『むっ、何者かがこちらへ近付いてくるぞ!』
「ええっ!?」
晩ご飯のお魚さんを食べていると、突然クロウが立ち上がった。
その真っ黒な両耳はピンとはっていて、顔は僕たちがやってきた方向を向いている。
『魔物かしらね。大きさはどれくらい?』
『……魔物ではないらしい。どうやら馬車のようだ』
「さすがクロウ師匠ですね。私にはまったくわかりませんでした」
まだ見えてこないけれど、両耳をピクピクさせていたクロウにだけはわかるらしい。
馬車ということは近付いてくるのは人みたいだ。セリシアさんは立ち上がって弓を構える。
『盗賊の可能性もあるけれど、一般人の可能性もあるわね。一応様子を見ておこうかしら』
『馬車も一台だけのようだ』
「私が様子を見ますので、おふたりはソラくんのそばへ」
シロガネとクロウは小さくなって僕の横につく。普通の人だった時に備えて聖獣であることを隠す。
セリシアさんは弓を構えながら、馬車が来る方向へ構える。
そして僕の目にも馬車が見えてきた。
「おや、先客ですか。すみません、私もこちらでご一緒してもよろしいですかな?」
僕たちの目の前に現れたのは少し太った行商人のおじさんだった。
「ほう、おふたりで旅をしているとはすごいですな。それに魔物と一緒に旅をしているとは」
「ワオン」
「ピィ」
行商人のおじさんは危険じゃないという判断で、街へ行った時と同じようにクロウとシロガネは小さな魔物のフリをしている。
「随分と人懐っこいですね。この前もフクロウの魔物と一緒に旅をしている者もおりましたし、やはり多くの街を巡っているといろいろな方にお会いできて楽しいですな」
行商人のおじさんはクロウとシロガネが一緒にいることに対してそこまで驚いていないみたいだ。街では全然見なかったけれど、僕の他にも今のクロウやシロガネみたいな小さな魔物と一緒に旅をしている人と出会ったことがあるらしい。
それにエルフのセリシアさんと人族の子供の僕が旅をしていることにもそれほど驚いていない。もしかしたらこれまでにいろんな人と出会ってきたのかな。
「ヘーリ殿は商売をしながら街を巡っているのですね」
「ええ、この子と一緒にいろいろな街を巡っておりますよ」
「ヒヒーン!」
ヘーリさんが馬車を引っ張ていたお馬さんの背中をポンと叩くと、お馬さんが鳴いた。馬車には一杯の荷物が載っていて、街を巡りながらいろんな物を売買しているらしい。
「うわあ~格好いいね!」
「ヒヒーン」
「はっはっは、ソラくんに褒められているのがノクトも嬉しいようだね」
茶色の毛並みをしたお馬さんがまた鳴いた。元の世界の動物園で見たことがあるお馬さんよりも身体が大きく足も太くて格好いい。
「セリシアさん、魚を分けてくれてありがとうございます。おかげさまで久しぶりにまともなご飯にありつけましたよ」
「いえ、しっかりと対価もいただいているので構いませんよ」
今ヘーリさんの目の前には木の枝を刺して焚き火でじっくりと焼かれている魚があった。さっきシロガネが大きな魚とは別にセリシアさんが弓で獲ってくれた魚だ。
僕たちはさっきの大きなお魚さんで十分にお腹いっぱいになったから、ヘーリさんに分けてあげている。無料であげてしまうとお互いにとって良くないらしいから、ちゃんとその分のお金はセリシアさんが受け取った。
「いやあ、獲れたての魚は本当においしいですな! 近くには村もなくて、最近は保存食ばかりでげんなりとしていたところですよ。現地で食料を調達できるセリシア殿は羨ましいですね」
「弓だけは自信がありますからね。とはいえ、私も長く旅をしていたことがありましたから、保存食ばかりの日々の辛さはわかります」
「保存食ってあんまりおいしくないの?」
「おっと、ソラくんはまだあまり長旅をしていないようだね。食料を長期間持たせようとすると、肉は多くの塩に漬けるからとてもしょっぱくなって、パンはガチガチに硬くなってしまうんだよ。少し食べてみるかい?」
「うん!」
ヘーリさんが荷袋から取り出したのは僕たちが持っている干し肉よりも硬くて色が濃いものと、カチコチになったパンだった。
「先に私がいただきましょう」
「ううん、大丈夫だよ」
たぶんセリシアさんは良くない物が入っていることを心配しているのかもしれないけれど、万能温泉は毒も浄化してくれる。
「しょっぱいし、硬いね……」
もらった干し肉はこれでもかというほど塩が効いていてしょっぱいというよりも塩辛く、パンは歯や顎が変になるくらいに硬かった。
はっきり言うと、全然おいしくない。間違いなくこの世界に来てから食べたものの中で一番まずかった。これに比べたら僕たちが持ってきている干し肉とパンの方が遥かにおいしい。
「そうなんだよ! これが数日だったら我慢できるけれど、10日も続くと本当に厳しくてね。パンなんて硬すぎていつ歯が欠けてしまうじゃないかと心配になるくらいだ。それに比べたらこの焼き立ての魚は大のご馳走なんだよ!」
「うん、お魚さんの方がおいしい」
ヘーリさんの説明にものすごく熱が入っている。確かにこれを10日間も続けて食べるなんて本当に辛いだろうなあ……
クロウやシロガネ、セリシアさんがいてくれたおかげで僕はいつもおいしいご飯が食べられていることがよくわかった。


