「えっ、本当によろしいのですか!?」

「ええ。今は空いている家がなく、家を建てるまではテントでお願いしたいのですが、今後はどうぞ壁の中で過ごしてください」

 翌日の朝、セリシアさんに昨日みんなで話したことを村長さんが伝える。

「とても嬉しいのですが、これまで私はずっと旅をしてきた身で野営も慣れているので、それほどお気になさらずとも大丈夫ですよ。食事をいただけて、あの温泉を使わさせていただけるだけで十分です」

「短い時間だが、セリシアの人となりは多少わかったつもりだぜ。壁があって、周りに人のいたほうが多少は安心するってもんだろ」

『ええ、すでにいろいろと協力してもらっているし、気にする必要はないわ。家を建てるための材料は持ってくるから、しばらくは我慢してね』

「あ、ありがとうございます。ですがシロガネ師匠の手を煩わすわけにはいきません! 私自身でやりますので!」

 よかった、これからはセリシアさんも村の中で一緒に過ごしてくれるみたいだ。



「へえ~これが麦に育つんだあ」

『ふむ、なかなか見事な畑であるな』

「……本来ならたった1日じゃこんなに成長するわけでもないんだが。それに以前麦を植えた時はこの段階までほとんど育たなかったし、だいぶ細い芽しか育っていなかった。やっぱりあの温泉の湯はすげえな」

 僕とクロウとアリオさんの目の前には昨日作ったばかりの畑に緑色をした麦が15センチくらいに育っていた。

 以前にこの村で麦を育てた時はうまくいかなかったって言ってたけれど、今のところは順調みたいだ。いつものように万能温泉のお湯を畑に植えた作物にかけていく。

 シロガネとセリシアさんは森の方へ使えそうな木材を調達しにいった。さっきから何度か大きな木を持ってきてくれている。あとでこの木を資材にするための加工して、新しい家を建てるらしい。

「他の作物やサヴィードも順調に育っているみたいだ。それになんだか土壌自体も少しずつ良くなっている気がするな」

『ほう、それもソラの温泉のお湯をかけ続けた結果なのかもしれないぞ』

 言われていみると、確かに最初にこの村の畑を見せてもらった時よりも、土がふんわりとしてきた気もする。

 もしかすると育てている植物だけじゃなくて、土も豊かにしてくれるのかもしれない。

「なるほど。そうなると畑だけじゃなくて、村の周囲にかけてもいいのかもしれないな。……いや、雑草まで成長しちまうから、それは止めておいた方がいいか」

『うむ、雑草を刈るのも手間だ。それは時間がある時でよいだろう』

「そうですね。おっ、セリシアとシロガネ様もこっちに来たみたいだな」

「あっ、本当だ」

 さっきから何度も森へ行って、大きな木を村まで持ってきていたはずのセリシアさんとシロガネが畑の方へやってきた。

『そちらの方はもうよいのか?』

『ええ、もう今日のところはもう大丈夫そうよ。セリシアがいたおかげで、いつもの倍は早く終わったわ』

「光栄です、シロガネ師匠!」

 セリシアさんも身体能力強化魔法を使って、大きな木をたったひとりで軽々と運んでいたから本当にすごい。

 朝グラルドさんはとても張り切っていた。家みたいな大きな建物を建てるのは楽しいのかもしれないよね。

「……昨日植えたはずの畑がもうこんなに育っているとは驚きました。それにしても見事な麦ですね。そろそろ麦踏みをする頃合でしょうか?」

「ああ、そうだな」

「麦踏み?」

 初めて聞く言葉が出てきた。なにか特別な畑での作業なのかな?

「ソラは麦踏みを知らないのか。よし、そんじゃあみんなで進めていくか」

「えっ!? アリオさん、何をしているの!」

 アリオさんがせっかく育った麦を突然足で踏み始めた。

 順調に育っているのに、いきなりどうしたの!?

「ソラくん、これは麦踏みと言って、麦がよく育つための作業ですよ」

「そうなの!?」

「ああ、麦の茎はとても強くてな。2回くらいにわけてこう踏んでやると、それまでよりも強くなってよく成長するらしいんだよ」

「ええ。こうすることで麦が丈夫になって、より多く収穫できるのですよ。根の張りがよくなって倒れにくくなり、茎が刺激を受けて地面から枝分かれしていき、丈夫で多くの実が実ります」

「へえ~」

『……人族はよくそういったことを考えつくわね』

『うむ。知識を積み重ねて次の世代に伝えていくことは大事であるな』

 僕には少し難しいけれど、何度か麦を踏んであげると、麦がよく育ってくれるみたいだ。クロウとシロガネもそのことは知らなかったらしい。

 きっと昔からいろんな人たちが麦を育てて、いろいろと試してきたんだろうなあ。

「……でもなんだか可哀そうだね」

 こんなに元気に頑張って成長している麦をわざと踏んじゃうなんて、少し可哀そうな気がする。

「ソラくんは優しいですね。そういえば私も最初に麦踏みを手伝った時はそんなことを思った気がします」

「まあ多少の罪悪感はあるがな。あれだ、人もそうだが小さい頃にいろいろと苦労した方が人間としてもより逞しく育つものなんだよ」

「確かにそうかもしれませんね」

「な、なるほど……」

 かわいそうかもしれないけれど、麦はこうした方が逞しく育ってくれるみたいだ。