「そうだ、元の場所に戻れるよな!?」

 あまりに非現実的な光景を目の前にして、逆に意識が現実へと戻ってきた。

 勢いで鏡の中に入ってきてしまったが、まさか戻れないなんてことはないよな!

「……よかった、どうやら自由に行き来はできるみたいだ。というか、本当にこの鏡はなんなんだよ?」

 先ほどと同じように大きな鏡を通ると、俺の家の納屋へと繋がっていて安心した。

 そしてなぜか先ほどまで光っていた鏡面が光を失っている。

 まさか、本当に別の場所へ繋がるゲートみたいなものなのか? だとしたらあれはどこに繋がっているのだろう?

 いや待て、さっきの部屋にたくさんの本があったな。あの本の文字が日本語でなければ、そもそもあの場所は日本でないことになる。まずはそれを確認してみよう。



「日本語どころかアルファベットですらないな。当たり前だが読めん……」

 先ほどの部屋へ戻り、ホコリまみれの本棚から1冊の本を抜き出して開いてみたが、何が書いてあるかまったく読めなかった。

 そして当たり前だがスマホは圏外で、マップはうちの場所を示している。これはGPSと電波がなくなって、さっきまでいた俺の家の場所を示しているだけだろう。

 とりあえず他に情報がないかを探すべく、警戒をしながら別の部屋へと移動する。

「この部屋の他には台所とトイレと寝室、生活するための最低限の物ばかり。あとはこのドアで最後か」

 すべての部屋はホコリをかぶっていて、長年人の立ち入った形跡がなかった。

 残すはこのドアだけだ。扉の隙間から光が漏れており、ドアの上には小さなベルのような物が付いているところを見ると、ここが玄関だろう。

 最大限の注意をしながら、ドアをゆっくりと開けた。

「……湖畔の小屋か。なんて綺麗な景色なんだろう」

 先ほど窓から見た景色だが、実際に外へ出て全身に陽の下に立ち、頬をなでる風や緑の匂いを感じているとまったく印象が異なった。

 いくら俺の家が郊外にあるとはいえ、電柱や道なんかの人工物は目に入ってしまうのだが、周囲にはこの小屋以外に何ひとつない。本当に自然そのままの光景がこれほどまでに美しいとは思わなかった。

 広大な自然の中に丸太でできたログハウスのようなこの小屋がポツンと立っている。やはりここには誰も立ち入っていないようで、この小屋には無数のツタが絡みついていた。周囲は長く伸びた雑草だらけで、道すらもない。

「さて、これからどうしよう……?」

 美しい光景を前にしばらく佇んでいたが、これはどうしたらいいんだ?





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「よし、準備はできた。いざ冒険へ!」

 そして翌日、用意した荷物をリュックに詰め、納屋の鏡の前にやってきた。

 昨日はまず不動産屋の人に電話でそれとなく納屋やこの家の前の持ち主の話を聞いたところ、やはり納屋に入っていた鏡についてはなにも知らないみたいだった。前の持ち主のことは守秘義務があって話せないようだったが、そこまで特殊な事情で家を手放したわけではないらしい。

 いろいろと迷った結果、例の鏡のことは警察などに相談はしないことに決めた。どうやって説明したらいいのかわからないし、そもそも信じてもらえる自信もない。

 仮にあの鏡のことを信じてくれたとしても、あまりにことが大きすぎて研究のためにせっかく買ったこの家ごと回収されてしまいそうだし、下手をしたら口封じに殺されるなんて可能性もゼロではない。

 アニメや漫画の見過ぎだと言われるかもしれないが、ことが大きすぎるだけに絶対にないとは言い切れないんだよなあ……。

「それにしても、ここはどこなんだろうな?」

 あのあと鏡を通って、いろいろと調べてみた。もちろん外へ出るのは怖いので、小屋の付近周辺だけだ。

 時間の方は俺の家のある場所と同じらしく、大体同じ時間に日が暮れてきた。ちゃんと太陽もあったのだが、夜になるとこちら側には月が出ていたのに、鏡の向こうでは月が出ていなかった。

 そしてなにより、星座がこちらのものとはまったく異なっていたのだ。ネットで調べてみたのだが、たとえ外国であったとしても地球上にいる限り、見える星座は同じらしい。もちろん北半球と南半球や時期による違いはあるが。

 本に書いてあった文字も調べてみたのだが、似たような文字が見つからなかったことから、異世界あるいは別の惑星という説が有力だ。

 それを確かめるため午前中に車で街まで行き、ホームセンターとアウトドアショップを巡って探索用の道具や非常食などを購入してきた。何が起こるかわからないから念のためだな。数万円くらいなら気にせず使えてしまうので、お金に余裕があるというのは実にすばらしい。

 最近はAIがだいぶ便利である。未知の場所へ行く時、護身用にどんな防具や道具を持っていけばいいかをすぐに答えてくれた。

「ちょっと大げさかな? でも猛獣がいるかもしれないし、一応備えはしておいた方がいいだろう」

 AIによるおすすめの護身用武器はアウトドアショップで購入した薪割り用の斧である。キャンプとかで薪を割る際に使用する40センチメートルほどの小型の斧で、それほど重くなく持ち運びも便利だ。ついでにホルスターも購入して左腰に携帯できるようにしてある。

 もっと大型の斧や美術鑑賞用の日本刀なんかも考えたけれど、ああいったものは素人が振り回したら逆に危険らしいからな。それに日本刀は結構高かったし、すぐに用意できるものではないようだ。

 次点としてホームセンターで売っているバールなんかもあった。ゾンビ映画やアニメなんかで使われがちの武器だが、それほど重くないのに打撃や刺突や防御など幅広く使えて意外と理にかなった武器として有能らしい。

 あとは防具としてアウトドアショップで防刃グローブとスネークガードを購入した。防刃グローブはナイフなどを通さないグローブで、スネークガードは山道を歩く時にヘビから身を守るための脛当てのようなものだ。他にもいくつか護身用の道具を用意した。

 本当はネットでもっといろいろ購入したかったのだが、当日用意できるのはこれくらいになる。

 準備はできたし、いざ出発!