翌日、早朝。
 既に秋の気配すら漂い始めている寂れた商店街。だが、まるでそれに対峙しているかの様な気迫で男が何か叫んでいる。
「おはようございます!ナインマート23区熱田商店街店です!どうぞ、よろしくお願いいたします!あ、どうも!おはようございます!お仕事頑張って下さい!こちらはナインマートです!…あ、違った。こちらはナインマート熱田商店街店です!」
 昨晩の三島曰く、「手っ取り早くできる努力は宣伝。」と、言ったところか。来客の少ない時間帯に宣伝を出す作戦だろう。
ま、コンビニが街頭宣伝するなんて言うのは希な話ではあるが。
むしろ、規格外な話しだが。
 一方、店内ではせわしく商品の配置変えなどが行われていた。
「三島さん。このコーナーは思い切って別の物にしませんか?定番棚ですが、回転が悪く売れ残りも目立ちます。」
 長谷川は缶詰などをおいているコーナーを指差して言った。彼は普段からそう思っていたのだろう。よくみれば棚は少しホコリっぽいほど手が付けられていなかった。
「確かに、製造日を見てもかなり前から売れていない物が目立つな…。しかし、この定番棚に何を置けば良い…?」
 三島は全員の顔を見渡し、そう問いかけた。すると、少しして新川が口を開いた。
「そこの棚だったらスイーツが良いな。だってここスイーツ全然少ないし、物足りない。」
 スイーツとはお菓子でもケーキやプリンなどの事で、主に甘いものだ。確かに一理あるとは思えたが、三島は冷静に返した。
「スイーツって言っても、ここは常温棚だからな…。」
 そう、プリンもケーキも冷蔵棚でなければすぐにいたんでしまい、更に味も落ちてしまう。ぬるいプリンやゼリーがおいしくないのは言うまでもない。かと言って、今まで缶詰を置いていた常温棚を冷蔵棚にするには無理がある。そんな大きな設備変更する金を一体誰が払えると言うのだろうと言うのは考えなくてもわかる。
 このアイディアに不満はなかったが、全員「う~ん。」と思わず唸ってみせた。
「だったら常温でも置ける物にすれば良くね?」
そう切り出したのは宣伝から帰って来ていた沢村だった。彼らしい意見である。
「常温棚におけるスイーツ?そんなのあるのか?」
 三島は口からでまかせで沢村が言ったのではと少し思った。だが、新川が思い当たる節でもあるのか「あっ!」と、大きな声をいきなり出して口角をニヤリとさせて見せた。
「沢山あるじゃない!サブレとか、和菓子、生キャラメルもいけたんじゃないかな。」
 店内の常温なら問題ないスイーツも色々あるようだ。だが、商品として扱うためには流通ルートを確保したりしなければならない。
「う~ん。問題はどこの店からそういったスイーツを取り寄せるかですね。例え商品にできるものがあっても商談が上手くいかなければ置けない訳だし、それを乗越えても利益を出さなくてはならないですから…。」
 長谷川が現実の壁を次々持ち出してきたので沢村も新川も表情が一瞬で曇った。それを見ていた三島は一歩前へ出るように高々と言ってみせた。
「そう言う難しい仕事は私と長谷川さんの役目じゃないか。どうせ潰されるんだ。最後まで死力を尽くそうじゃないか!」
「三島さん…!」
 暗く沈みきっていた雰囲気が、まるで強烈な閃光に包まれていくように明るく、これほどまでに輝く瞬間があるのかと眼を疑うほどに激変した。
 そう。不可能だと嘆いていても変えられない。やるだけやってみれば良いじゃないか。
「もっとアイディアを出してくれ!何でも良い!みんなで店を盛り上げるぞ!」
「おーっ!」
 こうして、この日のミーティングは数時間にも及んだ。あれから安売りやイベント企画など思いつく限りのアイディアが出揃い、それぞれができる事を全力で取り組んだ。
 ほのかに鼻をつくような熱の残る砂の香りが鼻先を通り過ぎ、夕暮れに舞うカッコウの群れが揺らめく金黄丹の空へと消えていく。
 吹きすさぶ秋風の冷たさは心地よく、いまだ残る夏の火照りを優しく包んでいた。
─一週間後─
「…と言う訳でして、是非この赤イモ羊羹を置かせて頂けませんか?」
「そう言われてもねぇ、コンビニなんかに置いてどうするさ?」
「こんなおいしい羊羹がコンビニで買える。勿論このお店の名前も入れて販売致します。」
「あんたの店からここは遠いけど、その辺そっちでやってくれんなら良いよ。ただし、大量生産なんかできる代物じゃねぇから値は1円も下げらんねぇ。」
「ありがとうございます!」
 深々と三島はお辞儀をして店を後にした。
「で、こんな利益見込めそうにない羊羹も並べて大丈夫な訳?」
 同行していた新川は相変わらずの冷めっぷりでツンと言ってみせた。
「君はスーパーの大安売りのカラクリを知らないのか?」
三島は口の端に得意げな笑みを滲ませ、ツンと言い返して見せた。
「知らない。でも、あれってギリギリ黒字なんじゃないの?」
 二人は田舎の畦道に少し足をもつれさせながら、遠くに停めたあった車に乗り込んだ。
「スーパーの特価はギリギリ黒字にはならない。人件費だけで赤になるんだ。でも、それを承知で値段を下げるのさ。」
「どうして?それじゃ意味ないじゃない。」
 ガタガタと軽トラックは揺れながら走り出し、遠くに見える紅葉色の山並みが太陽を背に輝いている光景がフロントガラス越しに見えた。
「見ろ、あの山きれいな紅葉だろ?人って言うのは、そう言うわかりやすくて目立つ物には惹かれるもんだ。そして、ぐうたらで贅沢な生き物でもある。紅葉を行くだけで山に入ったつもりでも、ついつい山菜を集めたり近くの温泉に浸かってしまったりするだろ?それはついでにやっている様で、本当はそれも目的だったりする。スーパーの特価品は同じようなもんだ。安売りをやる事で他店より目立つ為にあるんだ。」
 脱線しがちな説明は恐らく三島が「紅葉を見に行きたいな。」などと言う全く別の事を考えながら言ったせいだろう。そのせいか、新川は腑に落ちない表情でこう言った。
「別に山は客寄せで葉を染める訳じゃないでしょう。」
 燃える様な暖色系に染まる山を眺めながら、三島はゆっくりハンドルを切って上手く返してみせた。
「残念だったな。山はああやって燃える様に輝く事で実りの秋を告げる。それに寄せられた虫が集まり、虫や実を求めて鳥や小動物が集まってくる。そしてそれらのフンや死骸が木々を潤す養分になる。人はその生態系に入っていこうとしないだけで、本来は同じ様にあるものだろ?それに秋だけじゃない。春には花、夏には緑葉、冬には住処、年中様々な目玉商品で動物を引き寄せる。あれだけの商売上手は他にいないかもしれないな。」
三島の饒舌ぶりに新川はグッタリしたのか、シートを少しづつ下げて頭をゆっくり斜めに傾けてつぶやく様に言った。
「何でも言い様ね。まぁ、珍しい商品を目当てに客を寄せて他の商品がついでに売れればトータルで増益って事でしょう?結局は薄利多売、客寄せパンダじゃない。」
「そう言う事だ。パンダのいない動物園よりはパンダの居る動物園を選ぶ、風景化していない物なら後は商品価値だけしっかりしていれば効果は期待できる。」
 自慢げな三島の話しぶりに新川も少しは関心しているようだった。だが、急に嫌な事を思い出したのだろう。いきなり顔をしかめてこう言った。
「無名な商品ばっかりでしょ?宣伝はかなり重要な役目じゃない。あんなバカに任せて良いの?」
 彼女にとっての最大不安要素は「沢村」以外に有り得ない。むしろ、沢村さえちゃんとすれば万事上手くとさえ思っていた。
「大丈夫だ。沢村は何やっても目立つタイプだからな。良い意味でも悪い意味でも存在感が人よりあるって言う事は宣伝に役立つだろう。」
 三島は目じりを緩めてそう返した。
「あの単細胞の事だから、変な方向に行かなきゃ良いんだけど。」
「彼の駅前宣伝か?最近では噂の人物になっているじゃないか。駅前でコンビニを叫ぶ元ニートって事で雑誌なんかにも取上げられたしな。はははは!」
 三島の高笑いに新川の顔はこれほどなく煙たげな感じで、ところどころひきつっている様な強張った表情で言った。
「…既に手遅れって事ね。あいつが有名人なんて現実が私には耐えられないわ。」
─某ファミレス─
「では、沢村さん以前はニートだった訳ですね?」
 メモを片手に沢村へそう問いかけているのは雑誌の取材記者だ。沢村の目立つ宣伝活動が話題となり、この様な雑誌の取材が来るまで盛り上がったと言ったところか。
「はい!あの頃は絶対こんな事やんなかったけど。どうすっか!駅前宣伝してるコンビニっての俺が考えたんですよ?」
 沢村は意気揚々と鼻息を荒くしてそう言うと、取材記者の男はサラっとした笑いで狡猾にかわして次の質問に入った。
「はい。では、どうして今は宣伝活動をしているんでしょうか聞かせていただけますか?」
 絵に描いたような有頂天面の沢村は待っていましたと言わんばかりにこう答えた。
「店が潰されてしまうからですよっ!23区は働く意志があれば良いって言う法案なのにむちゃくちゃじゃないっすか!?」
 恐らく沢村は答えを用意していたのだろう。同じ質問を幾度となくされているからであり、それを宣伝の主軸にしているに違いなかったから。
「はい。ありがとうございました。」
 一方、それはそれとして取材が来る理由は全く違うニーズの元にあった。沢村は言わばお騒がせ人物の様な部類でしかなく、別に23区を象徴する様なものでもなければ労働者のシンボリックでもない。
 が、取材する側や沢村を笑いの種にする類のニーズが当初はそうであっても、やがては受けてがそうでなくなってくる部分もあった。
 純粋に、彼がしている行動が他人事ではないと受け取る人が出て来る。そして、伝える側もただの珍しい光景から社会を風刺しているものだと伝えはじめる。
 この日の取材は彼を笑いの種にする為でしかなかったが、その種が予想外の大きな実をつけることになるのを取材した人間はともかく彼自身知すらないだろう。
─数週のち─
 こうして、東奔西走の日々が繰り返された。それぞれの死力を尽くし、僅かずつだが来客数は伸びていった。
 入りの悪い日には店頭でも販売を行ったり、街のイベントに参加してはPR活動をしてみたりなりふり構わず集客に勤めた。
 前述した様に沢村の様に上位区から差別的な解雇が徐々に社会的な問題として盛り上がり、沢村はそんな渦中で必死にもがく道化としてではなく、純粋に働く場所を護ろうとする勇敢な青年として取上げられだしていた。
「いらっしゃいませ!」
「やぁ、君が沢村君?昨日のニュース見て来たんだよ。」
 中年の見知らぬ男は沢村にそう話しかけてきた。レジで立っている新川は口を半開きにしたまま「ありえねぇ」と言いたげな目でその様子を見ていた。
「マジっすか!?ありがとうございます!」
 沢村がお辞儀をすると、中年の男は右手を差し出してきた。
「僕も上位区から解雇を言い渡されたばかりでね、君を見ていると勇気が湧いてくる。是非これからも頑張ってくれ。」
 仕事の匂いがしっかり染み付いてそうな中年男の右手を沢村はためらう事なくしっかり握り、二人は笑いあった。
「本当に世も末ね。」
 新川は一人そうつぶやいた。
「みんな!吉報だぞ!」
 突然バックルームから出て来た長谷川が子供のような笑顔でそう言った。彼らしくないので新川は更にドン引きしていた。
「6区の売り上げを抜いて週間の店舗売り上げが10位以内に入ったんだ!」
「えっ!?」
「マジっっすかぁ!!?」
 店内にお客が居るにも構わず大声で喜び合った。お客からも「おーっ!」「おめでとう」と歓迎する言葉が次々に挙がった。にわかに店内はお祭り騒ぎだ。
「やったな沢村君!このままいけば本当に潰されずに済む!」
 長谷川の言葉に沢村も力強く頷いた。これまで色々あったが、今は全員が結束して店を盛り上げている。沢村にとっては人生で最大の褒め言葉だったかもしれない。
「これで潰されたらマジギレっすよ!」
 彼らが長いトンネルの向こうに見えた希望の光に喜声を挙げている。だが、その光はたやすく掴めるものどころか、事態は思わぬ方向へと迷走しだしていたのだった。
─上位区画会─
「…では、次にナインフーズのコンビニエンス事業の報告を。」
「はい。前月に引き続き下位区の営業店舗で赤字を計上しています。予定通り今月中に赤字の店舗は全店閉鎖し、FF(ファクトリームファーム)事業に移行する予定です。」
「そう言えば…23区にある営業店舗のひとつが最近ニュースや雑誌に取上げられているが、あれは誰の指示だね?確か赤字の店舗は統廃合する話しだったろう?」
「それが…、あの店舗には再三通告などで閉店を告げているのです…が全く従わず、あの店舗だけが勝手に独断専行でああ言った事を…。」
「困るなぁ、そんないい加減な対応じゃ。あれが元で下位区がストライキでも起こしたらどうするんだ?ただでさえ怪しい噂が出始めているって言うのに。そもそも、下位区の人間が上位区に逆らうのを許すなんて事があってはなぁ…。」
「聞くところによると今週の売り上げが6区の店舗を抜いたとか?良い笑い種だよ全く。」
「下位の区画に売り上げを抜かれるなんて醜態を晒した責任。どう取ってもらおうか?早急に検討委員会を開く必要があるな。」 
「あそこの指導担当は確か3区だったな。覚悟しておきたまえ川中君。君の首ひとつなんて安っぽいモノで片付く話ではない事を肝に銘じておくんだな。それと、他の区画管理の営業指導と監査を臨時で要請したいのだが皆異論はないな?」
「勿論。」
「異論は無い。むしろ粋がっている勘違いの野良犬を絞め殺せるチャンスだろう。出る杭は早めに打っておかないと。」
「では、解散。」
 遥か頭上の青海波を泳ぐ大型旅客機が鈍いジェット音を唸らせ、急激に発達し出した積乱雲の側壁を逃げ惑って行く。
 空は、動乱の幕開けを告げているかの様であった。