セリシアさんはクロウとシロガネの弟子になる時と同じように僕に向かって頭を深々と下げる。
「お願い?」
詳しい話を聞こうと思ったところで、クロウとシロガネが僕の前に出てきた。
『ソラの力を知って、その力を利用するつもりか?』
『セリシアにはとてもお世話になったけれど、ソラを利用しようとするのなら容赦はしないわよ!』
いつもの2人からは考えられないほどの圧がセリシアさんに向けられたことが僕にも少しだけ分かった。
村のみんなもどうしたらいいのかわからずに動揺をしている。
「2人とも、ちょっと待ってよ! まずはセリシアさんのお話を聞いてみようよ!」
セリシアさんにも事情があるみたいだし、僕にできることがあるのなら、できるだけ助けになりたい。
「……いえ、クロウ師匠とシロガネ師匠の言う通り、ソラくんの力を利用したいと考えていることは事実です。私にできることなら何でもします、どうかソラくんの力を貸してください!」
そう言いながらセリシアさんは再び頭を深く下げた。
「……まずは話だけでも聞いていただけることに感謝します」
村のみんながいるところで立って話すようなことでもなさそうだったから、場所を僕たちの広い家に移した。
ここには僕、クロウ、シロガネ、セリシアさん、村長さんとアリオさんが一緒にいる。
『ふん、前置きはいいから、早く本題に入れ』
「は、はい!」
さっきから少しクロウが厳しい目でセリシアさんのことを見ている気がする。
でも僕を悪いことに利用するつもりなら、わざわざみんなの前で僕を利用するなんて言わないだろうし、これまで一緒に村で生活してきて思っていたことだけれど、セリシアさんはとっても優しくて真面目な女性に見えた。
「以前に私は長年旅をしているとお伝えしましたが、様々な場所を旅しながら自らを鍛えつつ、もうひとつ別の目的がありました。それは我々エルフを超える浄化の魔法を持つ者を探すことです」
「浄化の魔法?」
「はい。私たちエルフの里には私や私の両親が生まれるよりも古くから存在する聖天の樹というとても巨大な木が存在します。我々エルフの里の者は生まれてからずっとこの木に寄り添うように暮らしておりました。私も生まれてから里を出るまでずっと聖天の樹のそばで育ってきました。そして私が里を出てから50年後、今から約50年ほど前にエルフの里周辺が瘴気に飲み込まれるという事態が起きました」
「瘴気?」
「簡単に言うと瘴気とは負の力となります。自然を穢す悪しきもので、放っておくと森の木々がすべて朽ち果ててしまうのです。幸い我々エルフの里の者の中に浄化の魔法を使える者がいたおかげで、森すべてが飲み込まれることはなかったようです。しかし、周囲の瘴気の影響を受けて聖天の樹の一部が瘴気にあてられてしまいました」
難しい話だけれど、瘴気っていうのはこの前シロガネがかけられていた呪いみたいなものかな。森の周辺にある瘴気は防げたけれど、大きくてエルフの里の中心にあった聖天の樹だけが悪い影響を受けちゃったらしい。
「10年に1度ほどは里の様子を見に帰っているのですが、その瘴気により少しずつ聖天の樹が朽ち果てております。里の者の浄化の魔法では瘴気により朽ちていく進行を遅らせることはできても瘴気の力を完全に取り除くことはできなかったのです」
……なるほど、やっとセリシアさんのお願いがわかってきた。
「初めこの温泉の力を見た時にはこれこそ私たちが探していたものだと思いましたが、この温泉の湯の効果はたった1日しか持たないと聞き、実際に私の身でも試してみてその考えは諦めました。ですがこうして万能温泉というスキルがソラくんの力と知り、この温泉を自由に移動できることを知った今、その可能性をどうしても試してみたいと思いました。ソラくん、どうか我らエルフの里の者に力を貸していただけないでしょうか!」
そう言いながらセリシアさんは僕に向かって頭を下げる。
「うん、もちろ――」
『いくつか確認したいことがある』
僕がセリシアさんのお願いを引き受けようとしたところでクロウから待ったがかかった。
「はい、なんなりと」
『……まず、そのエルフの里がある場所はどこになる?』
「この村から南東にあるアレンディールの森となります。ヤークモの街からこの村まで走ってきたクロウ師匠とシロガネ師匠の速さなら5~6日といったところでしょうか」
『行けなくはない距離ね。それにしても、自分の里がある場所を随分と簡単に話すのね?』
「私もできる限りの誠意をもってお願いしたいと思っています。それにアレンディールの森はとても広い森なので、場所がわかっても里を知る者以外にはたどり着けないでしょう」
『なるほどね。エルフの里へ行って、ソラが出した万能温泉のお湯を聖天の樹にかけて瘴気を取り除くことができないかを確認するというわけね』
『……仮にそのエルフの里が本当にそこにあったところで、それがソラや我らを拘束するための罠である可能性もある。そしてそれが罠でなかったところで、ソラの力を見て、その者たちが我らを無事に返してくれるという保証はどこにもないであろう?』


