「おう、いいぜ。少なくとも最初はケンタに従ってやるよ」

「……それはよかったです」

 内心ではとてもほっとしている自分がいる。

 ヴィオラさんは破天荒な人だったし、俺の言うことを聞いてくれるか少し……いや、かなり不安だった。

 現代日本の監視社会では騒ぎを起こしたらすぐに居場所が把握されてしまうからな。

「まっ、この世界に来られたのはケンタのおかげだしな。それにこっちじゃ自由に魔法は使えねえみてえだし、案内は任せるわ」

「師匠が何かしようとしたら私がなんとしても止めるからお願い!」

「ちぇっ、弟子からの信用がなくて悲しいもんだぜ」

「「………………」」

 リリスだけ行き来を制限しておいて、むしろよく信用があると思っていたものだな……。

 だけどリリスもそう言ってくれていることだし、しっかりと準備をしてからだが、街へ案内するとしよう。

「てか、ケンタはいつまでそんな他人行儀な話し方をしているんだよ。もっと普通に話していいぜ?」

「……うん、そうしようかな」

 ヴィオラさんと出会ってからまだ半日くらいなのだが、ヴィオラさんは距離を詰めるのが早いみたいだ。

 見た目は綺麗な20代の女性に見えるヴィオラさんだが、リリスと同じエルフだから何歳なのか分からない。リリスの師匠ということはおそらく俺よりも年上だから敬語を使っていたけれど、ヴィオラさんは気にしないらしい。

 リリスは見た目が少女だけれど、ヴィオラさんは成人女性だから敬語なしに話すのはちょっと慣れなそうだが、本人もそう言うことだし、そうするとしよう。



「うお、こいつは最高だぜ!」

「泡の立ち方が全然違う!」

「………………」

「キュウ?」

「いや、何でもないよ」

 リビングでハリーと一緒に待っていると、家のお風呂からヴィオラさんとリリスの声が聞こえてくる。声が大きいのもあるけれど、この家の壁はそこまで分厚くはないこともあるだろう。

 うちのお風呂はだいぶ広いこともあって2人が入っても問題ない。俺もいつもハリーと一緒に入っているくらいだ。

 ……お風呂に入っている女性の声が聞こえるとドキッとするのは絶対に俺だけではないはずだ。

「いやあ~気持ちよかったぜ。それにあんなに綺麗な鏡を見たのは初めてだ」

「石鹸はすごい泡が出てとてもいい香りがして、リンスを使ったら髪がサラサラになった」

「それはなによりだよ」

「キュ!」

 少し待つと2人がお風呂から上がってきた。服は一度向こうの世界に戻ってから収納魔法を使って取り出したらしい。2人ともさっきとは異なる服を着ていて、髪はしっとりと濡れている。

 最近になってようやく慣れてきた我が家にお風呂上がりのエルフが2人いるというこの状況には違和感しかない……。

「はは~ん」

「な、なにかな?」

 なぜかヴィオラがニヤニヤとしながら俺の方へ近付いてくる。お風呂上がり特有のシャンプーと石鹸の匂いがするくらいの距離だ。

「ケンタは随分とこいつが気になるらしいな?」

「っ!?」

 ヴィオラが自分の大きな胸を俺の方へ押し付けてくる。とても柔らかな感触が伝わってきた。

「さっきからチラチラと俺の胸を見ているみたいだし、本当に男ってのはみんなこいつが好きだよなあ?」

「……ケンタ?」

「キュウ?」

「ご、ごめん……」

 リリスがジト目で見てきて、ハリーが不思議そうに見てくる。完全に図星である。いや、男でそれが嫌いなやつなんていないに違いない。

 さっきもそうだったが、ヴィオラの服は前が大きく開けているから、つい目線がそっちにいってしまう。女性経験のない俺にとっては仕方のないことである。

「くくっ、そういう正直な反応は嫌いじゃねえぜ。まっ、俺は気にしねえから存分に見てくれ」

 どうやら許してくれるらしい。心の底からホッとした。

「随分とリリスと親しかったわけだし、俺の弟子とてっきりそういう関係になってるかと思ったが、そうでもねえのか?」

「っ!? ケンタとはそういった関係じゃない!」

「おっ、その反応は悪くねえな」

「キュウ?」

 今度はリリスにまで飛び火した。リリスは顔を赤くして否定するが、ヴィオラは相変わらずニヤニヤとした表情でリリスの方を見ている。

 もちろんリリスとは付き合っているわけではないけれど、その反応は逆に思われてしまう。そういえばリリスの恋愛方面の話は聞いたことがなかったけれど、誰かと付き合ったりという経験はないのかな?

 ……とはいえこの流れはよくない。恋愛方面の話はちょっと苦手だ。

 なにかヴィオラの気を逸らす方法はないか? そうだ、そういえばあれがあったな。

「ごほん、そういえば風呂上がりにおいしい甘いものがあるんだけれど、みんなは食べるかな?」