「ふむ……」

 村長さんが僕たちに目配りをしてきた。クロウとシロガネが頷いて、僕も頷く。

 今のところ万能温泉のお湯をかけて成長しなかったものはないから、たぶん大丈夫だと思う。

「よし、それではそれをもらうとしよう」

「まいどあり!」

 レッドアッシュの種といくつかの作物の種や苗を購入した。これでまたアゲク村に新しい香辛料ができそうだ。

「そういえば今日は以前にこの街へ来た時よりも人が多いように感じたのじゃが、なにかあったのかのう?」

「ああ、今日はこの地域の領主様が街へやってきているのよ。おかげで街の偉い人たちや大きな商人の人たちはピリピリしているわね」

 村長さんの言う通り、今日は以前に街へ来た時よりも人が多い気がしたけれど、僕の気のせいじゃなかったみたいだ。

「この地域の領主様といえば、ルーデンベルク子爵様でしょうか?」

「ええ、そうね。ルーデンベルク子爵様は他の貴族様よりもすごく領民のことを考えてくれているのよ。他の領地に比べて税は安いし、天候の関係で作物が不作だった年は配慮してくれているって話よ」

「うむ。アゲク村は辺境の村で土地がやせ細っていることもあって、税はかなり安くしてもらっておるからのう。別の領主様であれば今の何倍もの税を課されていたかもしれぬ」

「へえ~」

 以前に村長さんから聞いた話だけれど、アゲク村や他の村では一年に一度領主様へ税というものを払わなくちゃいけないらしい。その代わりに領主様は盗賊たちを捕まえたり、他の国から領地を守ってくれる義務があるんだって。

 「だからルーデンベルク様はすごく人気があるのよ。今日はそれを一目見ようと街までやって来ている人が多いわ。人はすごく多いかもしれないけれど、大通りを馬車で通るから行ってみてもいいかもしれないわね」

「なるほど。せっかくの機会じゃし、時間が合いそうなら、村へ帰る前に少しだけ見にいってもよいかもしれぬのう」

「うん、僕も見てみたい!」

 この世界に来てから貴族様は見たことがないし、いったいどんな人なのか気になる。



「これで必要な物は揃いましたね」

「ワオン」

「ピィ」

 ミアさんのお店を出たあとはグラルドさんから頼まれていた金属の素材と、村で服を作るための布なんかを市場で買ってきた。帰りも帰りで結構な大荷物になっている。

 僕は軽いものばかりだけれど、セリシアさんと村長さんが背負っている荷物は結構重そうだ。

「ちょうど領主様が通るという時間ですし、そろそろ大通りの方へ向かうとしようかのう」

「ええ、そうしましょうソラくん、本当に遠くから見るだけでいいのですか?」

「うん。街を出る前に少しだけで大丈夫だよ」

 クロウやシロガネが聖獣であると知られないようにあんまり人がいっぱいいる場所へ行くのは良くないし、遠くからちょっとだけ見られればそれで満足だ。



「うわあ、本当にすごい人だね……」

「ワオン」

「ピィ」

 ミアさんから聞いた大通りの場所まで向かおうとしたけれど、考えることはみんな一緒みたいですごい人だかりだ。そもそも大通りまで辿り着くこと自体が難しそうかな。

「これは少し厳しいかもしれませんね……」

「うむ、下手をすれば全員離れ離れになってしまいそうじゃ……」

「うん、これは止めておいた方が良さそうだね」

 セリシアさんと村長さんの言う通り、さすがにここから先に進むのは止めておいた方がいいみたいだ。

「きゃあああ!」

「おい、早くいけよ!」

「くそっ、押すなよ!」

「えっ……!?」

 僕たちが街の城門へ向かおうと引き返したところで、さっきまで人がいっぱい並んでいた方向から大きな声がした。

 そしてたくさんの人の波が僕たちの方へ押し寄せてくる。

「っ! 失礼します!」

「おおっ!?」

「わわっ!?」

 突然身体が浮いたと思ったら、セリシアさんが僕と長老さんを抱えてジャンプした。

「ありがとう、セリシアさん」

「すまぬ、助かった」

「いえ、とんでもないです」

 身体能力を強化する魔法を使ったんだろうけれど、僕たちを抱えておうちの屋根まで一気にジャンプできるなんて本当にすごい。

 あのままあそこにいたら危うく人の波にのまれるところだった。

『なにやら騒がしいな』

『なにか起きたみたいね』

 いつの間にかクロウとシロガネも屋根の上に上がってきていた。姿は小さいままだけれど、周りに人がいないから話している。

「……何者かが騒ぎを起こしているようですね」

『あっちの広場で誰かが戦っているわね』

 僕には全然見えないけれど、目のいいセリシアさんとシロガネには屋根の上からこの奥にある広場が見えているみたいだ。

「どうやら例の領主様が襲われているようですね」

「な、なんと!」

「大変だ!」

 まさか街の中でいきなり襲われるだなんて……。ミアさんや長老さんが良い領主様だって言っていたのに誰がそんなことを……。

「……皆さんはこちらにいてください。騎士たちの援護をしてきます」

「えっ! セリシアさんが危ないよ」

「いえ、私もそこまで危険な真似はしないので安心してください。屋根の上から矢で狙撃するだけでも十分な援護となるはずです」

「そ、それなら……。でも気を付けてね!」

『念のため私もセリシアのそばにいるわ。クロウ、ソラと長老さんをよろしくね』

『うむ。くれぐれも無理はせずに戻ってくるのだぞ』