「ねぇー、ねぇー、聞こえてるの?」
 ここは誰も寄り付くことがない部屋。幽霊部員ばっかりで、活動しているのが私だけな文芸部の部室だ。
「無視されてると気づかないんですか?」」
「いやー、普通に聞こえてないんだとばかり」
「で、なんのようですか。幽霊部員さん」
「え、知ってたんだ。俺が部員だってこと」
「まあ、部長なんで」
 幽霊部員だった彼は、人懐っこい笑みを浮かべながら軽快に会話を紡いでいく。
「そうそう。お願いがあるだよ」
「なんです?」
「死にたいんだよね」
 は?何言ってるんだろう。
「・・・初対面の人に言います?普通」
「初対面だからこそ言えるんだよ」
 そういうものなのか?確かによくある。お酒を飲んで酔って、近くにいた大学生に愚痴ってそこから関係が始まるっていう話はよくあるけど。
「どうしてほしいんですか?」
「俺の話を聞いてほしい」
「そうですか。じゃあ、私がおすすめした本を読んできたらいいですよ」
「いいの?」
「いいですが、ただ話をしに来るだけならもう二度と話を聞きません」
「うん、わかった。敬語を外そう」
 急激に話を移す彼に驚き、じっと見つめる。彼がどう思ってそう要ったのか、探ろうとして。
「でね、なんか嫌になっちゃって。生きることが」
 本当に話の内容をコロコロと変えてくる。先ほどまで「敬語を外して」と言っていたはずなのに「死にたい」について話し出す。
「あなた、話をものすごく変えるわね」
「お、敬語じゃないじゃん。うん、それを継続してね」
 いや、流石に方向返還しすぎでしょ。
「なんでだろう。別につらいことがあるわけじゃないのに、死にたいなってふと思っちゃう」
「人間ってそんなもんじゃないの?」
「どうだろう。俺の周りには、いないかも」
 それはどうだろう。誰にも悟られないよう隠している可能性だってある。人は思っていることを全て出せるほど器用なんかじゃない。
「そんなのわかんないよ。誰もが顔に行動に出すわけじゃないでしょ。あなただって表情に出る?出ないでしょう。クラスメイトに死にたいの?って言われたことないでしょう」
「そういや、そうだね」
 思わず声を荒げてしまったのに、彼は驚くことなく平然と会話を続ける。本当におかしな人だ。
「弱音なんて、自分が死にたいなんて人に言ってみなよ。たぶん、病アピだとか言われるだけだよ」
 最後の方になるにつれて声はだんだんと小さく頼りない声になっていった。
「でも、君はそんな風に思わないでしょ?だから、言ったんだけど」
 パッと顔をあげ彼の顔を見つめる。口角は微笑むように上がっているが、目は真剣で真っ直ぐにこちらを見据えていた。
「でね、ただただ誰かと一緒にいる気になれなくて。学校の中をブラブラしてたんだけど、廊下の隅にあったこの部屋がちょっと気になっちゃって。そしたら、君がいて黙々と本を読んでいた。その目がすごく気になってね。どうして、そんな目になるのかって気になって」
「そう。おすすめな本っていうのが」
「いや、君も急に話を変えてくるけど。どんな本?」
「余命宣言された少女と死にたい少年の話」
「ふーん、面白い?」
「人によると思うよ。一旦、これを読んでみて。どう思ったのか気になるから」
「わかった。じゃあ、俺はそろそろ帰ろうかな」
「そう」
「え?ここは一緒に帰る流れじゃない?」
「もう少し読んでから帰る」
 私は横に置いていた本を開く。彼のせいで読むのを邪魔されたのだ。
「じゃあ、また明日」
 一瞬だけ部室が静かになる。だって帰った彼がまた、ドアを少しあけて顔をのぞかせていたからだ。
「俺の名前、知ってる?」
「知ってるけど、言いたくないから貴方で」
「そう?じゃあ、俺は君呼びでもいいの?」
「うん。そっちの方が私を呼んでるって思うから」
 彼は一瞬、目を見開いた後にスッと細めて「うん、いいね」と何かを噛みしめて帰っていった。
「・・・明日も来るかな?」
 窓の外に広がってる空を見る。太陽がオレンジに空を染めていた。
「同じ空はない」
 小説の中に出てくる綺麗事のように思える言葉をつぶやき、また本へと視線を戻した。