くだらない毎日だ。
そんな風に思っているのか、深刻化する「若者のニート」の代表的な人物がその日暮らしを続けていた。
名前は沢村 隼人(二十六歳)都内の私立大学卒業後に飲食店に就職。
2日目で無断欠勤をし、店の金を抜いていたのもバレて現在ニートに至る。
彼は、毎日親からのお小遣いや日雇いの労働で気ままに食いつなぎ、就職も勉強も一切せずに遊ぶか寝るかの日々を送っている。
家にはあまり帰らず漫画喫茶やネットカフェで過ごし、お金がない時は実家に行くか、ハンバーガーショップで百円のコーヒーを買って寝る様な事もしばしばだ。
「今度さ、新しいゲーム機が出るだろ?あれ何って言ったっけ?…そうそう、うんそれ。」
 もっぱら、彼が興味あるのは彼が好きなものだけ。簡単な思考だが、その中には社会だとか未来だとか彼らで言う「難しい事・面倒くさい事・関係ない事」は一切存在しない。
 なぜなら、彼らは「俺なんかがどうにかできる訳ないし、どうでも良いことだし、別に関係ないじゃん。どうせ俺なんかが何かしても何も変わんないんでしょ?」
 と、ご覧の他人ごと。
関わり合わなければ責任は生まれない。
彼らの楽をする為に選んでいる代表的な常套手段である。そもそも、自分の事以外は興味の範疇外ですらある。
 だが、そんな無関係でいたところで真に無関係でいられるはずは当然なかったのだった。
【2022年三月二十日参議院「23区法案」与党で強行採決、通過。】
 彼の興味圏外で着実にその日は近づいていた。
だが、眼を向けもしない事など彼が知るはずもない。それが、彼の選んだ結果なのだから…。
 そんな折、彼は珍しく大学時代の友人や顔見知りと遊んでいた。
「沢村、お前まだニートやってるらしいな?」
 友人は少し沢村を哀れむような口調でそう言った。
「お前こそ、まだ真面目に働いてんの?バカらしくね?」
 彼は友人にそう言った。
彼の友人はトラック運送の仕事をしている。
遊び人の沢村からすればキツクて大変な仕事をわざわざ何の為にするのか理解に苦しいところが多々あった。
「バカらしいって…、そんな考え方じゃお前の将来はホームレスしかないだろ?」
 友人としての忠告も、沢村にはあまり響かず、おざなりな返事を口にした。
「あー有りえる。つか、そん時は電車に飛び込んで死ねば良いし。俺、長生きする気とか全然ないから。」
 ここまで来ると、誰も諭す気にさえならない。
彼にとって「今」以外は眼中になく、今さえ充実していればそれ以上のことは考えたくもない様だ。
 数時間が過ぎ、友人らと飲み屋を何件かハシゴした後、沢村は夜の繁華街を千鳥足でふらふら闊歩していた。
 大人の渋みも漂うきらびやかなネオン街、その中をふらつくご機嫌な彼。
行き交う人はどこか神経質過ぎる様な顔にさえ見えるほど彼は浮いていた。
「ん?なんらあれ?」
 その目に映ったのは、コンビニにある空き缶のゴミ箱へ群がっている男だった。
「あぁ、ほ~むれすかぁ。」
 血肉がこびりついたような長いマントに、脂ぎったあご髭は世に言う浮浪者としか言い様がなかった。
 必死で空き缶を集める姿を彼は何気なく見送り、その日は眠りについたのだった。
今日の寝どころは例によってハンバーガーショップ。
泥酔をごまかす為に公園で水をかぶ飲みしたのは良いが、イスで寝るのはさすがに彼もしんどいのか熟睡ができない。
(…ちっ、飲みすぎて金欠とは…家が近けりゃ帰ったのに。)
 ひたすら若さ故の遊惰に溺れる彼は、自分がもう浮浪者の一歩手前であることに気づきもせず、都会のくすんだ銀河の中でただ夢を見ていたのだった…。
【2022年四月十五日衆議院「23区法案」与党・諸党連立で賛成過半数達成、可決。】
 その日、沢村の知らないところでとんでもない法案が可決されてしまった。
その法案を巡って多くの論争が巻き起きていても、彼だけは隔離された世界にいるようなものだった。
 TVをつければどの局も特番を組み、これからの日本社会がどうなるか等を専門家や政治家と熱く議論している。
 今時の若者の中でも沢村は政治に一切興味がない方で、そう言う難しい話は知らないしわからないし、つまらないと思っていた。
 勿論、簡単な事程度は知っている。それでも、多くの若者と同じような感じで、政治や社会なんて堅苦しい話に首をつっこむ気はさらさらないだけである。
 彼は特番続きの状況を危機と捉える事は全くなく、むしろ良いTV番組がない退屈な状況にしか思えなかった。
 案外彼の様な若者は、現代社会ではさほど珍しくない多数派かもしれない。
「暇だな、コンビニにでも行くか。」
 世の中が騒然としつつある。
だが、法案の成立ごときで街の風景が急転して百八十度変わる訳でもなく、街を行き交う人の様子や雰囲気もいつもと大差はなかった。
 いや、注意深く見ていれば何かしら違いはあるのだろうが、行き交う人を注意深く見る人などそうはいないし、彼の性格なら尚のことない。
 沢村はコンビニに着くと、早速雑誌のコナーに行って漫画を読み始めた。漫画の隣に置いてある週刊誌や雑誌には「23区法案可決!!施行は五月十五日!日本崩壊カウントダウン特集!あなたはもう生きられない!」と派手な見出しで書かれていた。
「やっぱ、最近はモエ系が多いな。あんまし面白くないんだよなーモエは。つか、飽きた。」
 彼がその見出しに気を取られる訳などない。彼の関心なんて一般男性がたまに覗く成人雑誌の中身にわずかあるだけ。元より、本など読む気さえ持ち合わせていないのだ。
 加えて、普段コンビニ等を利用していて、雑誌の見出しや派手な表紙は確かに目には付くが、手に取って見ることなど十のうち一つぐらいなものだろう。
 しかも、どれも同内容で騒ぎたてていれば尚更見ない。著名な人が結婚した内容で全紙が見出しを打っている場合なんかを想像してもらえば相違ないだろう。こう言った目立つ見出しの大部分は既に風景化しているに等しいのだから。
 情報社会が進むと情報は即座に大量流出してすぐ飽和する。新鮮な情報ですら、既に飽和してしまった情報となり、それすら把握できない程の早さで日々頭上を言葉だけが飛び交っているのだ。
彼が「23区法案」についての情報を得るのは容易いが、情報は得る意思のない者には伝わらない。
いや、正確には耳にする程度の事はあるが、それは「23区法案可決」と言う言葉だけの話で、内容などと言うものは関心のない彼の様な人間にとっては中身の無いカラの実同然と言ったところか。
 例えば、ゲーム好きな青年が最新ゲーム機やソフトには詳しいのは当然だ。逆にゲーム等一切興味のない中年男性が最新ゲーム機やソフトの名前くらいは知っていても内容までは知らないと言った具合の類である。
 ごたくはとりあえず、沢村が「23区法案」について真に知る契機は他の人より随分遅い後々になる。
そう、施行の日…五月十五日だ。
【2022年五月十五日内閣府より「23区案」与党案を一部修正後、施行開始。】
 五月雨、地に咲く一輪花を蹴散らすような豪雨が早朝から降っていた。
「…………うーん。」
 沢村はいつも利用しているマンガ喫茶でその日も寝ていた。彼は家に帰る事など月に数回で、お金をもらう目的以外で帰宅することは皆無に近かった。と、これは説明済み。
 マンガ喫茶に来る前に気の知れた友人も一緒に寝ようかと誘ったのだが、用事があるとか何とかで断られてしまった。
 私大に行けて仕事もないのに彼が遊んでいられるのは、両親とも共働きで、ただ一人の息子の為に努力しているからだ。
それに彼が甘えているだけの話しである。
 彼が個室で安眠していると、急に店の中に大勢の人間が入ってきた。彼はしばらく目を閉じていたが、どうにも人数のケタが違う。聞こえる靴音がハンパではない。
今までの静寂は多人数の話声や足音などで簡単に壊された挙句、かなり尋常ではない雰囲気を彼の個室にまでバタバタと轟かせていた。
「……んだよ、うるさいな…」
 沢村はキレ気味で瞼を少し開けた。彼は完全に起きたりはせず、外の様子を伺いながら早く静かにならないかと苛立ちながら待つ。彼が静かに待つのは別に彼が大人しいからではなく、関わったりするのが大変に面倒だからである。
「この店に客は?」
 店内に一瞬静けさが戻ったのも束の間、マンガ喫茶ではありえない大声が聞こえた。
「二名まだいます。」
 店員も声はかなり大きい。いや、それはおかしい…客が大声を出すのはわかるが、ここの店員なら「お客様、声をもう少し小さく…」とか「もう少しお静かにしていただけますか?」などと言うはずなのだが…。
 沢村も少し変な感じがしながらも、しばらくやり取りに聞き耳を立てて様子を伺った。
「あなたは登録従業員ですか?区画カードを提示してください。」
「はい、カードを…。営業規定通りの運営をしていましたが、2名様とも起きられる事がありませんでした。区画カードの提示もなしです。後はよろしくお願いいたします。」
「…はい、わかりました。では、他の客をマニュアルBで収容します。作業開始!」
 誰かはわからないが、例えるなら戦場に立つ総大将が「突撃っ!」と号令を発したような…。
あまりに普通を通り越したその怒号にさすがの沢村も飛び起きた。
「なんだ…何が起きてるんだ……?」
 個室だから外の様子は見えない。だが、確実に数十人が店内を四方八方バタバタ駆け回っているようだ。しかも、個室の扉をバタンバタン勝手に開けている様な凄まじい音までしている始末。沢村は徐々に恐怖心で体が震え始めていた。
「いたぞ!こっちだ!」
 沢村の真近くで鋭い声がした。
「やっ……やめてくれぇ~~~~っ!!」
 突然、人に捕まったセミより激しい悲鳴のような声が店内に響いた。
その声に沢村はビクっと体が震え、顔から一気に血の気が引くのを止めることもできない。
「抵抗しても無駄だ!こいつを収容するぞ!急げっ!」
 先の怒号を発した人と同じ声だ…。ガタン!ガタン!と、店内に物凄い音がする中、沢村は悲鳴の主がどこかに連れ去られてしまったのだと直感した。
(……っ!)
 無数の足音が波は自分のすぐ傍まで勢いよく迫る。ドンドンドン!ドンドン!
「ここが開きません!」
 防音加工されている扉とは言え、外にいるやつらの音は簡単にそれを飛び越える。
今にも中まで雪崩込んできそうな程に声は近かった。
 ガチャガチャッ!  ガチャガチャッ!
「鍵がかかっているようです!」
 誰かがドアノブをガチャガチャしている…目を背けたいが、もう目も何も動かせない。
「では、存在確認事項第二項に基づき声をかけます。…誰かいますか?」
 沢村の耳には扉の向こうでのやり取りすら聞こえていた。だが、返事などできる訳がない。あのさっきの人が明らかに嫌がっていた事や、強引にどこかに連れて行かれる事。何よりこの意味もわからない得体の知れない連中や今起きている事…。
 今ここで返事すれば、どうなってしまうのか…その恐怖は計り知れない。
(なんだよ!なんなんだよ!)
「誰かいますか…?誰かいますか…っ!?」
 声は最初より二回目、二回目の次は拡声器でも使っているのか…相当大きな声だ。
「いないようです。」
「了解。非既知者もしくは離反者確認事項第四項、生存確認の為による特例を適応します。これより、この個室の重機による破壊・開錠に取り掛かります。作業員準備してください。」
 扉の向こうは動きが慌しく、ガチャガチャと工具箱をいじった時にするような金属音まで聞こえてきた。…個室の重機による破壊…?頭の悪い沢村にも大体想像がついた。
ドゥゥン!  ウィィィィッィン! ウィィィィッィン! ガガガガッ!
「うわぁーーーーーーーーっ!!」
 チェーンソーだ。明らかに扉の向こうでそれが駆動している。沢村が叫びを上げているにも関わらず、個室の扉は激しい振動と共にバキバキと割れていった。
ガリガリガリガリッ! メキメキッ! バキバキバキッ!
「やめろって!俺が何したんだよ!やめろよ!」
沢村は飛び散る木片を必死で振り払い、奥へ奥へ身を縮み込ませた。
だが、分厚い個室の扉をチェーンソーは容赦なくぶった切っていく。
「よし、開けろ。」
 簡単に施錠は破壊され、扉はゆっくり開けられた。個室の外にはスーツの男が数人、作業着でチェーンソーを持った男が一人いた。
「名前は?区画カードは持っているか?」
 集団の一人がそう言った。だが、何の話をしているのか何が起きているのかさっぱりわからない。沢村は乾いた唇を噛み締めて、必死で吼えた。
「知らねぇよ!お前ら何だよ!警察呼ぶぞっ!」
 眼鏡で長身の男が集団から出て沢村の方へきた。
「君、身分証明書は持っているか?」
 沢村は免許書を持っていたが、見せるのは良くない気がした。
何をされるのかわからないし、自分の事を連れて行くために利用されるかもしれない。
とにかく、さっき連れ去られた男の二の舞にだけはなりたくなかった。
「ねぇよ!マジで警察呼ぶぞっ!」
「仕方ない、連れて行け。」
「うわぁあぁああぁぁぁ!」
 …狭い個室に一体何人なだれ込んだのだろう?沢村は必死に抵抗したが、気付くと護送車のような車の中だった。
どうやら、強制的に眠らされたのだろう。
「頭…痛っ…」
 車は一体どこへ向っているのか?一体何が起きているというのだろうか…?