「……昨日はクリムゾンベアのお肉のおいしさに気を取られておりましたが、あの畑で収穫した野菜も素晴らしく美味ですね。王都で販売している高級な野菜と比べても遜色がありませんよ」
『うむ。我もこれほどの野菜にはほとんど出会ったことがないぞ』
畑仕事を終えて、みんなで今日の晩ご飯を食べている。今日はみんなでいっぱい働いたから、ご飯がとてもおいしく感じる。
セリシアさんはこのアゲク村で育てられた野菜を食べて驚いているみたいだ。今日の朝食や昼食は野菜が中心だったから、この野菜のおいしさに気付いたらしい。僕も元の世界の野菜よりもすごくおいしいと思っている。
『あの温泉のお湯をかけて育てると、成長する速度が早くなるだけでなく、味もおいしくなるのよね。それも前よりもおいしくなっている気がするわ』
「やはりですか、儂もそう思っておりました! 最初に食べた作物はある程度育ったあとから温泉のお湯をかけましたが、これら野菜はしばらくの期間温泉のお湯をかけ続けましたからのう」
『なるほど、その可能性は高そうだ。毎日あの温泉のお湯をかけ続ければ味も少しずつ美味となっていくのであるな』
言われてみると、確かに最初に食べた頃の野菜よりもおいしいかもしれない。その頃の野菜でも十分においしかったから、あまり気付かなかった。
毎日継続して温泉のお湯をかけてあげるといいみたいだ。でも1日に温泉のお湯をいっぱいかけすぎても駄目らしい。以前にいくつかの種類の野菜に1日で複数回にわけて柵持ちに温泉のお湯をかけて試してみたことがあったけれど、その成長速度は変わらなかった。
「本当に不思議な温泉ですね……」
「それでは私はこちらで失礼します。皆さん、おやすみなさい」
「セリシアさん、おやすみなさい!」
「ああ、おやすみ。いろいろと手伝ってもらったのにすまねえな」
「いえ、とんでもないです! いきなり押しかけたのは私の方なので、お気になさらず。こちらこそおいしい食事をいただき、気持ちの良い温泉に入らせてもらい、本当にありがとうございました。それでは失礼します」
村のみんなに頭を下げると、セリシアさんが村の壁の外に出ていった。
最初に約束していた通り、夜のみんなが寝ている間だけは村の外で寝てもらっている。セリシアさんはテントや寝袋なんかを持っているとはいえ、やっぱりひとりだけお外で寝てもらうのはちょっと……
「ねえ――」
「なあ、もうセリシアを村の中に入れてもいいんじゃないか?」
僕が喋ろうとしたのとほぼ同時に、アリオさんが同じことを提案をする。思わず顔を見合わせてしまった。
やっぱりアリオさんも僕と同じことを思っているみたいだ。
「ふむ……一昨日から行動を共にしているわけじゃが、儂にも問題ないように思えるのう。彼女のおかげで村の壁や畑がとても早く整ってくれたし、これ以上村の外にひとりで泊まらせるのも悪いように思える。クロウ様、シロガネ様、いかがですかな?」
『うむ、そうであるな。本来ならば1週間は様子を見るつもりであったが、ここ数日の彼女の様子なら問題はないであろう』
『そうね。セリシアはとても真面目な性格をしているし、なにか企んでいることもないでしょう。それにあれは嘘が吐けないタイプね』
村長さんとクロウやシロガネも同じ考えみたいだ。
僕には悪い人を見分けることなんてできないけれど、セリシアさんがクロウやシロガネたちだけでなく、僕や他の人たちにも優しいことはこの3日間で十分によくわかった。
「わかりました。それではセリシア殿を村へ歓迎しましょう。とはいえ、現在すぐに受け入れられる家はないので、明日からとしますね。ソラ殿のことはまだお伝えしない方が良いでしょうか?」
『そうであるな。それはもう少し様子を見てからにしよう』
『ええ。しばらくは温泉を移動する必要もないから、別にすぐに言う必要もないわね。村のみんなにもしばらくは言わないように伝えておいて』
「はい、わかりました」
村の中には入ってもらうけれど、まだ僕の万能温泉の能力のことは伝えないみたいだ。少し警戒し過ぎな気もするけれど、みんな僕のことを思ってくれている。
「あとは彼女の家をどうするかですな。それにそろそろ皆様の家も空いている家ではなく、新しい家を建てても良いと思うのですが?」
『ふむ、確かに今の家では少し手狭ではある』
『そうね、材料はこっちでなんとかするから、もう少し大きな家があると助かるわね』
僕たちが今寝泊まりさせてもらっている家は元々この村で使っていなかった空き家だけれど、大きくなったクロウとシロガネと寝るには少し狭いのかもしれない。
街へ行ってみた結果、この村で当分の間はお世話になることが決まったわけだし、クロウとシロガネのために大きな家はあった方が良いのかもしれない。セリシアさんもクロウとシロガネの弟子として、当分はこの村で暮らすみたいだし、セリシアさんの家も必要になりそうだ。


