて、実際は沢村自身の性格は見れていない。
「よし、では23区について簡単な説明をしてあげよう。よく聞くんだぞ。」
重複するセミの鳴き声が、梅雨雲の群れを超えて青空の彼方まで飛び、太陽を一層と照り輝く光の集合体へと変えていく。
紫陽花の香りを運ぶ風は、にわかに熱を含んでいるようだった。


