『ふふ、我はソラに命を救われたのだ。あのままでは我は死んでいた。目が霞んでいき、手足から力が抜けていき、意識が朦朧として死を覚悟した中でソラが助けてくれ、どれだけ我が感謝していたのかはきっとソラにはわからないだろう。我が今日のことを忘れることは生涯ない! だからこれくらいのことなど、本当にたいしたことではないのだぞ』

「そっか……僕も誰かの役に立てたんだね」

 クロウの真剣な言葉が僕の心に届いてくる。

 前世では誰の力にもなれず、みんなに苦労を掛けてばっかりだった僕が誰かの力になれたのは本当に嬉しい。クロウがそう言ってくれるだけで、涙か零れてしまう。

『……ソラは本当に優しいのだな。そうだ、先ほどの温泉とやらをもう一度出してくれないか。あの温泉というものは怪我を癒すだけでなく、とても心地の良いものだった。あれはソラにしか出せないものだ』

「う、うん。任せて!」

 涙をぬぐって横穴の奥の方に位置を見る。ここに来るまでに少しだけ確認したけれど、この万能温泉というスキルは僕が指定した場所に特別な温泉を出現させるスキルだった。

 僕が指定した場所に温泉を出すことができるけれど、僕の目の届く範囲で、上に何もない地面にしかできないという条件なんかもあるらしい。詳しい条件なんかは今後のためにも確認したいところだけれど、今はクロウと一緒にこの温泉を楽しもう!

『それにしても、この温泉というものは本当に素晴らしいものであるな! 怪我を癒すだけでなく、疲れも溶けていくようだぞ!』

「うん。本当に気持ちが良いよね~」

 小さくなったクロウと万能温泉へ一緒に入る。

 どうやらクロウの本当の姿はさっきまでの大きなオオカミの姿らしいけれど、今のように小さなワンちゃんのような姿にも自由になれるらしい。これも魔法の一種と言っていたけれど、本当に魔法ってすごいんだなあ。

 この姿でも僕の言葉を理解できて、共通語というこの世界で使われている言葉を話すことができるらしい。僕と出会った時はまともに話せる元気もなくて、危険な人かもしれないと警戒して言葉を話さなかったみたいだ。

「この温泉には怪我を治すだけじゃなくて、疲れを取る効果もあるみたいだね。それに他にもいろんな効能があるみたいだよ」

『ほう、怪我を癒すだけでも素晴らしいのに、そんな力まであるのだな』

 元の温泉も疲れを取る効能があったけれど、この万能温泉はそれ以上の効果があるみたいだ。

『……ふむ。ソラ、このスキルのことは他の者にはできるだけ話さないほうが良いと思うぞ』

「えっ! でも、怪我とかを治せるんだよ?」

『ソラの言う通りだ。だが、あれだけの我の怪我を治したとなると、この万能温泉の治癒力は高すぎるのだ。しかもなんの代償もなく、どこにでもこのスキルを使えるとなれば、この国の面倒な貴族たちが放っておくとは思えない。下手をすれば、ソラを巡って争いが起こるかもしれない』

「あ、争いかあ……」

 クロウの言う通り、そんな力があれば戦争なんかにも使われてしまうかもしれない。日本はとても平和だったからよかったけれど、この世界では争いも多くあるってクロウから聞いていたし、少なくとも争いの種になる可能性はある。

「でも、怪我をした人を治せるのに、それを黙っているのもちょっと……」

『ふっ、やはりソラは優しいのだな。もちろんソラの気持ちが一番大切だ。この世界には迷い人以外にも稀にスキルを持っている者が存在するし、ただの湯を出すスキルと言えば、そこまでは大きな問題にならぬかもしれぬ。それにもしも面倒ごとが起きそうになったら、ソラの友である我も全力で協力するぞ』

「……ありがとう、クロウ。僕も考えてみるよ」

 クロウはそう言ってくれるけれど、僕のせいで友達のクロウが傷付いたりするのは絶対に嫌だ。やっぱりクロウの言う通り、この万能温泉のいろいろな効能は秘密にしておいた方がいいのかもしれない。



「クロウの毛並みはとっても柔らかくて気持ちが良いね!」

『ソラが気に入ってくれて何よりだ。我も一人で寝るよりも温かくて気持ちが良いぞ!』

 温泉に入って身体を温めたあとはクロウが大きな尻尾をブンブンと振って、僕の身体を乾かしてくれた。

 そのあとはもう寝ることになって、クロウが作ってくれた枯れ葉のベッドの上へ横になった。少し肌寒かったけれど、クロウが僕の身体に身を寄せてくれると、クロウのモフモフとした毛並みと温かな体温が伝わって、一気にぽかぽかとしてきた。

 なんだかまるで天国にいる気分だ。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「ふあ~あ」

 朝目が覚めると、僕の目の前には真っ黒でもふもふとした光景が広がっていた。

『おはよう、ソラ。よく眠れたようだな』

「……うん、すっごく気持ちよく眠れたよ」

 そうだ、僕は異世界に来たんだった。やっぱり昨日の出来事は夢じゃなかったみたいだ。

 そんな状況なのにぐっすりと眠ることができたのは間違いなくクロウのおかげだ。クロウの暖かくてもふもふとした毛並みに包まれたら、一瞬で眠気に襲われて、すぐに寝てしまった。

『さて、朝食を食べたら出発するとしよう。午後には森を出られるであろう』

「うん!」

 朝食は昨日クロウが取ってきてくれた果実をもらって、ヤシの実のような植物の飲み物を飲んで出発する。昨日と同じように森の中を進んで行く。僕にはわからないけれど、クロウには森の出口がわかっているみたいだ。

 クロウの背中に乗せてもらえば、もっと早く森を出ることができたけれど、今日はそのまま歩いて森を歩かせてもらった。こんな自然の中に包まれた森の中を歩くことは僕にとってはすごく新鮮なことだった。

 風が揺らす草木のざわめき、木々の隙間から差し込む眩しい木漏れ日、どこからともなく聞こえてくる小川のせせらぎ。なんだか空気がとてもおいしく感じられて、森の中を歩いているだけなのにとても楽しく感じられた。