あれは、中学校の頃の文化祭だったかな。
「…で、この役は、佐藤君か沢村君にして欲しいんだけど。」
クラスで何か演劇を文化祭の出し物としてやろうって話になって、まぁ誰も乗り気にならねぇから役も全然決まらなさそうな雰囲気だった。
でも、この時に台本を書いていた女がかなりマイウェイだったから空気も読まずにどんどん一方的に話は進んでいった。
「佐藤君、やってみない?」
「あ?誰が…」
佐藤の性格はひねくれていたからな。友達も俺か隣のクラスにいる矢崎って言うヤツぐらいだったっけ。俺はあん時「絶対佐藤はやらねぇって言うだろうな。」って思ったさ。
「じゃぁ、沢村君。どっちかにやって欲しいな。」
十数人とはいえクラスのヤツ全員から見られるとやっぱ焦るよな。で、ビビった俺はしばらく考えた。どうせ役をやらない人間は大道具作りに回されるって相場が決まってる。だったら、肉体労働より適当に舞台でセリフ言ってた方がマシじゃね?って思ったんだ。
「やるよ、俺。」
「おぉ~っ!」
あの頃から無気力に日々過ごしてたからな。クラスのヤツらは俺から「やる」なんて言う言葉が出ただけで大げさに驚いた。
「じゃ、決定!」
で…まぁ、台本片手にホームルームやら特別活動の時間やら週に2・3時間の練習が文化祭まで続いた。
あれは今思い出しても酷い練習風景だったな。みんな国語の本読みよりヤル気ない感じで、役作りって言うより与えられた文章をつぶやいてるって感じだった。
俺も最初はみんなと同じだった。だがな、台本書いたヤツに刺激されたんだ。台本書いた女は自分自身を主役にして、一人だけ大声でいつもヤル気満々だった。なんかそれを見ていた俺はちょっとカッコイイと思ってしまった。これだけみんな乗り気になんねぇのにKYってある意味最強だなって思ったんだ。
そして当日。文化祭の日に俺は全力を出してやろうって思った。全員が淡々とうわべだけの役を演じてる中で、俺だけは熱演を続けたんだ。
その熱演っぷりに、会場からは大きな歓声が鳴り止まなかった。
「それでは、文化祭の最優秀演技賞の受賞者を発表します。最優秀演技賞は3年2組の西村孝之君です。おめでとうございます。」
文化祭の受賞は3年のみ。当時2年生だった俺は三年になってそれを知った。俺がもしあの時3年生だったら…そんな風に何度も思った。
だけど、2年生の文化祭終わりに思ったんだ俺は「努力って無意味だな。」って。
「いらっしゃいませ!」
「沢村君、最近ますます威勢が良いな。見直したよ。」
沢村はレジに立ちながら中学2年の頃を思い出し、今の自分と重ねていた。そう、やる気を出して裏切られるのが彼はとても恐いのだ。それでとても傷ついたから、もう二度とそんな思いをしたくないから。
だから、今こうしてヤル気になっている自分が輝いていてもどこか不安で仕方なかった。
「そうだ、今晩一緒にご飯どうだ?」
珍しく長谷川の顔が緩んでいた。いつも怒っていると言うか、張り詰めている感じがするのに、とても温和な表情だ。
「え…?俺と…っすか?」
沢村は素直に驚いた。さっきまでふてくされそうになる自分が湧き出てこようとしていたのが、すっかり姿を潜め意識は長谷川の話にいった。
「あぁ、焼肉でもどうだ。」
「やきにくぅっ!?行くっ!行きますっ!」
子供のように沢村がはしゃぐと、長谷川は照れくさそうに鼻先を軽くこすって言った。
「コラコラ、まだ仕事は残ってる。ちゃんと終わってからだぞ。」
「わかりました!」
さっきまで充電切れかけのサインが色濃く出ていたはずの沢村だったが、調子よく反転急反発した様だ。全く、単純な男である。
─閉店後─
「はい、牛カルビお待ちっ!」
威勢の良い店員が手際よく皿を目の前に並べ、同時にビールやつまみ類も置いていった。
「やきにく…じゃない…」
なぜか沢村はガックリと肩を落とし、皿に乗っている料理を恨めしそうに眺めた。
「どうした?食べないのか?」
長谷川はビールを片手に、次々と料理を口にほおばっていく。
「…って!これ焼肉じゃないじゃないっすかっ!?」
沢村の目の前には串にささった牛カルビ肉が数本並んでいた。他にもせせりや砂肝が何本も皿に乗っている。
「焼肉だろ?あはははは!」
近頃は牛ロースなんかも串にさして出すらしいが、沢村は大きく期待を裏切られてそれどころではなかった。彼は当然「焼肉屋」に行けると思っていたのだから。
「まぁそう落ち込むな!ささ、手羽先も旨いぞ!食べろ食べろ!」
いつになく上機嫌な長谷川を見て、沢村も「まぁ、おごりなら何でも良いか。」と、開き直って目の前に並んでいた料理に勢いよく手をつけていった。
「そう言えば、沢村はここに来る前は何をしていたんだい?学生か何かか?」
食事も2・3品なくなった辺りで、長谷川は脈略もなくそう聞いて来た。沢村は食べる手は止めずに、当たり障りなく答えた。
「まぁ、そんなとこっすね。でも、ちゃんと通ってたのは一年の前期ぐらいでした。」
長谷川はニンマリとやけに緩んだ笑顔でのけぞって見せた。
「ははーん。まぁ、あの頃の大学生なんざ誰もが遊ぶために大学行ってたからな。沢村とコンビニで働きはじめたあの頃は、まさにワガママでお子様なヤツだったしな!」
酒を飲んでいるせいか長谷川のキャラがだんだん変わってきているのに沢村はウンザリしていた。まだ聖人君子のような長谷川の方がマシだ…と思う程、今の長谷川はただウザイ絡みをしてくるオッサンでしかない。
「よし…じゃ、俺は何をしていたと思う?」
この俺の正体を見抜いてみろ小僧っ!とでも言いたげな口調と態度。沢村はスルーして普通に答えた。
「ホームレスっしょ?」
「………っ」
ズバ的、店ごとしばらく沈黙した。しばらく時間が制止して、長谷川は気を取り直すべくほとんど空になったビールを一気に飲み干した。
「沢村、どうして知っていたんだ?誰にも言ってはいない事なんだが…」
「俺、遊びほうけて東京の繁華街とかをウロウロしてたんだ。酔っ払って街の中を歩いてた時に長谷川さんを見かけたんだよ。それに、説明会の時に隣だったし。」
どうやら長谷川はその時の事をすっかり忘れていたようだった。しまったと言いたげに口を大きく開いておどけて見せた。沢村の中で長谷川像が一瞬にズタズタになった。
「あー!そうだったか!あの時の!どこかで見たヤツだとは思ったんだ。まぁ、そんな過去の事は良いじゃないか。俺はホームレスになりたくてなった訳じゃないんだ。」
だいぶ酒が回っているのか、話していることが少しずつとんちんかんになっている。誰だってホームレスになりたくてなる訳ないだろ、とツッコミを入れたい気分だ。
沢村もそんな気分になりながらも、まともに返した。
「じゃぁ、どうしてホームレスになったんだ?」
梅肉で和えた胸肉の串を長谷川は手に取り、クルっと回して見せた。その瞳は串ではなくどこか遠くを見ているようで、その目線の先は追憶の彼方へと続いているようだった。
「私はな。元は派遣村に居た派遣社員だったんだよ。」
さっきまでのトーンとは明らかに違う、とても淀んで暗く沈んだトーンだった。沢村も飲もうとしていた酎ハイを置いて、静かに息を飲んで言った。
「派遣村って…あの?2008年頃まであったって言う…?」
さすがの沢村でもそう言う事は知っているようだった。案外、中学生の頃ぐらいは真面目だったのだろう。
「あぁ、派遣村…相次ぐ派遣切りによって失業した労働者が集まって結成されたテント村だ。俺は大手自動車部品の製造請負をしていたんだ。だが、リーマンブラザーズショック以降の不景気によって俺もクビになった。俺に落ち度も何もなかったんだがな…、これでも工程リーダーとして技術を高く買われていた程だったんだ。しかし、派遣だから簡単に解雇されてしまった。」
沢村は「このオッサン、くだをまきたいんだな。」と思った。
「で?村は解散になったんだろう?その後どうしたんだ?」
「そうだな。しばらく俺は派遣村のみんなと戦ったが、結局次の就職先が見つからずにズルズルと歳月が経ってしまったんだ…。気がつけば44歳ってな、かなり絶望したさ。」
「派遣をする前はどうだったんだ?」
沢村は淡々としているが、内心はとても暗い話で参っていた。だが、話の内容が濃いのもあって続きを聞かずにはいられなかった。
「…元は大手小売チェーン店の店長をしていた。だが、統廃合の話が進んで人員の配置変えとかで俺は地方の店舗に左遷となった。当時は家族がいたからな…随分もめた。俺は地方で働く気があったんだが、結局それが元で離婚され、妻は離活屋なんてのを雇って多額の慰謝料と子供を持って実家に帰ってしまった…。俺には何も残らなかった…。」
あまりに表情が鈍っていくので沢村は切り返すことにした。
「だからコンビニでも他の人よりできが違うって訳かぁ。」
よいしょ。これぞ日本の伝統。と、言うか伝家の宝刀か。すっかり凹みきっていた長谷川はムクリと姿勢を正し、顔をあげた。
「そうか…?俺は他の人と違うか…?」
ここで「いや、大して変わらんよ。」なんて言ったら長谷川は壊れるだろうな。そんな事を左脳の片隅で考えながら、沢村は励ますように言った。
「あったりまえじゃないっすか!長谷川さん!」
酒を飲んでいればこんな感じでも充分OK。しらふだったら恐ろしい事になるだろうに。
「そうか!?そうだな!いや、私はもう過去は良いと思ってるんだ!ここに来てからは仕事もあるし、住む家まである!ここは最高だ!そうだろ沢村君っ!!」
ちょっとアゲ過ぎたか、いささか気持ち悪い気もする。だが、沢村も随分酔いが回って冷静ぶった態度を取れず、ついつい調子を合わせて言った。
「マジでここは最高っすよ!俺もニート卒業できたし!23区ばんざ~~いっ!」
沢村の乗りに長谷川は便乗して両手を思いっきり上げてから叫んだ。
「23区ばんざーーーいっ!」
二人の男が、どこまで本心でそれを言ったかは定かではない。酔いが回っていたからだろうか、それとも23区での生活に順応し始めたからか、これまでの社会が23区と比べると粗悪なものだったのかは…わからない。
ただ、法令によって格差も差別も失職さえも表面上なくなった世界。そこで生き始めた二人は、少なくとも良い方向へと向かっている…はずだった。
「…で、この役は、佐藤君か沢村君にして欲しいんだけど。」
クラスで何か演劇を文化祭の出し物としてやろうって話になって、まぁ誰も乗り気にならねぇから役も全然決まらなさそうな雰囲気だった。
でも、この時に台本を書いていた女がかなりマイウェイだったから空気も読まずにどんどん一方的に話は進んでいった。
「佐藤君、やってみない?」
「あ?誰が…」
佐藤の性格はひねくれていたからな。友達も俺か隣のクラスにいる矢崎って言うヤツぐらいだったっけ。俺はあん時「絶対佐藤はやらねぇって言うだろうな。」って思ったさ。
「じゃぁ、沢村君。どっちかにやって欲しいな。」
十数人とはいえクラスのヤツ全員から見られるとやっぱ焦るよな。で、ビビった俺はしばらく考えた。どうせ役をやらない人間は大道具作りに回されるって相場が決まってる。だったら、肉体労働より適当に舞台でセリフ言ってた方がマシじゃね?って思ったんだ。
「やるよ、俺。」
「おぉ~っ!」
あの頃から無気力に日々過ごしてたからな。クラスのヤツらは俺から「やる」なんて言う言葉が出ただけで大げさに驚いた。
「じゃ、決定!」
で…まぁ、台本片手にホームルームやら特別活動の時間やら週に2・3時間の練習が文化祭まで続いた。
あれは今思い出しても酷い練習風景だったな。みんな国語の本読みよりヤル気ない感じで、役作りって言うより与えられた文章をつぶやいてるって感じだった。
俺も最初はみんなと同じだった。だがな、台本書いたヤツに刺激されたんだ。台本書いた女は自分自身を主役にして、一人だけ大声でいつもヤル気満々だった。なんかそれを見ていた俺はちょっとカッコイイと思ってしまった。これだけみんな乗り気になんねぇのにKYってある意味最強だなって思ったんだ。
そして当日。文化祭の日に俺は全力を出してやろうって思った。全員が淡々とうわべだけの役を演じてる中で、俺だけは熱演を続けたんだ。
その熱演っぷりに、会場からは大きな歓声が鳴り止まなかった。
「それでは、文化祭の最優秀演技賞の受賞者を発表します。最優秀演技賞は3年2組の西村孝之君です。おめでとうございます。」
文化祭の受賞は3年のみ。当時2年生だった俺は三年になってそれを知った。俺がもしあの時3年生だったら…そんな風に何度も思った。
だけど、2年生の文化祭終わりに思ったんだ俺は「努力って無意味だな。」って。
「いらっしゃいませ!」
「沢村君、最近ますます威勢が良いな。見直したよ。」
沢村はレジに立ちながら中学2年の頃を思い出し、今の自分と重ねていた。そう、やる気を出して裏切られるのが彼はとても恐いのだ。それでとても傷ついたから、もう二度とそんな思いをしたくないから。
だから、今こうしてヤル気になっている自分が輝いていてもどこか不安で仕方なかった。
「そうだ、今晩一緒にご飯どうだ?」
珍しく長谷川の顔が緩んでいた。いつも怒っていると言うか、張り詰めている感じがするのに、とても温和な表情だ。
「え…?俺と…っすか?」
沢村は素直に驚いた。さっきまでふてくされそうになる自分が湧き出てこようとしていたのが、すっかり姿を潜め意識は長谷川の話にいった。
「あぁ、焼肉でもどうだ。」
「やきにくぅっ!?行くっ!行きますっ!」
子供のように沢村がはしゃぐと、長谷川は照れくさそうに鼻先を軽くこすって言った。
「コラコラ、まだ仕事は残ってる。ちゃんと終わってからだぞ。」
「わかりました!」
さっきまで充電切れかけのサインが色濃く出ていたはずの沢村だったが、調子よく反転急反発した様だ。全く、単純な男である。
─閉店後─
「はい、牛カルビお待ちっ!」
威勢の良い店員が手際よく皿を目の前に並べ、同時にビールやつまみ類も置いていった。
「やきにく…じゃない…」
なぜか沢村はガックリと肩を落とし、皿に乗っている料理を恨めしそうに眺めた。
「どうした?食べないのか?」
長谷川はビールを片手に、次々と料理を口にほおばっていく。
「…って!これ焼肉じゃないじゃないっすかっ!?」
沢村の目の前には串にささった牛カルビ肉が数本並んでいた。他にもせせりや砂肝が何本も皿に乗っている。
「焼肉だろ?あはははは!」
近頃は牛ロースなんかも串にさして出すらしいが、沢村は大きく期待を裏切られてそれどころではなかった。彼は当然「焼肉屋」に行けると思っていたのだから。
「まぁそう落ち込むな!ささ、手羽先も旨いぞ!食べろ食べろ!」
いつになく上機嫌な長谷川を見て、沢村も「まぁ、おごりなら何でも良いか。」と、開き直って目の前に並んでいた料理に勢いよく手をつけていった。
「そう言えば、沢村はここに来る前は何をしていたんだい?学生か何かか?」
食事も2・3品なくなった辺りで、長谷川は脈略もなくそう聞いて来た。沢村は食べる手は止めずに、当たり障りなく答えた。
「まぁ、そんなとこっすね。でも、ちゃんと通ってたのは一年の前期ぐらいでした。」
長谷川はニンマリとやけに緩んだ笑顔でのけぞって見せた。
「ははーん。まぁ、あの頃の大学生なんざ誰もが遊ぶために大学行ってたからな。沢村とコンビニで働きはじめたあの頃は、まさにワガママでお子様なヤツだったしな!」
酒を飲んでいるせいか長谷川のキャラがだんだん変わってきているのに沢村はウンザリしていた。まだ聖人君子のような長谷川の方がマシだ…と思う程、今の長谷川はただウザイ絡みをしてくるオッサンでしかない。
「よし…じゃ、俺は何をしていたと思う?」
この俺の正体を見抜いてみろ小僧っ!とでも言いたげな口調と態度。沢村はスルーして普通に答えた。
「ホームレスっしょ?」
「………っ」
ズバ的、店ごとしばらく沈黙した。しばらく時間が制止して、長谷川は気を取り直すべくほとんど空になったビールを一気に飲み干した。
「沢村、どうして知っていたんだ?誰にも言ってはいない事なんだが…」
「俺、遊びほうけて東京の繁華街とかをウロウロしてたんだ。酔っ払って街の中を歩いてた時に長谷川さんを見かけたんだよ。それに、説明会の時に隣だったし。」
どうやら長谷川はその時の事をすっかり忘れていたようだった。しまったと言いたげに口を大きく開いておどけて見せた。沢村の中で長谷川像が一瞬にズタズタになった。
「あー!そうだったか!あの時の!どこかで見たヤツだとは思ったんだ。まぁ、そんな過去の事は良いじゃないか。俺はホームレスになりたくてなった訳じゃないんだ。」
だいぶ酒が回っているのか、話していることが少しずつとんちんかんになっている。誰だってホームレスになりたくてなる訳ないだろ、とツッコミを入れたい気分だ。
沢村もそんな気分になりながらも、まともに返した。
「じゃぁ、どうしてホームレスになったんだ?」
梅肉で和えた胸肉の串を長谷川は手に取り、クルっと回して見せた。その瞳は串ではなくどこか遠くを見ているようで、その目線の先は追憶の彼方へと続いているようだった。
「私はな。元は派遣村に居た派遣社員だったんだよ。」
さっきまでのトーンとは明らかに違う、とても淀んで暗く沈んだトーンだった。沢村も飲もうとしていた酎ハイを置いて、静かに息を飲んで言った。
「派遣村って…あの?2008年頃まであったって言う…?」
さすがの沢村でもそう言う事は知っているようだった。案外、中学生の頃ぐらいは真面目だったのだろう。
「あぁ、派遣村…相次ぐ派遣切りによって失業した労働者が集まって結成されたテント村だ。俺は大手自動車部品の製造請負をしていたんだ。だが、リーマンブラザーズショック以降の不景気によって俺もクビになった。俺に落ち度も何もなかったんだがな…、これでも工程リーダーとして技術を高く買われていた程だったんだ。しかし、派遣だから簡単に解雇されてしまった。」
沢村は「このオッサン、くだをまきたいんだな。」と思った。
「で?村は解散になったんだろう?その後どうしたんだ?」
「そうだな。しばらく俺は派遣村のみんなと戦ったが、結局次の就職先が見つからずにズルズルと歳月が経ってしまったんだ…。気がつけば44歳ってな、かなり絶望したさ。」
「派遣をする前はどうだったんだ?」
沢村は淡々としているが、内心はとても暗い話で参っていた。だが、話の内容が濃いのもあって続きを聞かずにはいられなかった。
「…元は大手小売チェーン店の店長をしていた。だが、統廃合の話が進んで人員の配置変えとかで俺は地方の店舗に左遷となった。当時は家族がいたからな…随分もめた。俺は地方で働く気があったんだが、結局それが元で離婚され、妻は離活屋なんてのを雇って多額の慰謝料と子供を持って実家に帰ってしまった…。俺には何も残らなかった…。」
あまりに表情が鈍っていくので沢村は切り返すことにした。
「だからコンビニでも他の人よりできが違うって訳かぁ。」
よいしょ。これぞ日本の伝統。と、言うか伝家の宝刀か。すっかり凹みきっていた長谷川はムクリと姿勢を正し、顔をあげた。
「そうか…?俺は他の人と違うか…?」
ここで「いや、大して変わらんよ。」なんて言ったら長谷川は壊れるだろうな。そんな事を左脳の片隅で考えながら、沢村は励ますように言った。
「あったりまえじゃないっすか!長谷川さん!」
酒を飲んでいればこんな感じでも充分OK。しらふだったら恐ろしい事になるだろうに。
「そうか!?そうだな!いや、私はもう過去は良いと思ってるんだ!ここに来てからは仕事もあるし、住む家まである!ここは最高だ!そうだろ沢村君っ!!」
ちょっとアゲ過ぎたか、いささか気持ち悪い気もする。だが、沢村も随分酔いが回って冷静ぶった態度を取れず、ついつい調子を合わせて言った。
「マジでここは最高っすよ!俺もニート卒業できたし!23区ばんざ~~いっ!」
沢村の乗りに長谷川は便乗して両手を思いっきり上げてから叫んだ。
「23区ばんざーーーいっ!」
二人の男が、どこまで本心でそれを言ったかは定かではない。酔いが回っていたからだろうか、それとも23区での生活に順応し始めたからか、これまでの社会が23区と比べると粗悪なものだったのかは…わからない。
ただ、法令によって格差も差別も失職さえも表面上なくなった世界。そこで生き始めた二人は、少なくとも良い方向へと向かっている…はずだった。


